庄野潤三・小沼丹・井伏鱒二

大正生まれの作家・庄野潤三の愛読書について詳しく解説します

庄野潤三の本棚~随筆や小説の中に登場する庄野さんの読書体験

小説家の庄野潤三は、大変な読書家であり、文学愛好家でもありました。

遺された多くの随筆には、書評や読書感想のほか、自身が愛読した文学作品の回想について書かれたものも多く、庄野さんの随筆を読んでいるだけで、立派な読書リストができてしまうほどです。

ということで、今回は、庄野さんが愛読してきた書籍や文学作品をまとめてみました。

区分が難しいので、出典となった庄野さんの著作ごとに整理しています。

同じ作品が何度も登場する場合もありますが、これも、庄野さんの愛着を示すものでしょう。

Contents
  1. 夕べの雲
  2. 自分の羽根
  3. クロッカスの花
  4. 小えびの群れ
  5. 野鴨
  6. 庭の山の木
  7. イソップとひよどり
  8. ぎぼしの花
  9. 世をへだてて
  10. エイヴォン記
  11. 誕生日のラムケーキ
  12. 鉛筆印のトレーナー
  13. さくらんぼジャム
  14. 散歩道から
  15. 貝がらと海の音
  16. ピアノの音
  17. せきれい
  18. 野菜讃歌
  19. 孫の結婚式
  20. まとめ
  21. 庄野潤三の文学世界をより深く知るために

夕べの雲

長篇小説。講談社/1965。

東遊記/橘南谿

「それは天明年間に、門人を連れて三年がかりで諸国を旅してまわった橘南谿の見聞録である「東遊記」の一節に出ている」「南谿という人は医学を極めた人である。趣味が広く、常識のゆたかな人で、漢詩俳諧から天文暦数音律に及んだといわれている」。

沙翁傑作集/横山有策訳

「「ムカデ」の章に「ハムレット」の見張り交替のときの兵士の会話が出て来る」「ここの引用句は『沙翁傑作集』(昭和四年・新潮社)の横山有策氏の訳(第一幕第一場)を借用したものである」(講談社文芸文庫「著者から読者へ」)。

自分の羽根

第一随筆集。講談社/1968。講談社文芸文庫/2006。

アンナ・カレニナ / トルストイ

「「アンナ・カレニナ」の書き出しの言葉を私は思い出します」「私は最初これを読んだ時、ひと言でよくこんな風にずばりと人間生活のことを云えるものだなと感心しました」。

ささやかな日本発掘 / 青柳瑞穂

「昨年度の読売文学賞を受賞した青柳さんの『ささやかな日本発掘』の中に「ハエ撃ち」という随筆がある」。

安乗の稚児 / 伊良子清白

「伊良子清白の詩に「安乗の稚児」というのがある」「私にこの詩を教えてくれたのは、亡くなった伊東静雄先生であった」「安乗という地名を私はこの詩で知った」。

永遠に生きる言葉 / 福原麟太郎

「「永遠に生きる言葉」という本が、いま私の机の上にある」「昭和三十四年に毎日新聞社から毎日ライブラリーの一冊として刊行されたもので、編者は英文学者の福原麟太郎氏。英米編、フランス編、ドイツ編、イタリア編、ロシア・ソ連編、中国編、日本編に分れていて、それぞれの国の専門の学者が「永遠に生きる言葉」を選んで集めてある」「いちばんよく読むのは、英米編である」。

葡萄畑の葡萄作り / ルナアル

「ルナアルの「葡萄畑の葡萄作り」の中に「フィリップ一家の家風」という作品がある」。

エリア随筆 / チャールズ・ラム

私はラムという名前がちょっと変っている上に教えられた『エリア随筆』という本の名前も、「夢の中の子供 幻想」という題も印象的なので、自分も読もうと思った」「翌年、上級学校に進んだ私は、エブリマンズ・ライブラリイの『エリア随筆』を買った」。

チェーホフ著作集 / 中村白葉

「私は戦争中に中村白葉氏の訳で三学書房から出たチェーホフ著作集を持っていた。それは六冊揃いで古本屋に出ていたのを買ったものであった」「このチェーホフ著作集は、昭和十八年の春から全十九巻の予定で刊行されたのが、戦争がひどくなって来たので、十九年九月に六冊目の配本を終って中止された」。

ベルリンよ、さらば / クリストファー・イシャーウッド

イギリスの作家クリストファー・イシャーウッドの代表作の一つである「ベルリンよ、さらば」の始めに、こんな言葉が出て来る。(略)」「福原麟太郎氏は、「本棚の前の椅子」という著書の中で、この小説を「私小説的社会小説」という風に呼んでいる」。

チャールズ・ラム伝 / 福原麟太郎

「福原麟太郎氏にとって、ラムはもうずいぶん昔からの友人のようなものであろう」「巻末の「ラムの本の思い出」に、ペン画のさし絵の沢山はいった「エリア随筆集」を持っていて、大切にしていたが、一九二三年の大地震で本を焼かれた友達に上げた、とある」「福原氏がラムの話をよく聞いたのは、岡倉由三郎や平田禿木や戸川秋骨といった先生からであった」「その福原氏が、先年の大病のあと間もなくこの稿を書き起し、発表場所は途中で「声」から「学燈」へと引きつがれて、五年ぶりに完成されたことをよろこびたい」。

毛虫の舞踏会 / 堀口大学訳

「表紙の下の方にかたつむりのカットが入っている」「フランス装のこの本は、昭和十八年二月に札幌青磁社から刊行された」「ただし、私が持っているのは、昭和二十一年八月発行の第三刷で、定価金三十円としるした紙が奥付のもとの定価の上に貼られてあるのは、経済の変動の目まぐるしかった戦後の当時を思い出させるものである」「十一人の作家の十五篇の作品が収められているが、そのうちで私が名前を知っているのは、シュペルヴィエルら四人だけである」「「少年パタシュ」は中でも好きな作品であるが、トリスタン・ドレエムという著者の名は初めてお目にかかるもので、今もって「一八八九年ロ・エ・ガロンヌ県マルマンドに生る。蝸牛とパイプの詩人として知らる」という短い紹介以外には、何も知らない」。

コーラス・ガール / チェーホフ

「私がまだチェーホフという作家のことを何一つ知らなかった頃に、偶然のようにして眼にとまったこの「コーラス・ガール」という短篇は、兄の本棚にあった「シベリアの旅」とともに、ずっと後になってから、チェーホフの中でも最も好きな作品のひとつになった」「私の家には、当時新潮社から出た「世界文学全集」があり、その中の一冊、「露西亜三人衆」というのにチェーホフとゴーリキィとゴーゴリが入っていた」「ゴーリキイは「どん底」と「チェルカッシュ」、ゴーゴリは「タラス・ブーリバ」と「鼻」、そしてチェーホフだけは、チェーホフ選集として十二の短篇が入っていた。その中には、「可愛い女」やいま私が書いた「コーラス・ガール」が「唄うたい」という題で出ている。訳者は秋庭俊彦氏であった」。

外套 / ゴーゴリ

「私はもっと早くからゴーゴリを読めばよかったと思って後悔している」「文学書を読み始めたころの私が自分の性に合っていると思ったのは、井伏鱒二と初期の内田百閒の作品であった」「それから外国では、イギリスのチャールズ・ラムの「エリア随筆」がそうであった」「もしあの時分にゴーゴリの「外套」や「鼻」を読めば、きっとこの作家が好きになり、もっと読みたいと思い、その次に「死せる魂」を文庫本で買って来て、ロシアの広大な田園を背景としたチチコフ行状記にすっかり夢中になっただろうと想像する」。

湾頭小景 / マンスフィールド

「一年先に入ったこの友達に教えられて、私はマンスフィールドの小説を読んでみた」「研究社の小英文学叢書に「湾頭小景」という題で(あれは岩崎民平氏の編んだテキストではなかっただろうか)入っていた “At the Bay” それから現代英文学叢書に入っている「マンスフィールド短篇集」(岡田美津編)を買った」。

永日小品 / 夏目漱石

「「永日小品」の中に「火鉢」というのがある」「岩波文庫の「漱石小品集」で初めて読んだ」「いまその本を出して、奥附をみると、昭和三十四年七月発行の第十八刷であった」。

夏目漱石の日記

「漱石は、明治四十三年の六月、「門」を書き終ったあと、内幸町の胃腸病院で胃の検査を受けたところ、胃潰瘍になっているのが分って、入院した」「はじめて検査を受けに行った六月六日から日記をつけ始めて、退院の日の七月三十一日まで続く」「この日記がいい」。

家 / 島崎藤村

「私は「家」を読んでいて、途中から三吉の姉のお種に興味を持つようになった」「この人の話す言葉には一種の風格がある」。

町の踊り場 / 徳田秋声

「私は秋声が残した数多い作品の中でも、この「町の踊り場」がいちばん好きで、それ以来繰返して読むようになった」。

玉突屋 / 正宗白鳥

「それでも私は「玉突屋」が好きで、みずみずしい印象を受ける」「この小説は、例えば井伏鱒二にとっての「鯉」のようなものではあるまいか」。

城のある町にて / 梶井基次郎

「この二月ほど私は梶井基次郎の「城のある町にて」をそばに置いて暮して来た」「これは創元選書の一冊で、昭和十四年十一月に発行されたものである」「私の持っている本は奥附に昭和十六年一月九日第三刷発行と出ている」。

交尾 / 梶井基次郎

「梶井基次郎の「城のある町にて」は戦前に創元選書の一冊として出た」「それにしても「交尾」というのは見事なものである」。

猫 / 梶井基次郎

「梶井基次郎全集の第二巻に「猫」というのが載っている」「今度初めて読んで、大層面白かった」「巻末の註によると、題も書名もなしで、原稿用紙に書かれた五枚だけが残っていたものらしい」。

蝗の大旅行 / 佐藤春夫

「大正十五年九月に改造社から発行されたこの本が私は大変好きだ」「題名の「蝗の大旅行」を始め、「美しい町」「たからもの」「私の父と父の鶴との話」など、それから後永く日本の年少の読者に親しまれるようになった作品が目次のところに並んでいる」「私はこの中でも「魔のもの」という短い話を愛好していて、自分の子供にもよく話して聞かせた」。

佐藤春夫十年集 / 南宗書院

「昭和二年に南宗書院から出た「佐藤春夫十年集」はこれも私の愛読している書物であるが、この本の終りの方に「春宵綺談」という、原稿用紙にして二枚半くらいかと思われる極く短い短篇がある」。

チャールズ・ラム伝 / 福原麟太郎

「ラムはいい人で、『エッセイズ・オブ・エリア』という本を書いた」「私は『エリア随筆』に親しんだおかげで、『チャールズ・ラム伝』の著者の福原麟太郎さんを知り、福原さんの随筆を愛読するようになる」。

クロッカスの花

第二随筆集。冬樹社/1970。

沙翁かジョンソン大博士か / 福原麟太郎

随筆集『人間天国』(文藝春秋社)所収。「イギリス作家らしいイギリス作家をいえと求められれば、あれこれ考えてみて、シェイクスピアというのが一番妥当なようだと福原氏がいっている。さあ、われわれはシェイクスピアの戯曲をいったいどれだけ読んでいるだろう」

小学生全集 / 菊池寛

「私の古典」というテーマに答えて。「あの『小学生全集』というのは、大正生まれの私たち—いま四十代の半ばから五十くらいまでの年恰好の人にとっては、思い出の多いものである」「私はこれで日本の源氏と平家の歴史物語だとか、『クオレ』とか『ピーター・パン』というような西洋の文学を読んだ」。庄野さんは「ピーター・パン」より「小公子」が好きで、アンデルセンよりグリムの方が好きだった。「ロビンソン・クルーソー」も。「『家なき児』」や『小公女』は、大人になったいまでも、一生のうちにああいう小説を賭けたらどんなにいいだろうとおもうほどである」。

