映画『アイ・ソー・ザ・ライト』を観た。
本作『アイ・ソー・ザ・ライト』は、1940年代から1950年代にかけて活躍した人気ミュージシャン、ハンク・ウィリアムズの伝記映画である。
原題は『I Saw the Light』。
2015年(平成27年)にトロント国際映画祭で発表された後、2016年(平成28年)にアメリカ国内で公開された。
日本における上映も2016年(平成28年)だった。
心の闇を歌ったハンク・ウィリアムズ
この映画のタイトルは、ハンク・ウィリアムズのヒット曲の曲名に因んで「アイ・ソー・ザ・ライト(私は光を見た)」となっているが、主人公のハンク・ウィリアムズは、果たして、光を見る瞬間があったのだろうか。
ハンク・ウィリアムズの音楽は、人が抱える心の闇を照らす音楽だった。
「誰の心にも闇がある。人はそれを嫌うだろうし、知りたがらない。でも存在する。例えばそれは怒り、惨めさ、悲しみ、羞恥心。俺の歌を通して、その闇を聴けば、後を引くことはない」(映画『アイ・ソー・ザ・ライト』)
ハンク・ウィリアムズは、誰かの心の闇を歌い、誰かの心の闇を浄化した。
例えば、「I’m So Lonesome I Could Cry(泣きたいほどの淋しさだ)」(1949)。
孤独な夜鷹の
鳴き声を聴いてごらん
悲しくて飛べないようだ
真夜中の汽車が 低くすすり泣く
泣きたいほどの淋しさだ
流れ星の静寂が
紫色の空を照らす
君はどこにいるのだろう
泣きたいほどの淋しさだ
君はどこにいるのだろう
泣きたいほどの淋しさだ
(ハンク・ウィリアムズ「泣きたいほどの淋しさだ」)
ハンク・ウィリアムズは、弱った心に寄り添って「君はどこにいるのだろう」と歌った。
心の喪失感は、もちろん、ハンク・ウィリアムズ自身の中にあった喪失感とも言えるだろう。
「フォークミュージックやヒルビリーには心がある。偽りはない。悲しい曲を歌う奴は悲しみを知っている」(映画『アイ・ソー・ザ・ライト』)
リスナーは、ハンク・ウィリアムズの孤独に共感し、自分自身の中にある孤独を慰めたのだ。
例えば、「Cold, Cold Heart」(1951)。
必死に伝えようとした
君は俺の夢そのものだと
でも君は恐れてる
俺のすることには
裏があるんじゃないかと
君が抱える孤独な過去が
俺たちを遠くへ引き離す
どうしたら 君の疑念を取り払って
冷え切った心を解かせるのか
昔の恋愛で傷つき
君の心は悲しみ ふさぎ込んだ
そのせいで 俺は苦しみ
悔しい思いをしている
怒りに任せて
むごい言葉を口にすると
君の目から 涙がこぼれ落ちる
どうしたら 君の疑念を取り払って
冷え切った心を解かせるのか
(ハンク・ウィリアムズ「コールド・コールド・ハート」)
冷え切った冷たい心は、すべての人の中にある。
冷たい心を温めてくれるものこそ、ハンク・ウィリアムズという人気アーチストのヒット曲だったのだろう。
しかし、冷たい心に、誰よりも苦しんでいたのは、もしかすると、ハンク・ウィリアムズ本人だったのではないだろうか。
女性関係のトラブル、愛する妻との離婚、子どもたちとの別れ、心身を蝕むアルコール依存症。
華やかな人気スターの暮らしは、ファンが想像する以上に荒んでいたのかもしれない。
享年29歳。
インチキな医者の治療を信じたハンク・ウィリアムズは、深刻な心臓疾患が原因で急死した。
本作『アイ・ソー・ザ・ライト』は、人気アーチストの光と影を描いた、音楽系伝記映画である。
自分自身の心の闇にも寄り添って
ハンク・ウィリアムズの歌は切ない。
映画の中で、ハンク・ウィリアムズの歌は、アーチスト本人の人生と重ねられていく。
昔みたいに愛してくれよ
なんでボロ靴扱いする?
