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有島武郎「一房の葡萄」許すとは無条件の許しを与えることだ

有島武郎「一房の葡萄」あらすじと感想と考察

有島武郎「一房の葡萄」読了。

本作「一房の葡萄」は、1920年(大正9年)8月『赤い鳥』に発表された短編小説である。

この年、著者は42歳だった。

作品集としては、1922年(大正11年)に叢文閣より刊行された『一房の葡萄』に収録されている。

絵の具を盗んだ少年と、少年を許したクラスメイト

本作「一房の葡萄」は、許すことの大切さを説いた児童文学小説である。

横浜の山の手にある学校へ通っている主人公の少年<僕>は、外国人の同級生<ジム>の絵の具をこっそりと盗んでしまう。

少年は、同級生たちに吊し上げられ、担任の先生の元へと引き渡されるが、若い女性教師は少年を叱りつけたりしない。

「あなたはもう泣くんじゃない。よく解ったらそれでいいから泣くのをやめましょう、ね。次ぎの時間には教場に出ないでもよろしいから、私のこのお部屋に入らっしゃい。静かにしてここに入らっしゃい。私が教場から帰るまでここに入らっしゃいよ。いい」(有島武郎「一房の葡萄」)

彼女は、 二階の窓まで高く這い上った葡萄蔓から、一房の西洋葡萄をもぎって少年に渡し、部屋を出てゆく。

翌日、先生との約束を果たすため、渋々と登校した少年は、笑顔のジムに迎えられる。

「ジム、あなたはいい子、よく私の言ったことがわかってくれましたね。ジムはもうあなたからあやまって貰わなくってもいいと言っています。二人は今からいいお友達になればそれでいいんです。二人とも上手に握手をなさい」(有島武郎「一房の葡萄」)

先生の元でジムと握手した少年は、「前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなった」という。

「無条件の許し」を与えるということ

この物語は、一見、体も心も弱く、臆病者で、友だちもいない孤独な少年の成長を描いているように思われるが、本当の主人公は、若い女の先生と、外国の少年ジムだろう。

なぜなら、この物語は二人の無条件の許しこそが、重要なテーマとなっているからだ。

「そんなに悲しい顔をしないでもよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたはお帰りなさい。そして明日はどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ。屹度ですよ」(有島武郎「一房の葡萄」)

そもそも「外国製の絵の具がうらやましい」という身勝手な理由だけで、他人の持ち物を盗んだ少年に情状酌量の余地はない。

しかも、少年は同級生から問い詰められたときに「そんなもの、僕持ってやしない」とシラを切り通し、力尽くでポケットの中を探られた末に、やむなく盗品の絵の具を回収されてしまったのであり、罪の告白をする勇気も持ち合わせていない。

その上、若い女教師の前に突き出された後も、一言の謝罪の言葉も述べていないのである(ただ泣いただけ)。

絵の具を盗んだこと、問い詰められても告白しなかったこと、盗んだことがバレた際にも謝らなかったこと、まさに三重苦である。

主人公の少年に救いの余地はない。

にもかかわらず、若い女担任は、少年を叱責することなく一房の葡萄を与え、被害者ジムも、少年の罪を問うことなく、友だちになろうと言って握手する。

こんなことってあり得ないだろうと思われるが、この「無条件の許し」こそ、本作「一房の葡萄」で有島武郎が描きたかったことなのだろう。

「罪の告白があれば許す」とか「謝罪があれば許す」とか、それは特別に難しいことではないかもしれない。

しかし、「罪人を無条件に許す」ことは決して簡単なことではない。

だからこそ、この物語には意味があるのだ。

もちろん、西洋人の多いその地域で「心も体も弱い少年は弱者的な存在だった」という背景事情があるのかもしれない。

しかし、弱者であることは罪を許容するものではないし、強者に対する許しを強要することにもならない。

つまり、本作「一房の葡萄」で有島武郎は、非常に高度な人間性の習得を、読者(少年少女)に求めているのである。

先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏で真中からぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。(有島武郎「一房の葡萄」)

二つに分けられた一房の葡萄は、少年とジムとの友情の象徴だ。

いかにも有島武郎らしい美談だとは思うけれど、若い女性教師は、生徒指導らしい生徒指導を行っていない(ただ笑って許しただけ)。

主人公の少年自身が、この事件を教訓として、「無条件の許し」を与える大人になることができたのかどうか、まあ、気になるところである。

作品名:生まれ出づる悩み
著者:有島武郎
発行:1966/02/10
出版社:旺文社文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。