徒然草 / 吉田兼好

「徒然草は全部で二百四十三段あるが、読んでいて少しも退屈しないばかりか、一つ読めば、次が自然と読みたくなるという風なのは、随所にはいっているこういう世間話の面白さのためではないか」「(兼好法師は)エッセイストであるが、短篇小説を書ける人である。どこまでもエッセイで通しているけれども、短い短篇小説を読んだような心持になるのがいくつもある」。好きな話として「第百三十五段」資季の大納言入道の話を紹介している。

翻訳五十年 / 中村白葉

朝日新聞に掲載されたエッセイから。「チェーホフの作品を、私は主に中村白葉氏の訳文によって読んで来た。主にというのは、最初にチェーホフを読んだのは、新潮社の世界文学全集の『露西亜三人衆』に収められている秋庭俊彦氏の訳した短篇であったから」。

陣中の竪琴 / 佐藤春夫

「冨山房文庫(というのは、もう世にないのだが」の一冊に『陣中の竪琴』という本があった。」「これは、佐藤春夫が鷗外の『うた日記』の鑑賞の手引きとして著わした本である」「私は、この冨山房文庫の『陣中の竪琴』を、伊東静雄先生から貰った」。

白居易詩鈔 / 森亮

「森亮氏の『白居易詩鈔』(平凡社・東洋文庫)をときどきひらいて読む。」

トロイスラスとクレシダ / シェイクスピア

シェイクスピアの『トロイスラスとクレシダ』(三神勲訳・筑摩書房「世界古典文学全集」)を読んだ。

チェーホフ著作集 / 中村白葉

「ブーニンというのは、どんな作品を書いた人なのか知らない。ただ、私はその人の名前をチェーホフの思い出の筆者として、これだけで十分になつかしく、心にとどめている」「まだ戦後の間もない頃であったが、古本屋で中村白葉氏の『チェーホフ著作集』を買った。全部で七冊しかなかったが、そのうちの一巻が回想、評論を集めた「チェーホフ論攷」(中村融訳)で、ブーニンの文章はそれに入っている」。

妻への手紙 / 湯浅芳子

「何もかも終ってしまってから、チェーホフはこう書いている。「自分の戯曲については何ら決まった期待を持っていない。あれは私をうんざりさせた。だから気に入らない」(湯浅芳子訳『妻への手紙』創元選書)。

夏目漱石の日記

「麹町の花屋でみづ/\しきあやめを桶にすい/\と入れてあつた」という一行は、明治四十三六月、「門」を書いたあとで、胃潰瘍のため入院した時の日記の始まりである。こういう路上の景色に漱石は目をとめた。そうして、それを忘れずに書きとめておいたのである」。

絵画と文学 ホガース論考 / 桜庭信之

「桜庭信之氏の『絵画と文学 ホガース論考』(研究社)の中に「怒れる音楽家」という一章がある」「この煙突掃除人こそ—ただし、子供の方であるが、ロンドンの生活の中でチャールズ・ラムの愛したもので、『エリア随筆』の名篇「煙突掃除人の讃」を読んだことのある人には懐かしい心持がするだろう。(略)私は、戸川秋骨氏の訳文によって、その書き出しのところを写してみよう」「桜庭氏は、ここで福原麟太郎氏の『チャールズ・ラム伝』から、次の一節を引用している」。

英語歳時記(春)

「珍しい本が出来た。(略)日本人の手によって、イギリス、アメリカの文学作品にうたわれ、描かれたものを素材として、歳時記らしい書物を編んでみることは出来ないものだろうか、というのが、この本の発想だそうである」「はじめに本文への橋わたしとなるように、福原麟太郎氏「イギリスの春」ほか三氏による「春の季節」をたたえた文章が載っている」。

東京百年 / 安西啓明

「安西啓明画伯は八年ほど前から東京シリーズと題して、そのうちに壊され、消えてしまいそうなところを選んで写生して来られた」「最近、このお仕事が『東京百年』という画集にまとめられて、自費出版された」。

青木繁 / 日本近代絵画全集

講談社から刊行された『日本近代絵画全集』の「青木繁」について。

菊 / スタインベック

「これからますます長編小説が重んじられるようになって行くと思います」「世の中が何でも数で推して行くというのは、味気ないことです」

夜明けの稲妻 / 内田百閒

随筆集。「海峡の浪」「柵の外」「松笠鳥」「花のない祝宴」「黄色い狸」「未だ沈まずや」など。

ウィリアム・サローヤンの本

『ウィリアム・サローヤン戯曲集』、『現代英米短編集』(中央公論社・現代世界文学叢書)の中の「僕の故郷では誰でも礼儀を知っている」(龍口直太郎訳)、『わが名はアラム』(六興商会出版部・清水俊二訳)。

ヂョンソン博士の話 / 福原麟太郎

『英米文学小論』(吾妻書房・福原麟太郎)。「放送原稿なので、話し言葉の魅力というものがある」。

エリア随筆 / チャールズ・ラム

「ラムの月報を私は一度も書いたことがないし、これから先にそういうものを書く機会もおそらくないだろう」「日本で繰返し出版されている世界文学全集に、イギリス十九世紀のエッセイストで、『エリア随筆』の著者であるチャールズ・ラムは、決して入る気づかいはないから」。

落穂拾ひ / 小山清

「この人は好きだと思ったら、ずっと小山清のものを読む、そういう読者がきっとつく」「おそらく第一創作集の『落穂拾ひ』には、ほかの作家とはちょっと違った、殊に戦後の文学には見られなかった、読者に親密な気持を起させる魅力があったはずである」。

『日々の麺麭』/ 小山清

「小山さんの最後の作品集となった『日々の麺麭』に「捨吉」という短篇がある。その中で映画のことが出てくる」「捨吉は「映画がいちばん安直でいいですよ。庶民的ですよ。安い銭で外国の景色や女の裸が見られるんだから」と云う。自分もまったく同感であると、小山さんは書いている。無論、私も同感である」。

苦いお茶 / 木山捷平

「九つの短篇小説が収められていて、どれもみな面白い」。

雪櫟 / 森澄雄

「『雪櫟』には、昭和十五年、師加藤楸邨の「寒雷」に参加した時以来の作品が入っているが、中心となっているのは北大泉の六畳一間の家での家族の生活を素材とした句である。美の世界が、そこに築き上げられている」。

手袋のかたっぽ / 永井龍男

「「手袋のかったぽ」に、私たちの年代の者には、名前だけしかしらない観工場のことが出て来る」。

命なりけり / 福原麟太郎

「もっとも福原さんの随筆には、数え上げればいくらでも傑作が出て来る」「夜空にきらめく星の中からどれがいちばんよく光るか、くらべようというようなものではないか」「シェイクスピアの云った言葉でもラムの云った言葉でも、この人の身体を通って出て来ると、もう福原さんの魅力となる」。

小えびの群れ

短篇集。新潮社/1970。

グリム童話集 / 植田敏郎訳

『少年少女世界文学全集(ドイツ編2)』所収。「星空と三人の兄弟」で「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」が、また「さまよい歩く二人」では「金の毛が三本はえているおに」が引用されている。「日常生活の、ほんのちょっとした会話をきっかけにして童話や民話の世界に入る。そこから逆に自分たちの世界を振り返ってみる」。昔話と子どもたちの日常をシンクロさせた作品。

グリム童話集 / 金田鬼一訳

岩波文庫「第七冊」所収。「さまよい歩く二人」で「水牛の革の長靴」が引用されている。昔話と子どもたちの日常をシンクロさせた作品。

野鴨

長篇小説。講談社/1973、講談社文芸文庫/2011。

エリア随筆 / チャールズ・ラム

「昔、ロンドンの街を、夜明けとともに現われる少年の煙突掃除人が、声を張りあげて通った。その声は、若い雀のように可愛らしかったといわれる」「井村は、学校にいる時分に、英語の本の中で出会った文章の、始まりのところを思い出した」

永遠に生きる言葉 / 福原麟太郎

「手を伸ばせば届くところに、本棚の隅の方に、一冊の名言集がある」「英米編という中にいいのがいっぱい詰まっている」。

絵画と文学 ホガース論考 / 桜庭信之

「十八世紀のころのロンドンでは、朝早く、まだ子供が目を覚まして起きて来ないうちに、しぼり立ての牛乳の入った桶を頭にかついだ娘さんが、通りを歩きながら、大きな声で呼んだらしい」「これも耳学問で、英国の一人の画家について書かれた評伝の中に出て来る」「「いい本だから、読んでごらん」といって、教えてくれた友人がいなかったら、井村はそんな本が出ていることも知らずにいただろう」。

英語歳時記 / 研究社

「「あふれる溝、というのがあったな」「井村の書斎に入り切らなくて、子供の部屋の方へ行っている本がある」「英語の歳時記の「春」の巻のはじめの方に出ていた」

庭の山の木

第三随筆集。冬樹社/1973、講談社文芸文庫/2020。

人間詩話/吉川幸次郎

「これは中国詩入門というような改まった方法によらないで、最も親しみやすい形で、中国の詩の世界に読者を導いてくれる書物である」「取り上げられる詩は、毎回筆の向くまま古くは漢の時代の民謡から唐詩、宋詩、明詩、清詩、また日本に飛んで、著者が京都大学で親しく教えを受けた狩野直喜、内藤虎次郎先生に及んでいる」。

小学生全集

「現在の三十代の半ばから四十代の半ばくらいまでの人たちで、子供の時分に『小学生全集』を読んだ思い出を持つ人が多いのではないかと思う」「菊池寛の編纂によるもので、高学年用が青い背表紙、低学年用が赤い背表紙となっていた」「「ギリシャ神話」から「クオレ」や「小公子」「小公女」「家なき子」など世界の児童文学の名作は全部入っていたばかりでなく、日本の歴史物語などもあった」。

本棚の前の椅子/福原麟太郎

『命なりけり』(三十二年)に続く福原氏の随筆集を私はうれしい気持で読み終えた」「収められた二十六編のうち、大部分が英語英文学者であり教育者である氏が、これまでの生涯を通じて知り合った人、そうしていつも氏が身近に懐しく考えているような人について書かれたものである」。

伊東静雄全集/人文書院

「今年の春に京都の人文書院から伊東静雄全集が出た」「『わがひとに与ふる哀歌』『夏花』『春のいそぎ』『反響』の四つの詩集と『反響』以後の作品、拾遣詩篇に散文、日記、書簡を合せて一冊とした全集である」。

私の文学遍歴/島尾敏雄

「四年前に同じ出版社から出た『非超現実主義的な超現実主義の覚え書』に次ぐ雑文集である」「題名になった「私の文学遍歴」のように、著者の母校である九州大学の新聞に連載された、長崎と福岡の二つの町にまたがる同人雑誌の仲間とのつながりを書いたものを始めとして、亡くなった母の思い出、軍隊生活、図書館の仕事、両親の出身地である東北、神戸や熊本との縁、物心ついたころから続いている胃病、家にいたねこと妻のこと、書評、文芸時評、アンケートの答え、アメリカ旅行、モスクワでの日ソ文学シンポジウムに参加した報告、その時に発表した草稿、アルメニアとポーランドの旅行など、さまざまな折りのさまざまな文章が収められている」。