髪も元気で 目も濁ってない
昔みたいに愛してくれよ
長い間 愛し合ってない
ハグもキスもごぶさた
付かず離れず
遠距離ってほどでもない
昔みたいに刺激をくれよ
とびきり甘い言葉をさ
今も君を困らせたいんだ
昔みたいに愛してくれよ
昔の君に戻ってくれよ
なんで、あら探しをする?
君を変えた奴がいるだろ
昔みたいに愛してくれよ
長い間 愛し合ってない
ハグもキスもごぶさた
(ハンク・ウィリアムズ「Why Don’t You Love Me」)
「Why Don’t You Love Me」(1950)は、心の離れた妻(オードリー)に捧げるラブソングだ。
結局、オードリーから離婚を突き付けられたハンク・ウィリアムズ(29)は、19歳のビリー・ジーン・ジョーンズと結婚するが、その直後、ハンクは急死してしまう(二人の結婚生活は、わずか二か月だった)。
亡くなる直前のハンク・ウィリアムズは、とても20代の青年とは思われないほど、衰弱していた。
憔悴しきった声で「Your Cheatin’ Heart」を歌うハンク・ウィリアムズ。
生前最後のスタジオ録音となった「ユア・チーティン・ハート」(1953)は、ハンクの死後に発表された作品だ。
君の偽りの心
君はそれに涙する
泣いて 泣いて
眠りにつこうとする
でも眠りはこない
夜通しずっと
君の偽りの心
君はその報いを受ける
涙がとめどなく流れる
降り注ぐ雨のように
君はもだえて
俺の名前を呼ぶ
部屋中を歩き回る
あの時の俺のように
君の偽りの心
君はその報いを受ける
(ハンク・ウィリアムズ「ユア・チーティン・ハート」)
偽りの心の報いを受ける者、それは、ハンク・ウィリアムズ自身だったのではないだろうか。
ハンク・ウィリアムズは、誰かの心の闇に寄り添いながら、自分自身の心の闇に寄り添っていたのかもしれない。
アーチストの到着を待つコンサート会場に、ハンクの急死が伝えられたとき、集まった聴衆は「I Saw the Light」を歌ったという。
当てもなくさまよっていた
罪に満ちた人生だった
救いの主を受け入れなかったら
見知らぬ訪問者のごとく
主イエスが現れた
神を称えよ
私は光を見た
私は光を見た
私は光を見た
もう暗闇はない
もう夜はない
今は幸せに包まれ
悲しみは見えない
神を称えよ
私は光を見た
(ハンク・ウィリアムズ「アイ・ソー・ザ・ライト」)
おそらく、ハンク・ウィリアムズが、光を見ることはなかっただろう。
罪に満ちた人生。
仮に、ハンク・ウィリアムズが光を見ることがあったとしたなら、それは、「アイ・ソー・ザ・ライト」の歌声が響く、死後のステージの上だったかもしれない。
わずか6年間で36曲のヒット曲を生み出した天才アーチスト、ハンク・ウィリアムズ。
波乱に満ちた人生は、『アイ・ソー・ザ・ライト』という映画になって残された。
彼が歌った、多くのヒット曲とともに。
あばよ ジョー
もう行かなきゃ
湿地帯の小川(バイユー)を
丸木舟で進むんだ
俺の愛しい人 イヴォンヌと
バイユーのほとりで
盛大にパーティーだ
ジャンバラヤ
ザリガニ・パイ
フィレ・ガンボ
今夜は大切な仲間と会うんだ
ギターとカクテルで陽気に楽しもう
バイユーのほとりで
盛大にパーティーだ
(ハンク・ウィリアムズ「ジャンバラヤ」)
ハンク・ウィリアムズと言えば、誰もが知っているスタンダード・ナンバー「Jambalaya (On the Bayou)」は、1952年(昭和27年)のヒット曲だ。
字幕版『アイ・ソー・ザ・ライト』では、一つ一つの曲に和訳が表示されている。
ハンク・ウィリアムズの歌は、歌詞を読み取らなくては意味がない。
初めてハンク・ウィリアムズを知る人にもおすすめしたい、音楽系伝記映画だ。