旧・文芸スノッブ

チェーホフ「少年たち」アメリカに賭けた壮大な夢と大好きな母親に対する愛情との葛藤

チェーホフ「少年たち」あらすじと感想と考察

アントン・チェーホフ「少年たち」読了。

本作「少年たち」は、1887年(明治20年)12月21日『ペテルブルグ新聞』に発表された短篇小説である。

この年、著者は27歳だった。

中村白葉訳『アントン・パーヴロヸッチ・チェーホフ著作集』

庄野潤三の『エイヴォン記』という長篇随筆で、チェーホフの「少年たち」が紹介されている。

庄野さんが読んだ「少年たち」は、1944年(昭和19年)2月、中村白葉の訳で三学書房から刊行された『アントン・パーヴロヸッチ・チェーホフ著作集(第四巻)』に収録されていたものである。

三学書房の『チェーホフ著作集』は、1943年(昭和18年)5月、第一回配本の「桜の園」(ほかに「かもめ」「伯父ワーニャ」「三人姉妹」)をもって刊行を開始するが、出版事情の悪化に伴い、1944年(昭和19年)9月発行の「三年」(ほかに「アリアードナ」など中短篇六編を収める)の第六回配本を最後に刊行を中止したという。

予定では第19巻まで出ることになっていたから、三分の一しか出版できなかったということらしい。

半端の『チェーホフ著作集』ではあったが、これを古本屋で買って、抱えて帰ったときは嬉しかった。大きな判型の、手に持つと、しなやかな、撓むような感触を受ける本であった。(庄野潤三『エイヴォン記』「少年たち」)

今回、自分が読んだ『少年たち』は、2006年(平成18年)12月に、児島宏子の訳で未知谷から刊行された、「チェーホフ・コレクション」シリーズの絵本で、「小さな逃亡」という短篇小説が併録されている。

イラストを描いたのは、ユーリー・ノルシュテインの娘エカテリーナ・タバーフ(愛称カーチャ)。

全40ページのハードカバーで、大人向けの上質な絵本として素晴らしい作品になっている。

チェーホフの短い作品を読み捨ててしまうのではなく、一行一行を味わうように読むことができるという意味で、この「チェーホフ・コレクション」シリーズの絵本は素晴らしい。

「さあ、もうすぐクリスマスだね」父親が暗い金色の煙草を紙に巻きながら、歌うように言った。「お前を見送って、お母さんが泣いていたのは夏で、ついこないだのことだったが、君はもう帰って来た……時の経つのは早いものだ!」(アントン・チェーホフ「少年たち」児島宏子・訳)

物語は、寄宿制の中学校へ通っている息子<ヴァロージャ>が、クリスマス休暇に、友だち<チェチェヴィーツィン>を連れて帰ってきたところから始まる。

アメリカに賭けた壮大な夢と、母親に対する愛情との葛藤

本作「少年たち」は、ロシアからアメリカへ渡って金鉱を掘り当て、ゆくゆくは大農園を経営して美女と結婚することを夢見ている二人の少年たちの物語である。

資金もほとんど持っていない少年たちが、徒歩でアメリカへ渡るなど、途方もない夢物語だが、ヴァロージャとチェチェヴィーツィンは、本気で渡米することを夢見ている。

この少年たちの勇ましい夢物語が、この短篇小説のテーマのひとつだろう。

一方で、出発直前になってヴァロージャは、旅に出ることを躊躇する。

「じゃあ君は行かないのか?」怒ってチェチェヴィーツィンは言う。「行かないのか? はっきり言えよ」「だって……」ヴァロージャはしくしく泣いていた。「ぼく、どうして行けるだろう? ママが可哀想でしかたがないんだ」(アントン・チェーホフ「少年たち」児島宏子・訳)

アメリカに賭けた壮大な夢と、大好きな母親に対する愛情との葛藤は、多くの少年たちが、いずれぶつかるだろう、人生の大きなテーマだったのかもしれない。

少年たちの夢物語を盗み聞きしてしまった三人姉妹(カーチャ、ソーニャ、マーシャ)の反応も、少女らしくてかわいい。

「いいこと、あなた、ママに言いつけちゃだめよ!」寝室に向かいながらカーチャはソーニャに念を押した。「ヴァロージャはアメリカから私たちに黄金や象牙を持って帰ってくれるのよ。もし、あなたがママに言いつけたら、もうヴァロージャは家から出してもらえなくなるからね」(アントン・チェーホフ「少年たち」児島宏子・訳)

この物語のすごいところは、二人の少年たちが、クリスマス・イブの午後、本当にアメリカを目指して出発してしまうところだろう。

もちろん、無鉄砲な計画がうまくいくはずもなく、翌日に二人は村のマーケットで保護されてしまうが、二人が戻ってきたときの大騒ぎが楽しい。

「ヴァロージャちゃんが着いたぞー!」中庭で誰かが叫んだ。「ヴァロージャちゃんが、着いたわよ!」食堂に走りこみながら、ナターシャが叫んだ。ミロールドまで「ワン! ワン!」と低い声で吠えた。(アントン・チェーホフ「少年たち」児島宏子・訳)

これは、彼らが寄宿学校から帰ってきた冒頭の様子とまったく同じもので、家出した少年たちが警察に保護されたという緊張感は、まるでない。

この小さな旅の経験は、彼らがきっと将来に、何か大きなことをやり遂げるのではないかという期待を持たせてくれる。

つまり、ここで描かれているのは、少年たちの未来に対する希望なのだ。

こんな小説を読んでみるのも、また、クリスマスらしいのではないだろうか。

書名:少年たち
著者:アントン・チェーホフ
訳者:児島宏子
発行:2006/12/25
出版社:未知谷

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。