故郷の琴/菊池重三郎

「生得のものか、或はイギリス文学からみにつけたものか、ヒューマーの感覚が作者を支えてくれる」「素朴をつかまえるのが巧みである」「自分で抑え切れなくなるほどの感情を、笑いで押しとどめる」「人間臭い世界へ入って行きながら、どこかにこの世の理想を忘れぬという純朴さがある」。

夏の夜の夢/シェイクスピア

「「夏の夜の夢」では、アセンズの町の職人が集まって、殿様と奥方の婚礼の晩に、二人の前で見せる芝居の打合せをする第一幕第二場が好きで、そこだけ読んでも満足する」「それが、すぐに終ってしまう。もっと続けてくれたらいいのにと思う」。

早稲田の森/井伏鱒二

「『釣人』(四十五年・新潮社)以後に発表された随筆七篇と日本経済新聞の「私の履歴書」に連載された文章が「半世記」という題で収められている」「『釣人』もよかったが、『早稲田の森』を通読して、ますます油が乗っているという印象を受けた」。

ここまで生きてきて、私の八十年/中村白葉

「中村白葉氏の随想集『ここまで生きてきて、私の八十年』(河出書房新社)を読んだ」「ロシア文学の翻訳ひと筋に生きて来た中村さんが、いつくしみをこめ、己れを飾らず、曲げず、また奇を衒うことなしに、素直、平明に語る言葉には、気品と重みがある」。

ロビンソン漂流記

「子供のころに読んだ本の中で、絵入りの『ロビンソン漂流記』が忘れられない。本当に面白かった」「私は、菊池寛の編集になる『小学生全集』で「家なき子」や「小公子」「小公女」「クオレ」といった作品に親しむようになる前に、この『ロビンソン漂流記』を読んだ」。出版社等は不明。

無門の関/佐々木邦

「十年ほど前、夕刊のかこみ欄で「無門の関」という、いい随筆を読んだ」「それは三十年も昔の話らしい」。

小学生全集

「菊池寛の編纂による『小学生全集』は、私の二番目の兄が小学五年のころに刊行された」「これと『児童文学』というのと二つ出て、両方とも父が取ってくれた」「あとから大きくなった私は、『児童文学』の方はまるで覚えがない代り、低学年用が赤、高学年用が青と、背表紙の色の分れた『小学生全集』に、すっかりお世話になった」「日本の歴史物語も、世界の児童文学の名作といわれるものも、発明発見物語のようなものも、すべてこの『小学生全集』で楽しく読んだ」。

反響/伊東静雄

「伊東先生が詩集『反響』に収めた「小さい手帖から」という一連の詩の大部分を書かれたのは、終戦の翌年の二十一年五月からその夏へかけてであった」。

伊東静雄全集/人文書院

「諫早というのは、どんな町だろう」「伊東静雄は、いつかこんな話を私にした」。

馬/阪中正夫

「阪中さんから頂いた本が三冊ある」「ひとつは昭和二十八年に未来社から「未来劇場」の一冊として出た『馬』で、台本として使えるようになっている」「次に、その翌年に創元社から出た『舞台文庫』で、森本薫「みごとな女」、三島由紀夫「燈台」と一緒に「馬」が入っている」「もう一つは『現代戯曲選集』第五巻で、久保田万太郎、真船豊、飯沢匡、加藤道夫、三島由紀夫、山田時子の作品とならんで、阪中正夫の「田舎道」が収められている。これは昭和二十六年に河出書房から出た」。

あをば若葉/中村地平

「三十年、にはならないが、もうすぐそうなる。私は文科の学生で、はじめて親もとを離れて福岡の町にいた。そのころ、中村地平の小説を読んだ」「木山捷平『昔野』、小山祐士『魚族』、そんな本の名前が一緒に浮んでくる」「鷗外や佐藤春夫—それは伊東静雄が私に教えてくれたものであったが—は、むろんのこと読まなくてはいけない。チェーホフやラムがいる。中国の物語もある」「だが、もう少し身近に、文学青年の先輩というような心持で読みたい作家がいて、そういう人たちから無言の励ましを得たいと考える」「あんまり有名でない人、偉くなり過ぎない人の方がいい」「ひそかに愛好するというよろこびをこちらに残しておいてくれる人がいい」。

日没閉門/内田百閒

「内田百閒が亡くなってから、『日没閉門』が出た」「偶然とはいいながら、この世の読者に向って、最後の挨拶をしたような恰好になった」「日が沈みましたから、門をしめます。もう戸をたたいて下さるな」「好きなことを好きなように書いて来た人の、締めくくりとして。これ以上のものは考えつかないだろう」「新宿の書店で、最中の箱のようでもあり、奉書に水引がかかっているようでもある本を手にして、売子のところへ持って行く時、もうこんなふうにして新作が出ることも無くなるんだなと思うと、しんみりした」。

ささやかな日本発掘/青柳瑞穂

「『ささやかな日本発掘』に収められた文章には、心に浮んで来るものが何ものにも邪魔されず、突っかえもせず、そのまま万年筆の先から溢れ出て来るような快さがある」「書いたら最後、読み返しもしない。ましてや、直しもしない。もしそんなことでもすれば、あの快さは二度とふたたび戻って来ないのではないか」。

肥った女/安岡章太郎

「去年、戸棚の中を片附けていると、『肥った女』が出て来た。安岡のはじめのころの短篇集で(あとがきを読んでみると、「悪い仲間」「青馬館」につづく自分の第三冊目の短篇集ですと書いてある)、これには思い出がある」。

銀色の鈴/小沼丹

「先日、小沼丹から作品集『銀色の鈴』(講談社)を送って貰った」「お礼の葉書のあとに庭の木のことをひとつふたつ、書きとめた」「その時、何か大事な用件を落しているような気がしたが、どこかに引っかかって、出て来なかった」。

止る歩く/草野心平

「草野さんの新しい随筆集『止る歩く』を読んでいたら、大きな、灰白色の梟とそれを放し飼いにしている少年の話が出て来た」「いつであったか、何かのパーティーで草野さんに会ったら、もうその時は大分酔って居られたようで、私にこんなことを云った」「こうして人が目の前にいっぱいいる。入って来る人もあるし、出て行く人もある。出て行く人が少しずつ多くなる。それを見ていると、何か悲哀が生じる」「文学でも、そういうものを持っている人のがいい。そういうのが好きだ。…草野さんは海岸に立って波の打ち寄せるのを眺めている人のように話した」。

イソップとひよどり

第四随筆集。冬樹社/1976。

精進祭前夜/チェーホフ

『アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ著作集』(中村白葉訳。三学書房)。「「可愛い女」や「犬を連れた奥さん」のように有名ではないが、気に入っている」「「可愛い女」や「犬を連れた奥さん」を思い出して、時どき読んでみたくなるように、「精進祭前夜」も読みたくなる」「小説に限らず、短く書かれたものというのは、こういう時に都合がいい」「少しも億劫にならずに、本棚からその本を取り出せる」。

人生・読書/福原麟太郎

「「読書の生活」という見出しの下に集められたエッセイの中に、こんな箇所がある。本というものはなかなか二度読むものではない。だから、どんな本でも、読む時は、これがおなごりというつもりで読むべきであると」。

エリア随筆/チャールズ・ラム

「ラムの文章はなかなか厄介なのだが、「夢の子供たち」は素直で、そんなに難しくなかった」「それは一度読むと忘れられない、しみじみとしたエッセイであった」「私は、心細い語学力をたよりに『エリア随筆』を読んで、文学の世界がこの人生と同じように深く豊かであることを知ったのである」。

トルストイ童話/十和田操

「学年別童話集の五年生として『トルストイ童話』を十和田操氏が書いています」「私はこの本を読んで大変好きになりました」「トルストイの書いたものが、ここでは十和田氏の理解力、感受性を通してもう一回新しい生命を得てみずみずしく、一字一句に力のこもった作品となっています」。

カーネギー自伝/坂西志保

「一人の人間の生涯にその家庭、家族というものがどんなに大きい力を持っているかをまのあたりに見て、私は「自分もしっかりやらねばいかん」と思いました。そうして、この本をあとで妻に読ませました。親が片一方だけ決心しても駄目ですから」。

紅いノート/古木鉄太郎

「昭和二十九年に不遇のうちに亡くなった作家古木鉄太郎氏の才能を惜しむ友人が力を合せて、この作品集を世に出しました」「ここに収められた九つの短篇は、多く貧しい生活を背景としていますが、凛呼としたものがひと筋、貫いています」「それは優しく、清らかで、気品のあるものです」。

環境/佐藤春夫

「佐藤春夫の『環境』という作品がある」「これまでに取り上げて論じられることは殆どなかったようだが、私は昭和十八年五月に実業之日本社から出た、子供の色紙細工をカバーに用いた、美しい、一風変った装幀の本を、そのころ買い求めて、今に愛蔵している」。

井伏鱒二/カラー版日本文学全集

河出書房新社『カラー版日本文学全集』の解説から。「なだれ」「つくだ煮の小魚」「歳末閑居」「石地蔵」「逸題」「按摩をとる」「顎」「紙凧のうた」「丹下氏邸」など。

栗の樹/小林秀雄

随筆「蓄音機」「カヤの平」。

瓦礫の中/吉田健一

「戦後文学といわれたものには、あまり書かれなかったようなことが書いてある」「健康な詩心というものがある」。

詩集夏花/伊東静雄

「本の体裁についてうるさかった伊東静雄が、ただひとつ気に入っていたのは、昭和十五年、「文藝文化叢書4」として子文書房から出た詩集夏花だけという。

琉球弧の視点から/島尾敏雄

「全部で五十四の短文が収められている。Ⅰは日常生活、外国旅行、戦争中の自分にふれたもの、Ⅱは著者が現在住んでいる奄美大島を含めて「琉球弧」と名づけられた南島に関するもの、Ⅲは伊東静雄との交わりについて語ったいくつかの文章と書評、本の話その他というふうに分れている」。

長尾良作品集/皆美社

「皆美社から刊行された『長尾良作品集』を読んだ。昨年の三月、というからちょうど一年になるが、胃癌のため五十七歳で亡くなったこの著者が、生前に自分の手で選んでおいた一巻だという」。

菅野/木山捷平

「私は、学生のころに木山捷平の『菅野』という作品集を本屋で見つけて、愛読した思い出がある」「これが、「ぐろりあ・そさえて」から出た同じ叢書であった」「小山祐士の「魚族」もそうであった」。

夏の夜の夢/シェイクスピア

「「俺はピイタァ・クインス君に頼んで、この夢をうたった小唄を作ってもらおう」(岩波文庫・土居光知訳)というのは、シェイクスピア「夏の夜の夢」第四幕第一場の終りに出て来る織物屋のボッタムの台詞である」。

文芸その折り折り/土井光知

「土居光知氏の『文芸その折り折り』(荒竹出版)は、大正十二年以来、五十年にわたって「英語青年」その他の雑誌、講座などに発表された中から自選された二十五の随筆を集めている」。

土手の見物人/伊馬春部

「全部で五十八篇の随筆が収められているが、浮世の苦労を忘れさせてくれるような、のびやかで親しみ深い筆の運びと、人情味、篤実さは貴重なものというべきである」。

佐々木邦全集/講談社

「十数年前に東京新聞の夕刊で「無門の関」という短文を読んだ。それは、三十年も前にニューヨークにいる友人とアメリカの見知らぬ老紳士の、二人の好意によって、自分の手に入った Phoneixana という古書について語ったものだが、いい随筆であった」「短篇小説のような味わいがある」。

