北区にある小さな喫茶店「苺館」名物のパンプキンパイには、ぜひ、ポットティーを合わせて楽しみたい。
クラシック音楽が流れる静かな空間は、今も、開店当時の、あの頃のままだ。
80年代のさだまさし的喫茶店世界
さだまさしの「パンプキンパイとシナモンティー」が流行ったのは、1979年(昭和54年)のこと(アルバム『夢供養』収録)。
パンプキン・パイとシナモン・ティーに
バラの形の角砂糖ふたつ
シナモンの枝でガラスに三度
恋しい人の名を書けば
(さだまさし「パンプキンパイとシナモンティー」)
札幌で「苺館」が開店したのは、1980年(昭和55年)11月だから、メニュー表にさだまさしの歌が関係した可能性も、少しはあるかもしれない。
というより、学生時代の僕らは、むしろ、さだまさし的喫茶店世界を、この「苺館」という店と重ね合わせていたのではないだろうか。
もちろん、お店のBGMで、さだまさしが流れているのを聴いたことは、かつて一度もない(と思う。日本語の歌なんか、流れるはずがないから)。
この日も、店内に流れていたのは、アリーナ・イブラギモヴァというロシアの美しすぎるバイオリニストで、「苺館」にはヴァイオリンの調べがよく似合うと、しみじみ思う。
もっとも、この店では、かつて、外国のフォーク・ミュージックなんかも、よく流れていた。
お店のお姉さん(奥さん)に曲名を訊ねると、わざわざ二階(自宅)にいるお兄さん(ご主人)を呼んできて、日本では売っていないというCDの詳しい解説を、二人揃って楽しそうに聴かせてくれたりしたものである(GentleGoodも、ここで初めて聴いた)。
あの頃は、まだ、二人でお店に立っていることも多かったのだ。
マトンカレーとパンプキンパイ
「苺館」の人気メニューといえば、マトンカレーとパンプキンパイ。
カレーもケーキも日替わりになっているから、一期一会の楽しみがある。
(この日、カレーはチキンカレーだった)
紅茶はポットティー。
学生の頃、ポットで提供される紅茶というのが珍しくて、銘柄を選べるところも、オシャレに感じた。
(ダージリン、アッサム、ニルギリ。ちなみに、シナモンティーはない)
もしかすると、僕は、紅茶の味というものを、この店で覚えたのかもしれない。
昔の『イエローページ』をめくってみる。
苺館
紅茶の種類が豊富。それもそのはずマスターがインド帰り。
(『イエローページ・オブ・サッポロ ’81/通刊第2号』)
紹介文が簡単すぎて笑ってしまうが、当時の情報というのは、こんなものだった(営業時間さえ載っていない)。
苺館
3種類あるカレー650円が人気。冬はだるまストーブがあったかいんだ。11:00~21:00。日曜休。19席。C350円。紅茶370円。ケーキセット550円。
(『イエローページ・オブ・サッポロ ’93』)
冬には人気のだるまストーブは、2018年(平成30年)の胆振東部地震で壊れてしまったらしい。
苺館
自家製のパイと本格チャイで優雅な午後を。コーヒー380円。ポットティー400円。ケーキ280円(セット550円)。ランチ平日のみ650円。11:00~21:00。日曜休。19席。
(『イエローページ・オブ・サッポロ ’98』)
自家製パイと本格チャイが、名物として表記されている。
苺館
時の流れに身をまかせてティータイム。自家製ケーキセット600円。ポットティー450円。りんごとアーモンドのタルト280円。ランチ650円(平日のみ)。11:00~21:00。日曜休。19席。
(『イエローページ・オブ・サッポロ ’00』)
開店20年の2000年(平成12年)でも、ガイド文はオープン時と変わっていないし、現在とも、ほとんど変わっていないような気がする。
ある意味、これはすごい。
メニューの値段は、もちろん変わっているんだけどね(当たり前だ)。
当時の刷り込みがあるのか、今でも、この店に行くと、パンプキンパイとポットティーを反射的にオーダーしてしまう。
そして、あの頃と何も変わっていないようなつもりで、紅茶とパイの午後を楽しむ。
本当は、いろいろなことが変わってしまっているんだということも、その瞬間だけは忘れたつもりになって。