私の文学遍歴/島尾敏雄

「島尾敏雄の書く短文が、小説とはまた違った味わい、魅力を持つことに気付いたのは、いつごろからであろう」「大分前に、『私の文学遍歴』というエッセイ集が未来社から出て、新聞に書評を頼まれた」「アンケートの答えをひと纏めにしたものから新聞の応募小説の選評まで入れて全部で五十四篇になり、そのひとつひとつが興味のある書物の内容を、四百字二枚にいったいどうすれば要約し、紹介できるだろうかと考え込んだのを覚えている」

結説/三浦哲郎

新潮文庫解説。「ここに収められた十篇は、第二回新潮同人雑誌賞を受賞した「十五歳の周囲」(昭和三十年・新潮十二月号)を除くと、最初の創作集『忍ぶ川』以後、十年間に出た六つの作品集から選ばれている」「このうち最も多いのは、『結婚』(四十二年・文藝春秋刊)からで、「野の声」「乳房」「結婚」「聖夜」の四篇となっている」。

興福寺の写真/高浜虚子

「虚子の初期の作品である「興福寺の写真」には、二人の幼いお嬢さんが登場する」「年譜を見ると、この短編が「ホトトギス」に載ってから六年後の、大正四年の秋に、虚子は長女を伴い、京都、奈良に遊んでいる」「小説と事実を混同してはいけないというが、読者であるわれわれは、父と子の間の口約束が守られたことを知って、愉快な気持にならずにはおられない」。

志賀直哉全集/岩波書店

「自分の好みからいえば、「早春の旅」「万歴開赤絵」のようなのがいい。時々、忘れたころに取り出して、読みたくなる」「この二つに限ったわけではない。志賀直哉の短篇で、まだほかに名前を出したいのがあるが、いちどきに何もかもいえない」。

日曜日/志賀直哉

「「日曜日」には、魚捕りの好きな男の子が出て来る」。

桃李記/井上靖

「去年の秋に出た井上さんの作品集『桃李記』をひらいてみる」。

歌集『彷徨』/有田静昭

「歌集『彷徨』の中に有田静昭が少年時代を過した安治川べりの町の景色が出て来る」。

無数の目/飯田龍太

「面倒がらずに、まめによく書く。親切な文章を書く。また、茶目気もたっぷり持ち合せている。散文を楽しんで書いている。風韻、含蓄というものがある。散文家としての飯田龍太氏について、そういうふうに私は受け取っている」「とっくに随筆集が出ているのかと思ったら、今度がはじめてだと分って、先ずびっくりした」「父蛇笏の回想、身辺日常を素材とするもの、紀行、「詩は無名がいい」を始めとするエッセイ、人の印象など六十二編を収める」。

ささやかな日本発掘/青柳瑞穂

「詩人で、フランス文学の翻訳が多く、一方、日本の古美術の鑑賞家として知られた青柳瑞穂氏の『ささやかな日本発掘』(昭和三十五年・新潮社刊)の中に、「遺品二つ」という随筆がある」。

昔野/木山捷平

「私がはじめて木山捷平の小説を読んだのは、昭和十七年の初夏のころだから、この除幕式までに三十年近い年月がたっている」「福岡の町の本屋で『昔野』という、変った名前の短篇集をみつけて、買った」「最初に読んだ「うけとり」で、一遍に好きになった」「同じ科の上級生である島尾敏雄は、「コギト」に載った「抑制の目」という小説をたたえ、二人とも読者になった」。

虚空象嵌/檀一雄

「今度、久しく手にしなかった『虚空象嵌』(昭和十四年・赤塚書房)を本棚から持ち出して、表紙を繰ると、懐かしい檀さんの筆のあとが現れた。昭和二十五年の秋、大阪で初めてお目にかかった頃に書いて頂いたものである」。

ぎぼしの花

第五随筆集。講談社/1985。

ファロオドン邸の鴨場/平田禿木

「「ファロオドン邸の鴨場」なる一篇が『禿木随筆』(昭和十四年・改造社)にある」「第一次欧州大戦当時の英国の名外相で、鱒釣りの名人、野鳥の専門家として知られたエドワード・グレー卿を偲ぶ好随筆だが、題名通り鴨の話が出て来るので、この機会に読み返してみたい」。

子供の絵/伊東静雄

「全集の中から終りに近いころの詩をひとつ。昭和二十四年七月に発表された「子供の絵」疎開地に住みついてという副題が附いている」。

去年の雪/下山省三

「殆ど偶然といってもいい機会からフランソア・ヴィヨンの有名な詩句を書名に選んだこの随筆集を私は手にしたのだが、岡山県の津山朝日新聞に昭和三十四年から四十四年へかけて十年余りの間に掲載された中から選んだという全部で七十篇の随筆を読みつぎながら、倦むことが無かった」。

燈火頬杖/浅見淵

「全部で四十七篇、収められている」「随筆集とあるが、紀行小説、日記、エッセイ風の短篇など、力のこもった作品が多く収められていて、読みごたえのある、滋味ゆたかな本である」「柳田国男、会津八一、志賀直哉、岡倉天心、火野葦平、太宰治、尾崎士郎、宇野浩二、尾崎一雄にふれた随筆は、みなそれぞれに面白いが、「坂口献吉追悼録」には、坂口安吾の兄さんで、新潟日報社その他の社長をしていた献吉氏のことが出て来る」。

忘れ得ぬ人々/鷲尾洋三

「『回想の作家たち』(青蛙房)を書いた文藝春秋の鷲尾さんの、二冊目の随筆集である」「「久保田万太郎の稚気」「鬼才・三島由紀夫」「二人の詩人・春夫と達治」「純粋の人・原民喜」「丸岡明の釣糸」などのほかに、井伏鱒二、永井龍男、河上徹太郎、井上靖氏らの印象記を加えて、読書家にとって楽しみの多い本となった」。

届かなかった手紙/小泉タエ

「題名となった「届かなかった手紙」には、空襲で大怪我をして、鉛筆を持つことも出来なかった父と、勤めていた海軍軍令部戦史部の疎開で山中湖畔へ行った娘がお互いの身を案じる話で、生涯の別れになるとも知らず、艦船勤務の兄を品川駅に見送った朝のことにふれる「うしろ姿」とともに哀れ深い」。

漕げや海尊/阪田寛夫

「いまは小説家になっている「私」と橋田君夫婦とは、同じ放送会社で机を並べて仕事をした仲間であるが、夫人からの連絡で正月明けに橋田君が大阪の大学病院の放射線科に入院したことを知らされる」。

わが生涯と文学/中野重治

「筑摩書房版『中野重治全集』の各巻に「著者うしろ書」が附いている」「これを第一巻から第二十七巻まで集めて一冊の本にすることに決まって、「わが生涯と文学」という題名が編集部から示されたのに対して中野重治は不服をとなえた」。

閑な老人/尾崎一雄

「「閑な老人」というと何もしないで退屈をもてあましている人のように聞えるが、そうではない」「なお、この短篇集の中に病床の上林暁氏が二度、出て来る。「写真のこと・その他」と「村祭り」(ここでは友人のK君として)で、どちらも印象が深い」。

蜂と老人/尾崎一雄

「近作十篇を収めた短篇集の巻末に置かれた「迅く来いクリスマス」の一節である」「欲張らず、無理をせず、物事には関心を持ち、なるべくまめに動くが切捨てるべきは切捨てる。これが尾崎さんの基本方針のようだ」。

小沼丹作品集

「小沼丹を好む人が多くなって来ているという」「それがみな文学の読み手としては年季の入った人ばかりで、自分の生活の流儀に従って小沼の作風を楽しみ、慈しんでいるように見える」。

ロビンソン漂流記

「子供の頃に読んだ童話や小説でどれがいちばん面白かったかというのも、だんだん分らなくなって来た」「『ロビンソン漂流記』に熱中したのは確かで、もしどれか一冊を挙げるとなるとこれになるかもしれない」。

地下鉄サム

「菊池寛の編集の『小学生全集』には、ギリシャ神話から源氏と平家の物語まで入っていて、世界の児童文学の名作といわれるものはみなこれで読んだ」「もし私の記憶が違っていなければ、「地下鉄サム」をこの全集の中で読んでいる筈で、いまに至るまで探偵小説を全くといっていいほど読まない私のような無趣味な人間にとって、貴重な思い出になっている」。

小学生全集/菊池寛編

「外国の小説では「クオレ」「小公子」「小公女」「家なき子」などの名前が浮ぶ」。

グリム童話集

「『グリム童話集』は時々、読み、民話の底力を思い知らされる」。

山椒大夫・ふるさと

「最後になったが、日本のものでは教室で先生が読んで聞かせてくれた安寿姫と厨子王の物語(山椒大夫)を、中国では、もっと大きくなってから読んだ魯迅の「ふるさと」(佐藤春夫訳)を挙げたい」。

索漠/有田静昭

「「索漠」の中に有田さんのお母さんが出て来る歌がどのくらいあるかと思って、頁を繰ってみた」。

雪後集/鈴江幸太郎

「自分勝手な想像だが、旅先でいつもの通りの朝食を楽しもうとさげ鞄の中にコーヒーの壜とパンの包みを用意して来られたのだろうか」。

藤波/有田静昭

「歌集「藤波」の頁をあちこち繰ってみる」「興味を惹いた作品は少なくない」「それは全体に散らばっている」「パリといえば、昔はよく二人で「巴里祭」をたたえたものであった。お互いに若かったあの戦後の頃に」。

活版屋の話/永井龍男

「永井龍男の年譜を見ると、大正九年、十六歳の時に短篇「活版屋の話」が文芸雑誌「サンエス」に当選し、選者の菊池寛の公表を得たとある」「感傷に曇らぬ目、勘どころを押える巧みさは、とても十六歳の少年の作とは思えない」。

禿木随筆/平田禿木

「『禿木随筆』を取り出した」「葡萄の房が葉の影からいくつもぶら下がっているところを装飾風に描いた鈴木信太郎画伯の表紙が美しい」「昭和十四年十月改造社から出版されたもので、もう四十年以上になる」。

西英探鳥記/平田禿木

「平田禿木の随筆「西英探鳥記」(昭和九年)には、同じく野鳥に詳しい米国のルーズヴェルト大統領が、職を去ったのち英国を訪問した折、案内役のグレー子爵と二人きりで誰にも知られずにハムプシャーへ出かけた日のことが書かれている」。

素朴な味/近藤啓太郎

「食べ物随筆というのは上手なら上手で嫌味なものだが、これは題名そのままの率直さに惹きつけられる」。

海揚り/井伏鱒二

「昔、古備前を山と積んだ千石船が瀬戸内の海を往来していた」。

豊年虫/志賀直哉

「志賀直哉が本当に面白くなり出したのは、文筆生活の苦労が分り、子供も少し大きくなった頃であった」「若い日の印象や先入観に煩わされず、何気なしに読んでみたのがよかったのかも知れない。好きな作品がいくつも出来た」「「豊年虫」や「万歴赤絵」「早春の旅」のような、途中で笑い出しそうになる場面の出て来る小説が、「暗夜行路」の作者にあるのが新鮮に思えた」。

荻窪風土記/井伏鱒二

「「新潮」に連載されていた時の、「豊多摩郡井萩村」が副題になり、『荻窪風土記』として単行本になった」「多彩で変化に富み、全体を一つの叙事詩として読むことが出来る」。

作家の友情/河盛好藏

「昭和五十七年一月から翌五十八年四月までの間に、「新潮」に分載されたものが、この度、一冊にまとまった」「中学生の頃から無類の本好きであった河盛さんは、大正から昭和へかけてのご自分の文学的青春と重ね合わせながら、愛読した詩人、作家を素材に興趣に富む「人生の物語」を展開してみせてくれる」

英文学小論/福原麟太郎

私がドクター・ジョンソンに興味を持つようになったのは、福原さんの『英文学小論』(昭和三十三年・吾妻書房)という本の中で「ヂョンソン博士の話」と「ボズウェルの『ロンドン日記』を読んだのが始まりであった」「この人がどんな時にどういうことをいったかというのは、すべて福原さんのお書きになったものから学んだ」。

迷ひ子札/上林暁

「上林さんのお父さんの写真が『迷ひ子札』(昭和三十六年)という作品集の巻末に載っている」「この本に収められた「お月さん」には、病気のお父さんを見舞いに、郷里へ帰っていた妹さんからいろいろ家の様子を聞くところが出て来る」。

寡欲の民/江嶋寿雄

「江嶋さんが歌集をお出しになるという話は、もう何年か前にお聞きしたような気がする」「昭和十七年に私が九州大学法文学部に入学した時、東洋史専攻の数少ない学生のなかに私の長兄よりまだ二つ年上の江嶋さんがいた」。

続あの日この日/尾崎一雄

『続あの日この日』(これが尾崎さんからお送り頂いた最後の単行本となった)の始めに近い方に昭和二十年の三月三日、米軍の空襲下に迎えた下曽我のお宅での雛祭りのことが印象深く語られている」。

回想の本棚/河盛好藏

「河盛さんの書かれる随筆は、素直で明快、事実を重んじ、少しも持ってまわったところが無い」「中身が詰まっていて、元手のかかった材料を惜し気なく注ぎ込んでいる場合でも、そんなふうに見せない」。

日本詩歌集(古典編)/山本健吉

「『日本詩歌集』古典編(講談社)を本棚から持ち出して、「まえがき」を読み返した」「日本の詞華集(アンソロジー)を選びたいというのが編者の山本健吉さんの長い念願で、これまでに平凡社のある叢書の中で編まれたことがあるが、絶版となっていて、再刊を望む声も聞えた」「「ことに福原麟太郎氏は私に逢うたびにそのことを言われた」」「福原さんがご自分とは畑違いの山本健吉さんのお仕事に対して絶えず関心を示しておられたことは、私も承知している」「一方、山本健吉さんは英文学者の福原さんのお書きになる、ふっくらとしてまるみを帯びた独特の随筆を日本の最高のものとしてたたえて来られた」。

荻窪風土記/井伏鱒二

「井伏さんの『荻窪風土記』が出版されたとき、書評の依頼があって「汽笛と武蔵野の森」という題で書いた」「昭和五十七年十二月号の「新潮」に掲載された」「書評は普通、一頁分になっているが、今度の井伏さんのはほぼ一年半にわたって「新潮」に連載された作品で、昭和二年に荻窪へ越して来られてから今日までのご自分の身のまわりに起こったさまざまな出来事を扱いながらパノラマのように世相の移り変りを描いた、いわば集大成のお仕事ですから、二頁分でも三頁分でも結構ですということであった」。

人間天国/福原麟太郎

「英文学者であり、すぐれた随筆家であった福原麟太郎さんは、「私は百科辞典が好きである。あそこを読みここを読みして興味がつきない」といっておられる」。

土の器/阪田寛夫

「芥川賞の発表のあった晩、外出先の劇場で知らせを受けた本人から電話がかかった」「いつも静かに話す彼が一層ピアニシモになり、私たち家族全員が受話器の前で唱える万歳を無言で聞いていた」。

世をへだてて

長篇随筆。文藝春秋/1987、講談社文芸文庫/2021。

秋来ぬと/福原麟太郎

「英文学者ですぐれた随筆家であった福原麟太郎さんに「秋来ぬと」という随筆がある」「福原さんの数ある著書の中でも私が本棚から取り出して頁を繰ることの多い随筆集『命なりけり』(昭和三十二年十月・文藝春秋新社刊)に収められている」。

本棚の前の椅子/福原麟太郎

「福原さんからお手紙を頂いて暫くして、文藝春秋新社から『本棚の前の椅子』(昭和三十四年五月)が出版され、署名入りのご本の入った小包を私は野方のお宅からお送り頂いて、大喜びすることになる」。

トム・ブラウンの学校生活/トマス・ヒューズ

「私はここで『トム・ブラウンの学校生活』(トマス・ヒューズ作・前川俊一訳・岩波文庫)のなかで主人公のトム少年がどんなふうにラグビー校のそばを流れるエイヴォン川の岸で対岸の地主の命をうけてきびしく猟場の見張りをつづける番人の目をくらましながらうぐい釣りに熱中したかを紹介したい誘惑にかられる」。

小さな手袋/小沼丹

「ここで私は小沼丹の随筆集『小さな手袋』(小沢書店刊)に彼が中学一、二年のころに愛読した『ロシア伝説集』のことを書いた「母なるロシア」という一篇があり、そこにロシアの大地にしっかりと根をおろしたような勇士の話が出て来たのを思い出して、久しぶりに本棚から取り出してみた」。

 

エイヴォン記

長篇随筆。講談社/1989、小学館P+D BOOKS/2020。

ブッチの子守唄/デイモン・ラニアン

『ブロードウェイの天使』(新潮文庫・加島祥造訳)所収。「デイモン・ラニアンは、戦後に亡くなった私の父の好きな作家であった」。なお、『ブロードウェイの天使』には、ミュージカル『ガイズ&ドールズ』の原作「ムウス・サラ・ブラウンのロマンス」が含まれている。成城学園の本屋で、庄野さんの奥さんが買ってきたもの。

ベージンの野/ツルゲーネフ

「ツルゲーネフの「猟人日記」(岩波文庫・佐々木彰訳)を久しぶりに取り出して読んでいる」「「猟人日記の(上)には、全部で十四篇収められているが、私の好きな「ベージンの野」は、こちらの方に入っている」。

トム・ブラウンの学校生活/トマス・ヒューズ

『トム・ブラウンの学校生活』(岩波文庫・前川俊一訳)。「エイヴォン? エイヴォンのいえば、ほら、『トム・ブラウンの学校生活』のなかで、トムが学校の規則を破って釣りをする川が出て来るが、あの川の名がエイヴォンだよ」という庄野さんの言葉は『エイヴォン記』が最初。

クラシーヴァヤ・メーチのカシヤン/ツルゲーネフ

『猟人日記(上)』(岩波文庫・佐々木彰訳)所収。「おれの名前はカシヤンで、蚤というのがそのあだ名…」という歌が出てくる。

情熱/ドロシー・キャンフィールド

『アメリカ短編集』(市民文庫・西川正身編)所収。市民文庫は河出書房から出ていた。ほかに『ロシヤ短編集』(上西清編)、『フランス短編集』(鈴木信太郎編)、『ドイツ短編集』(相良守峯編)、『イギリス短編集』(福原麟太郎編)があるが、庄野さんが持っているのは『アメリカ短編集』のみ。「せめて福原さんの編集による『イギリス短編集』くらいは、買っておくべきであった」。

少年たち/チェーホフ

『チェーホフ著作集(第四巻)』(三学書房・中村白葉訳)所収。『チェーホフ著作集』は第十九巻まで出る予定だったが、戦時中であり、出版事情が悪くなったため、第六回配本を最後に刊行中止となった。「戦争が終わった翌々年の夏、私は『チェーホフ著作集』の六冊を机の上に積み上げて、ひと夏をチェーホフを読んで過ごそうと決心したことを思い出す」。

レ・ミゼラブル/ユゴー

『レ・ミゼラブル(全五巻)』(新潮文庫・佐藤朔訳)。庄野さんの奥さんが、長女(夏子)の41歳の誕生日に贈ってあげた。

精進祭前夜/チェーホフ

『チェーホフ著作集(第四巻)』(三学書房・中村白葉訳)所収。

卵/シャーウッド・アンダスン

『アメリカ短編集』(市民文庫・西川正身編)所収。訳は吉田甲子太郎。「プロット(筋)というものをことさらに排したアンダスンで、「卵」もそういう特色を持った小説だから、筋を追いながら紹介するということが出来ない」。

蛇使い/蒲松齢

『志那文学選』(新潮社・佐藤春夫編)所収。昭和15年7月に新日本少年少女文庫のなかの一冊として刊行された。「私の持っている、果物の籠の絵の表紙の本の奥付には、「昭和十七年一月十日三刷」とある」。

ふたりのおじいさん/トルストイ

『トルストイ童話』(東光出版社・十和田操作)所収。昭和34年、学年別童話集として刊行されたもので、「トルストイの民話を、五年生のみなさんのために、やさしく直して、紹介しました」とある。「昭和五十三年に七十七歳で亡くなった十和田さんは、私の敬愛する作家であった」「この『トルストイ童話』も、扉の表の頁に十和田さんの署名入りで贈って下さった」。

少年パタシュ/トリスタン・ドレエム

『毛虫の舞踏会』(札幌青磁社・堀口大学訳)所収。「『毛虫の舞踏会』は、戦争中の昭和十八年二月、札幌青磁社から刊行されたフランス装の、表紙の下の方にかたつむりの絵のカットが入った本で、私の持っているのは、奥付を見ると、戦後の昭和二十一年八月十五日発行の第三刷、となっている。定価金三十円」。

クマのプーさん/A・A・ミルン

フーちゃん(三歳の孫娘)が、ディズニイの「プーさんの大あらし」というヴィデオが好きだという話から。カンガの子どものルーの代わりに、コブタがカンガのおなかのポケットに入るシーンを紹介している。

ふるさと/魯迅

『志那文学選』(新潮社・佐藤春夫編)所収。「その前に李白の『黒い帽子をくれた友達に』という詩を一篇、読んでみることにしよう」と言って、李白の詩も紹介している。

誕生日のラムケーキ

第六随筆集。講談社/1991。

英国近代散文集/福原麟太郎訳注

「私は図書室の本棚から一冊の本を取り出した。福原麟太郎訳注『英国近代散文集』(昭和二十八年・研究社出版)」「アレグザンダー・スミスの「雲雀飛び立つ」を久しぶりに読んでみたが、スコットランドの牧師の話が面白い」「はじめて読んだときに、鉛筆でそこのところに印をつけた」。

ささやかな日本発掘/青柳瑞穂

詩人で「クレーヴの奥方」やモーパッサンの小説などフランス文学の翻訳が多く、また日本の古美術の鑑賞家、目利きとして知られた青柳瑞穂さんの『ささやかな日本発掘』(昭和三十五年・新潮社)は、私の好きな随筆集で、この本が身近にあると思うだけで心がゆたかになるような気がする。

丹下氏邸/井伏鱒二

「そのうち井伏鱒二を好んで読むようになった」「新潮社から出ていた昭和名作選集のなかの『丹下氏邸』(昭和十五年)を読んで私はこの作者に惹きつけられた」「収録されたのは題名の作品のほかに「集金旅行」「青ヶ島大概記」「鶏肋集」「ミツギモノ」の四篇だが、最も深い印象を受けたのは「丹下氏邸」であった」。

鶏肋集/井伏鱒二

「『丹下氏邸』に入っていた井伏さんの自伝の『鶏肋集』を私はやがて本屋で見つけて手に入れた」「昭和十一年十一月に竹村書房という小さいがいい本を出していた出版社で刊行されたもので、外函の裏に、ふくろうかみみずくが木の枝に止まっている(その胸のあたりに、たけむら、と入っている)版画があった」「井伏さんの著作のなかでも特別に親しい心持で頁を繰った思い出のある本といえる」。

エリア随筆/チャールズ・ラム

「私の手元にある岩波文庫の『エリア随筆』は、奥附を見ると昭和三十一年二月十日発行の第九刷で、先年、ロンドン十日の旅とラム姉弟の生涯の回想とを重ね合せた『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』(文藝春秋刊)を書くとき、絶えず参照させて頂いた」。

ブロードウェイの天使/デイモン・ラニアン

「デイモン・ラニアンの十二の短篇を集めた『ブロードウェイの天使』(新潮文庫・加島祥造訳)を取り出して、読む」「戦後に亡くなった私の父が多分、進駐軍向けのペーパーバック版で見つけてラニアンの短篇集を手に入れ、「デイモン・ラニアンという作家は面白い」としきりに話していた」。

へんろう宿/井伏鱒二

「「へんろう宿」は、土佐の海岸の遍路岬字黄岬というところにある」「この土地では遍路のことを、へんろうという」。

お絹とその兄弟/佐藤春夫

「「お婆さん、そんな話はもう止すべえよう」そういってお絹も泣くというところがよかった」「年月たって読み返してみても、やはり、そこが面白い」。

精進祭前夜/チェーホフ

「話が飛ぶが翌年(二十二年)の夏、チェーホフの「桜の園」「三人姉妹」「伯父ワーニャ」「かもめ」を「戯曲の勉強のために」読み返すのと、この機会に短篇小説を出来るだけ沢山読むのを目標にして始めた「チェーホフ読書ノート」がある」「「精進祭前夜」はよほど気に入ったらしく、数学の問題集を前にふくれっ面をしている中学二年生のステーパのために父親のパーヴェル・ウシーリイチが「分数の割算の証明」の仕方を教えてやるくだりが写してある」。

アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ著作集

「戦争が終った翌々年の夏であった。私は夏休みを(私は海軍から復員して中学で歴史を教えていた)チェーホフを読んで過そうと考えた」「古本屋で買ってきた中村白葉訳『アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ著作集』(三学書房)を机の上に積み上げていた」「大きな判で、手に持つとしなやかな撓むような感触を受ける本であった」。

丑寅爺さん/井伏鱒二

「井伏鱒二自選全集第三巻に収められた中から井伏さんが戦後のまだ早い時期にご自分の郷里を舞台にして書かれた作品を読み返してみようと、筑摩の全集の入っている戸棚を開けた」「第四巻「小説四」の「復員者の噂」を先ず読んでみた」「以下「自宅」「丑寅爺さん」の順に読んだ」。

井伏鱒二随聞/新潮社

奥村土牛画伯の柚子の絵の入った『井伏鱒二随聞』(新潮社)の「あとがき」で河盛好藏さんは、「私は五十年来、井伏さんと同じ町内に住み、しばしば置酒閑談して高教を仰ぐことのできる稀有の幸福に恵まれてきた」と語っている」。

老いての物語/河盛好藏

フランス文学者でボードレールの伝記『パリの憂愁』『フランス文壇史』などの著作で知られる河盛好藏さんの久しぶりの随筆集である」「『老いての物語』という書名について、河盛さんは、あとがきのなかで、—狂言「地蔵舞」のなかの私の大好きな「若い時旅をせねば、年寄っての物語がない」という言葉から借りたもので、「年が寄ってからの物語」というぐらいのつもりでいる」。

私の随想集/河盛好藏

「『河盛好藏 私の随想集』全七巻が刊行されることになったのは、嬉しい」「河盛さんのお書きになるものは、平明で、やさしく、親しみがあり、何といっても読者に親切である」「書き手の河盛さんの心持が、生き生きと、そのまま伝わって来るような、いい文章である」「最近私が本のなかで読んで面白かったのは、『老いての物語』に収められた「ナルボンヌの蛙」であった」。

さまざまな随想 文士というさむらいたち/野々上慶一

「野々上さんがこれまで「文學界」「新潮」その他に発表された河上徹太郎、中原中也、小林秀雄、青山二郎、武田麟太郎といった方たちに関する文章に新しくお書きになった四篇を加えて、『さまざまな随想 文士というさむらいたち』が文藝春秋から刊行された」。

春の夜航/三浦哲郎

「随筆集「春の夜航」を出して来て、頁を開いてみた」「「うちの酒蔵」というのを読んだ」。

まどさん/阪田寛夫

「おはながながいのね」の「ぞうさん」(団伊玖磨作曲)は、どんな気難しい子供でも、一度きいたら自分でうたってみたくなる不思議な歌だ。作詞をしたまど・みちおさんとはどんな方だろう」「三年前に聞き書に基く短篇「遠近法」を発表して、そのユニークで深みのある作風をはじめて児童文学者以外の人たちに紹介し、注目させた阪田寛夫氏が、三年がかりでまどさんの評伝を書き上げた」「「遠近法」もよかったが、今度の『まどさん』(十一月、新潮社刊)は一層ゆたかな、読み応えのある作品となった」。

利根川の漣/松本久

「佐原氏の松本久(静泉)さんから贈られた歌集『利根川の漣』(短歌新聞社)を読む」「目次を開いて、「渇水期の日々」というのを見つけた」。

丘の橋/内田百閒

「内田百閒に夢中になった時代があった」「中学を卒業して上級学校に入学して二年目の昭和二十五年ころであった」「これら「百閒時代」の名残ともいうべき本のなかから、どれか一冊を選べといわれれば、中川一政の装幀による『丘の橋』(昭和十三年六月・新潮社)になるだろうか」。

魚雷艇学生/島尾敏雄

「『魚雷艇学生』が単行本になったとき、「波」に載せるため鹿児島から出て来た島尾と大久保の飲み屋で対談をした」「島尾は海軍予備学生の三期、私は四期であったから、話が弾んで気持がよかった」「その『魚雷艇学生』で野間文芸賞を受けることになった島尾は、授賞式に出た翌日の午後、その頃、脳内出血で川崎市梶ヶ谷の虎ノ門病院分院にいた私を見舞いに来てくれた」。

わが名はアラム/ウイリアム・サロイヤン

「アメリカの作家ウイリアム・サロイヤンのことを教わったのは、戦争が終った次の次の年あたりではなかったか」「藤沢さんにお目にかかったとき、私は映画の話をした。ウイリアム・サロイヤンという名前でしたというと、藤澤さんは、「サロイヤン? ああ、あれはいい作家だよ」といった」「その晩、私は藤澤さんの貸して下さった本を読んだ。清水俊二訳の六興出版部から出た『わが名はアラム』である」。

少年パタシュ/堀口大學訳

「堀口大學訳『毛虫の舞踏会』という本が私の本棚にある」「十一人のフランスの作家の十五の短篇を収めたもので、以前、「名著発掘」という課題を与えられた短文で私は一度この本を取り上げた」「初版が出たのは戦争中の昭和十八年二月、札幌青磁社から」「私の持っているのは昭和二十一年八月十五日発行の第三刷」「フランス装の手ざわりのやわらかな本で、朱色で印刷された「毛虫の舞踏会」がいい」。

極楽人ノート/富士正晴

「富士正晴『極楽人ノート』の「庄野潤三と島尾敏雄」のはじめに、「庄野潤三と島尾敏雄はいずれも詩人の伊東静雄がわたしに紹介してきた文学青年であり」としるしてある」「富士さんの前記「庄野潤三と島尾敏雄」のなかに、「庄野潤三というと何と何とを直ちに思い出すか、そういう連想ゲームみたいなものをやろう」といっておいて、「しかし、わたしなら、まず、我が名はアラム、アコーディオン、腰抜け二丁拳銃、…というようなことを連続発言するだろう」と書いている」。

走馬灯/山本安見

「山本健吉さんが亡くなられて一年たち、今度お嬢さんの安見さんがお父さんの思い出を綴ったものが富士見書房から本になった」「亡き父との間にほどよい距離を置いて書かれた、のびやかな明るい回想である」。

古木鐵太郎全集

「『古木鐵太郎全集』三巻が刊行された」「第一巻のはじめに井伏鱒二さんが「『路上』のことなど」、中谷孝雄さんが「全集の出版を祝して」を寄せておられる」「解説渋川驍。題字は中川一政。発行所『古木鐵太郎全集』刊行会(東京都杉並区堀ノ内二—一—四四—五〇九)」「古木さんの子息で第三巻に「編者あとがき」を書いている古木春哉さんから本を贈って頂いた」「この一週間ほど、『古木鐵太郎全集』をかたわらに置いて、あちこち開いて読んでみている」。

命なりけり/福原麟太郎

下に新社が附いていたころの文藝春秋から出た随筆集『命なりけり』。仕事机の前で椅子に腰かけたままの姿勢で、本棚の手を伸ばすとすぐに取り出せるところにある」。

永遠に生きる言葉/福原麟太郎

「福原さんがイギリスの文学についてお書きになる。それを読むと、イギリスのその作者も作中人物も俄に身近な、親しい存在になるから不思議だ。なにしろ福原さんが興味を持っておられることが分っただけで、これは面白そうだと思ってしまう。そうして、もっと詳しくそれについて知りたくなる」。

鉛筆印のトレーナー

フーちゃんシリーズ、第2作目。福武書店/1992。

クマのプーさん/石井桃子訳

「『クマのプーさん』はイギリスのA・A・ミルン作の童話。石井桃子さんの訳した本(岩波少年文庫)が、私の図書室の本棚にある」「その表紙の絵は、戸外でプーさんのためのお茶の会をひらいているところをかいたものだ」。

ニワトリ号一番のり/ジョン・メイスフィールド

「私の小説の『絵合せ』のなかに『ニワトリ号一番のり』のことが出て来る」「まだ南足柄の長女が家にいて、船の会社の商船三井に勤めていたころ、はじめて貰ったボーナスで弟に本を買ってくれた」「イギリスの児童文学の本で、中国へお茶の買いつけに行く商戦が一日でも早くお茶をロンドンへ届けようとして帆船のレースのようなことをしていた時代の話である」。

さくらんぼジャム

フーちゃん3部作の完結編。文芸春秋/1994。

森鷗外全集

「次男夫婦が七年前に結婚して長沢の松沢さんの借家に入ったとき、持って行った『鷗外全集』もあった」「この『鷗外全集』は、戦後間もないころに、海軍から復員してきた私が大阪阿倍野の古本屋で見つけて買ったもの」「重いのを帝塚山の家までさげて帰ったときの嬉しかったことを、次男に譲るときに話したのを思い出す」。

葬儀屋/プーシキン

「昼食のとき、妻は、昨夜、プーシキンの「葬儀屋」を読んだ、面白かったといい、その筋を話す」「はやらない葬儀屋のはなし。やっとのことでお金を溜めて手に入れた家に移って来たら、隣のドイツ人の靴屋が来て、銀婚式のパーティーを開くから来て下さいというところから始まる」。

散歩道から

第七随筆集。講談社/1995。

ロッテルダムの灯/庄野英二

兄が入院しております時に私は『ロッテルダムの灯』を読み返しまして、「どれもいい。みんないいけれども無理にベスト3を挙げるならば、『ダンクウェル』というのと『愉快な騎手』とそれから題名になった『ロッテルダムの灯』の三つになるでしょうか」とハガキに書いて兄に送ったのを覚えています」

永遠に生きる言葉/福原麟太郎編

「福原麟太郎編『永遠に生きる言葉』(昭和三十四年・毎日新聞社)に出て来る」「なるほど、そういう人が「しばらく待って見ていよう」といえば、いきり立っている人でも納得して引下がるだろう」「アスクウィスだが、これを選んだ福原さんの言葉である」。

晩国仙果/森亮

「英文学者の森亮さんの訳詩集『晩国仙果』二巻が小沢書店からきれいな本になって出ていたが、この度「Ⅲ近代イギリス」が刊行されてめでたく完結した」「これまで一部の人たちから愛好され、珍重されていた森亮さんの訳詩がこの機会により多くの読者に親しまれることになったのを喜びたい」。

ロビンソン漂流記

「はじめて出会った本がどんなものであったか、残念ながら思い出せない」「私の上に兄が二人、姉が一人いたから、その兄や姉が読んでいる本を私もやがて読むようになった」「その中でまずいちばんに挙げなくてはいけないのは、『ロビンソン漂流記』だろう」。

夕陽の河岸/安岡章太郎

新潮社。「文章がいい。書名となった作品の終りの方、釣り上げられたバケツのなかの大きな鯉に行き会うくだりは見事である」。

桃次郎/阪田寛夫

楡出版。「巻末の「パラパラおちる雨よ」には胸を打つ、深いものがある」。

父の酒/安岡章太郎

文藝春秋。「特に書名となった随筆「父の酒」がすぐれている」「父に対するいたわりの気持があふれているところがいい」。

清水町先生/小沼丹

「小沼丹の『清水町先生』が筑摩書房から出た」「「井伏鱒二氏のこと」という副題が附いていて、これまで井伏さんについて書かれた随筆、全集の解説などから選んだものが収められている」「外函入りの、きれいな、すっきりした本である」。

たらちね/井伏鱒二

「井伏さんの久しぶりの随筆集『たらちね』が筑摩書房から出た」「面白い随筆がいっぱい収められている」。

久保田万太郎句集 こでまり抄/成瀬櫻桃子編

「ふらんす堂から出た『久保田万太郎句集 こでまり抄』(成瀬櫻桃子編)という本を頂いた」「フランス装の小さな、そのままポケットに入るくらいの句集である」。

餘日/森澄雄

「森澄雄さんの句集『餘日』から一句、という編集部からの注文で、亡くなった奥さんのことが出て来る句を選ぶのは、最初から決っていた」。

飯田龍太句集

「「お好きな龍太の俳句について」という編集部からの注文を受けたとき、先ず心に浮んだ句がある」「うすい朱色の外函から取り出した、小さな、掌の上に載るくらいの『飯田龍太句集』(五月書房)を開いてみる」。

バルン氷河紀行/福田宏年

「今度、中公文庫から出た『バルン氷河紀行』は、「あるヒマラヤ小登山隊の記録」という副題が附いている」「一九六四年、隊長を入れて五人という立教大学ヒマラヤ踏査隊がヒマラヤへ行った。そのときの様子が書いてある」。

河盛さんの本を読みたくなって、わが家で図書室と呼ばれている部屋へ行った。本棚を見ると、読売文学賞を受賞した『フランス文壇史』(文藝春秋)と『パリ物語』(角川書店)、大佛次郎賞を受賞した『パリの憂愁—ボードレールとその時代』(河出書房新社)があ」「『井伏鱒二随聞』(新潮社)がある」「最近刊行された『河盛好藏 私の随想選』(新潮社)がある」「私のお目当ては、四年前に頂いた随筆集『老いての物語』(学芸書林)だ」。

河岸の古本屋/河盛好藏

「図書室の本棚から取って来た『老いての物語』の話に終始してしまって、今度、文芸文庫に入ることになった『河岸の古本屋』にふれる時間が無くなった」「書名となった「河岸の古本屋」は集中一の力のこもった随筆であるが、このなかから印象に残ったところを一つだけ挙げることにしよう」。

命なりけり/福原麟太郎

「福原麟太郎の「命なりけり」という随筆が好きで、読む度に感心する」。

リツ子、その愛/檀一雄

「御縁があったというだけでなく、懐かしい方である」「今度、『リツ子、その愛』を読み返した。しみじみとよかった」「檀さんの全集が出ることになって、嬉しい」。

丹下氏邸/井伏鱒二

「新潮社から出ていた昭和名作選集のなかの『丹下氏邸』を読んで私はこの作者に惹きつけられたというふうに書いてある」「ここで本棚から昭和名作選集の『丹下氏邸』を久しぶりに取り出して、奥附の発行年月日を調べてみると、昭和十五年二月十五日発行の初版である」。

井伏鱒二対談集/新潮社

「井伏さんのはじめての対談集(『井伏鱒二対談集』新潮社刊)が出た」「深沢七郎、神保光太郎、永井龍男、開高健、尾崎一雄、河上徹太郎、河盛好藏、安岡章太郎、三浦哲郎の九氏との対談を収めたもの」。

群像日本の作家 井伏鱒二

「いつも夕方、図書室と呼んでいる部屋の窓際のベッド(結婚するまで長男が寝ていたベッドである)で読んでいる井伏さんの写真の沢山入った本、『群像日本の作家16 井伏鱒二』(小学館)を取って、寝床に入り直した」。

白鳥の歌/井伏鱒二

「昔、井伏さんのお宅へよく伺っていたころ、新しく出たご自分の著書に署名をして下さった」「昭和三十年十二月に筑摩書房から出版された『白鳥の歌』も、そんなふうにして頂いた一冊である」「外函入りの、奥村林暁の空を飛ぶ鳥をかいた装画入りの美しい本だ」「見返しの次の薄い和紙のところに、筆で署名して下さった」。

丹下氏邸/井伏鱒二

「昔、学校にいた時分から井伏さんの本に親しむようになった」「いちばん最初に本屋で買ったのは、『丹下氏邸』」「昭和名作選集の一冊で、この本を読んで井伏鱒二を愛好するようになったから、私にとっては記念すべき本ということになる」。

還暦の鯉/井伏鱒二

「『還暦の鯉』を読むために久しぶりで本棚から本を取り出した」「奥附を開いてみると、昭和三十二年六月三十日発行の初版、定価三六〇円となっている」「外函入りのこの本は、荻窪清水町のお宅へ伺ったとき、井伏さんから頂いた署名入りの大事な本である」。

貝がらと海の音

夫婦の晩年シリーズ。新潮社/1996、新潮文庫/2001、小学館P+D BOOKS/2021。

ドリトル先生物語/ロフティング

「ジップという名前は、フーちゃんの好きな『ドリトル先生物語』(次男は子供のころ、家にあったロフティング作・井伏鱒二訳のこの物語を好んで読んでいたから、父子二代で愛好していることになる)に登場するドリトル先生の仲間の犬の名前を貰った」。

マノン・レスコー/河盛好藏訳

「南足柄の長女の誕生日には、毎年、本を上げることにしている」「いつも外国の作品の中から適当なものを選ぶ」「文庫本の棚を見て、『マノン・レスコー』(岩波文庫)に決めた」「よく存じ上げている河盛好藏さんの訳だからなおいいと、妻と二人でいい本が見つかったことをよろこぶ」。

島と私と娘たち/ベティ・マクドナルド

「長女の葉書に「四冊の本」とある」「成城の書店で買った『マノン・レスコー』もほかに、今月、講談社文芸文庫で出たばかりの河盛好藏さんの『河岸の古本屋』(巻末の「人と作品」を私が書いている)と、妻がむかし読んでいたベティ・マクドナルドの『島と私と娘たち』と妻が買って来て、読んでしまった『オズの魔法使い』の四冊である」。

ピアノの音

夫婦の晩年シリーズ。講談社/1997、講談社文芸文庫/2004。

サイラス・マーナー/ジョージ・エリオット

「長女来る」「自分が読んで面白かったので妻のために一冊買った岩波文庫『サイラス・マーナー』を妻に贈る」「夜、寝る前に妻はこの前、長女が来たときくれた岩波文庫『サイラス・マーナー』(ジョージ・エリオット作・土井治訳)の話をする」。

泥棒日記/ジャン・ジュネ

「ジャン・ジュネの戯曲をフランス文学者の渡辺守章さんが訳して演出している二時間のお芝居。ジャン・ジュネについては、戦後、放送会社に勤めていたころ、『泥棒日記』(小説)というのを読んだことがあるだけ」。

人生の小春日和/ゴールズワージイ

「この前、妻が読んだ「狐になった奥さま」(ガーネット)の入っている筑摩の『世界文学大系』の『近代小説集』のはじめにゴールズワージイ「人生の小春日和」が出ていたので、いま読んでいるという」。

ドリトル先生物語/井伏鱒二訳

「私の子供も井伏さん訳のドリトル先生を読んで大きくなった」「全巻揃った『ドリトル先生物語全集』は、小学生のころこの本を夢中になって読んだ次男が結婚して、私たちの家から坂道を下りて行った先の大家さんの二間の借家で世帯を持ったとき、次男に進呈した」。

狐になった奥さま/ガーネット

「背表紙に「狐になった奥さま」と妻のペンの字で書いてある」「表紙が取れてしまって、ボール紙で作った表紙」「昭和二十三年新月社。訳者は上田勧」「この間、妻が筑摩の本で何十年ぶりかで読んで、しきりに感心していた英国の作家ガーネットの小説である」「むかし私が読んで感銘を受け、妻に読ませた」。

せきれい

夫婦の晩年シリーズ。文藝春秋/1997。

酔いどれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行/ヴェネディクト・エロフェーエフ

「安岡治子ちゃんが送ってくれたロシアの小説『酔いどれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行』を読み終った」「治子ちゃんの訳文は、平明で、分りよくて、いい」「国書刊行会の『文学の冒険』シリーズの一巻」。

どれみそら/阪田寛夫

「阪田寛夫の『どれみそら』(河出書房新社)は、日本中の子供に親しまれている童謡「サッちゃん」の作者の阪田寛夫に童話作家の工藤直子さんが会って、どうして「サッちゃん」のような歌を作るようになったかを尋ね、阪田が自分の半生をふり返りながら質問に答えるという形式の本である」。

七十一歳のシェイクスピア/阪田寛夫

「阪田寛夫の「七十一歳のシェイクスピア」は、雑誌が届いたときに読んだが、亡くなった小沼のことが出て来るところを探して読み返す」「「くろがね」で小沼が、むかしの宝塚の「モン・パリ」の主題歌をうたうところがいい」「阪田寛夫のこの小説は、七十一歳になって一念発起してシェイクスピア全集を読み出そうとする話から、先年、夫人と二人でロンドンに三ヵ月ほど滞在したことがあり、シェイクスピアの生地のストラットフォード・アポン・エイヴォンを訪ねていった旅行の思い出へと広がる」「ところどころで小沼の話が出て来るのがいい」「読み終ってみると、小沼のためのよきレクイエムとなっているところに私は感銘を受けた」。

 

野菜讃歌

第八随筆集。講談社/1998、講談社文芸文庫/2010。

エリア随筆/チャールズ・ラム

「散歩中に下水のマンホールに出会う度に私はラムの『エリア随筆』に登場する一人の人物を思い浮べる。チャールズ・ラムは英国十九世紀の随筆家。昼間は東インド会社の会計係として働き、夜は「ロンドン雑誌」に出す随筆をこつこつ書いた。それらの随筆がたまって出版されたのが『エリア随筆』。あとから出た『エリア随筆後集』と二つある。イギリスの随筆文学のいちばん高い峰といわれている」。

風の十字路/遠藤周作

「遠藤周作から本を贈られた。『風の十字路』(小学館)」「これまで旅をした外国の町、長崎などへの思いを綴った文章を集めてある」。

若き日の手紙/シャルル・ルイ・フィリップ

「フランスの作家シャルル・ルイ・フィリップは私の好きな作家の一人です」「「小さな町にて」「ビュビュ・ドゥ・モンパルナッス」「母と子」「母への手紙」「若き日の手紙」、今ざっと頭に思い浮べただけで、これだけは確かにどれかの文庫本に入っています」「私はこの中で「若き日の手紙」を先ず一番に皆さんに読んでほしいと思います」。

世界文学全集/新潮社

「子供のころ父の本棚にあった本のいくらかは、現在私の書斎の本棚に収められている」「新潮社から昭和初年に出た『世界文学全集』は、全部で何巻になるのだろう?」「『ボワリイ夫人 女の一生』は第二十巻で、第六回配本と外函に出ている」「『現代仏蘭西小説集』は第三十二巻で第二十五回配本」。

十八ヶ国欧米の旅/庄野貞一

「『十八ヶ国欧米の旅』が私の本棚にある」「昭和二年四月、帝塚山学院長の父は教育視察のため生徒の振る日の丸の小籏に送られて、日本郵船香取丸で神戸を出帆し、マルセーユに向った」「この本は、八ヵ月の旅の間に父が書き続けた日記を収めたもの」。

徴用中のこと/井伏鱒二

「この夏は七月に講談社から出た井伏鱒二『徴用中のこと』をひまさえあればとり出して読んだ」「これは井伏さんが戦争中に陸軍に徴用されて南方に送られ、日本軍が占領して昭南島という名になったシンガポールの町に宣伝班員として入り、昭南タイムズという新聞社に勤務していた当時のことを何くれとなく思い出して書いた本である」。

童謡の天体/阪田寛夫

「阪田寛夫の『童謡の天体』が新潮社から出た」「日本中の子供に親しまれている童謡「サッちゃん」の作者で、芥川賞の「土の器」で出発した作家の阪田寛夫が、日本の童謡へのあふれる思いを語った本といえばいいだろうか」。

村のエトランジェ/小沼丹

「『村のエトランジェ』はみすず書房から出た昭和二十九年十一月に出た、小沼の初めての作品集」「何か一つ読んでみようと目次をひらいて、「汽船」を見つけた。これがいい」「むかし本で読んだとき、後味がいいので印象に残ったのを覚えている」。

白孔雀のいるホテル/小沼丹

「『白孔雀のいるホテル』は昭和三十年十月に河出新書の一冊として出たもので、これも見返しに小沼の黒インクの字の署名が入っている」。

風の十字路/遠藤周作

「七月、遠藤周作から本が届いた。『風の十字路』(小学館)」「病気になる前に雑誌に連載したものらしい」「これまでに旅をした外国の町、日本では長崎などへの思いを綴った文章を集めてある」。

橘曙覧評伝/折口信夫

「好きな短歌は? と訊かれて、何だろうと考える。たちまち浮んだのは、橘曙覧(あけみ)の「独楽吟」のなかの一首」「日本精神叢書の「橘曙覧評伝」」「文学博士折口信夫執筆とある」。

晩国仙果/森亮訳

「好きな漢詩はと問われて、さてどれにしようかと本棚から森亮訳詩集『晩国仙果』Ⅱ中国古典期(小沢書店)というのをとり出して来た」「森亮さんは英詩、漢詩の日本語訳の名人で、私はこの人のすばらしさを『白居易詩鈔』(東洋文庫)ではじめて知った」。

蝗の大旅行/佐藤春夫

「『定本佐藤春夫全集』が臨川書店から出ることになった。うれしい」「本棚から『蝗の大旅行』を取り出した」「大正十五年に改造社から出たもので、「はしがき」に「割合に年の幼い人に読んで貰ひたいと思ふものを集めてこんな本をこしらえてみました」とある」「その中の「魔のもの」というのが私は好きで、年の若い父であったころ、私の子供たちによく読んで聞かせたのを思い出す」。

沓掛筆記/中野重治

「中野重治が書いた随筆に、大根おろしの汁のことがあった」「今度、この稿を書くために『沓掛筆記』をとり出して、「大根おろしの汁」を読み返してみた」。

杜子春/芥川龍之介

「芥川龍之介といえば、子供のころに読んだ「杜子春」や「蜘蛛の糸」をいちばんに思い出す」「昭和のはじめのそのころ、小学生全集というのが出ていて、低学年向けは背表紙が赤、高学年向けは青であった」「芥川龍之介の作品に接したのも、この小学生全集に「杜子春」や「蜘蛛の糸」が入っていたおかげであった」「今度、手もとにある文学全集(筑摩書房・現代文学大系)で、「杜子春」「蜘蛛の糸」を読み返してみた」。

清水町先生/小沼丹

「井伏鱒二氏のこと」という副題のついた小沼丹の『清水町先生』が筑摩書房から刊行されたのは、一九九二年三月であった」「これまで井伏さんについて書かれた小沼の随筆、随想全集や文庫本の解説などから選んだものが収められた」。

孫の結婚式

第九随筆集。講談社/2002。

丹下氏邸/井伏鱒二

「井伏さんの小説をはじめて読んだのは、中学を出て上級学校に進んだ一年のときであった。本屋で『丹下氏邸』井伏鱒二というフランス装の本を見つけて、題名も作者の名前も気に入って手に取った」「これは新潮社から出た「昭和名作選集」の一冊であった」。

エリア随筆/チャールズ・ラム

「私の本棚にエブリマンズ・ライブラリーの『エッセイズ・オブ・エリア』がある」「十九世英国の随筆家で『エッセイズ・オブ・エリア』の作者のチャールズ・ラムの名前を知ったのは、中学五年生のときだ」。

現代英国随筆選

「ラムの『エリア随筆』を取り上げたら、ついでに書きとめておきたい本がある」「『現代英国随筆選』。現代のイギリスで活躍した代表的なエッセイストの作品を集めたものである」「のちに作家となる私(庄野)が、日常生活の何でもないことをとり上げて書くのを好むようになったのは、『現代英国随筆選』を読んだおかげかも知れない」。

命なりけり/福原麟太郎

「次は福原麟太郎の随筆集。福原さんの書かれるものが好きで、よく読んだ」「『命なりけり』は、昭和三十二年十月に文藝春秋新社から出た」「『命なりけり』には、私の好きな「治水」という短い随筆が収められている」。

丹下氏邸/井伏鱒二

「井伏さんのご本のなかからどれか一冊ということになると、はじめて井伏さんの作品に接した『丹下氏邸』を挙げるのがいいだろう」。

河岸の古本屋/河盛好藏

「講談社文芸文庫の河盛さんの『河岸の古本屋』が出たとき、頼まれて巻末の「人と作品」を書いた」。

豊年虫/志賀直哉

「志賀直哉の作品でどれがいちばん好きかと訊かれたら、私はためらわずに「豊年虫」と答えるだろう」「私はこの短篇を昭和十一年に中央公論社から出た、大きな判の函入りの『万歴赤絵』の中で読んだ」。

佐藤春夫十年集/南宋書店

「目次の最初に春夫の文壇処女作の「西班牙犬の家」がある」「この目次の終りに近く「春宵綺談」が入っている」「佐藤春夫のなかでも初期の「お絹とその兄弟」とともに私の好きな作品である」。

反響/伊東静雄

「ここに揚げた「野の夜」は、「コギト」「四季」の詩人の伊東静雄の四冊目で最後の詩集となった『反響』(創元社)に収められたものである」「いわば四番目となる詩集というのではなくて、『伊東静雄選集』といった詩集である」。

受胎告知/林富士馬

「師である佐藤春夫先生の序文を頂いて、二十五歳のときに出版された、最初の詩集の『誕生日』を始め、何冊かの詩集と『林富士馬評論文学全集』を残したが、私は「まほろば」時代に出した『受胎告知』がいちばん好きであった」。

わが名はアラム/ウィリアム・サローヤン

「その夜、家に帰った私は、『わが名はアラム』を読んだ」「小説を書きたいのに、どんなふうに書けばいいか分らずに悩んでいた私に『わが名はアラム』は救いの手をさしのべてくれたのであった」。

戦場のボレロ/牧野径太郎

「牧野径太郎さんから封書の手紙が来て、何ごとかと思ったら、「新現実」に連載して来て、このほど完結した『戦場のボレロ』の続篇を今度まとめて一冊の本にしたい。ついては是非とも「序文」を書いていただきたいという依頼の手紙であった」。

戦場のボレロ/牧野径太郎

「第二次大戦中、泰緬鉄道建設の作業にもかかわった著者の戦記であり、無事復員できたのがふしぎな気がする」。

福田陸太郎著作集/沖積舎

「愛好する英文学の作家への思いがよく伝って来る」。

わたしの20世紀/安岡章太郎

「著者の印象に残る外国映画を語ったもの」。

ピーター・パン探し/阪田寛夫

「亡き兄の思い出が語られ、胸に迫るものがある」。

小沼丹作品集/小沢書店

「昔、小沢書店から全五巻の『小沼丹作品集』が出た」「しっかりとした造本のいい作品集であった」。

小さな手袋・珈琲挽き/小沼丹

「本書には小沼の生前、最後に出た随筆集『珈琲挽き』からの四十六篇に、最初の随筆集『小さな手袋』から選んだ十五篇を加えたものを収めた」「小沼が本に入れた随筆はみなよいものばかりで、選ぶというのは困難な作業であることがよく分った」。

珈琲挽き/小沼丹

「小沼は小説もいいし、随筆もいい。特に随筆にいい作品が多い」「小沼の生前、最後に刊行された随筆集『珈琲挽き』(みすず書房)は、装丁もよかったし、いい随筆がいっぱい入っていた」。

黒と白の猫/小沼丹

「小沼の小説には、急な病気で亡くした奥さんのことを書いた「黒と白の猫」という傑作がある。」「講談社から刊行されて読売文学賞を受賞した『懐中時計』にのっている」「ほかに文庫本でいま入手出来る小沼の著作は、講談社文芸文庫の『小さな手袋』『懐中時計』『埴輪の馬』『椋鳥日記』があることをお知らせしておきたい」。

チャールズ・ラム伝/福原麟太郎

この稿を書くに当って、久しぶりに図書室の本棚から福原麟太郎さんの『チャールズ・ラム伝』(垂水書房)を取り出して持って来た」「この『チャールズ・ラム伝』が出て、読売文学賞を受賞されたとき、お祝いの会が開かれた」。

私の生れた村/チャールズ・ラム

「私がはじめてチャールズ・ラムの名前に接したのは、中学五年のときである」「英語の副読本にラムの「私の生れた村」という文章が出ていた」「ラムが少年少女のために書いた物語の一部であった」「『エリア随筆』なんかと違って、子供向けのやさしい物語であった」。

エリア随筆/チャールズ・ラム

「中尾治郎吉という先生が、ラムというのはいい人で、『エッセイズ・オブ・エリア』を書いた、英文学の傑作です、今はとても難しいけれど、先でもし興味があれば是非読みなさい、その中でも特に美しいのは、といって、先生はチョークをとって黒板に、「ドリーム・チルドレン」と題名を書かれた」。

はづかしがりの父/A・A・ミルン

「中学を卒業して大阪外国語学校英語部に入学した私は、一年のときに上田畊甫先生の授業ではじめて英国のエッセイというものを教わった」「テクストは『英国随筆選』」「現代のイギリスの代表的なエッセイストの作品を集めてあった」「これがみんな面白かった。日常の何でもないことをとり上げて、芸術的なまとまりのある一篇に仕立てる」「中でも私はA・A・ミルンの「はづかしがりの父」というのが好きになった」。

丹下氏邸/井伏鱒二

「私は外語の一年のころ、本屋で『丹下氏邸』という変った題の本を見つけた」「「昭和名作選集」(新潮社)の一冊で、著者は井伏鱒二である」「全く風変りな小説である」「はじめて井伏鱒二を読んだ私は、この文章に惹きつけられた」「そうして『丹下氏邸』を読み終ったときには、すっかり感心していた」。

まとめ

幅広い世界文学への入り口としても機能するのが、庄野文学の魅力のひとつ。

庄野さんの作品はたくさんあるので、少しずつ更新していく予定です。

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