河合隼雄「河合隼雄の読書人生」読了。
本作「河合隼雄の読書人生」は、2004年(平成16年)11月に岩波書店から刊行された『深層意識への道』を改題して、2015年(平成27年)4月に岩波現代文庫から刊行された回顧録である。
単行本刊行の年、著者は76歳だった(2007年に79歳で死亡)。
ロフティングの『ドリトル先生航海記』が大好きだった
本書は、心理学者・河合隼雄の自伝的エッセイ集である。
書名に「読書人生」とあるのは、既に『未来への記憶』(岩波書店)という自伝があることに配慮したものらしいが、言うほど「読書人生」に特化したものとはなっていない。
本書もまた、やはり、河合隼雄という一人の臨床心理学者の自伝ということになるのだろう。
自伝の中に、その頃に読んだ本が登場しているといった感じ。
例えば、子どもの頃、ヒュー・ロフティングの『ドリトル先生航海記』に出会ったことが書かれている。
実は、『ドリトル先生航海記』は珍しく『少年倶楽部』に連載されたんです。私が小学五年ごろだと思うんですが、『少年倶楽部』のなかに黄色いページがあるんです。そこをパッと開けるとドリトル先生があって、喜んだ。私も兄貴の真似をして、このドリトル先生を切り抜いて本を作りました。上・下二篇にして。(河合隼雄「河合隼雄の読書人生」)
同じ頃、『世界名作選』に入っていた、ケストナーの『点子ちゃんとアントン』も好きだったとあるから、心理学者・河合隼雄の原点は、井伏鱒二と石井桃子だったということになる(笑)
昭和初期生まれ(著者は昭和3年生まれ)の子どもたちにとっては、共通体験とも言える定番作品だったんだろうな。
大学時代には、夏目漱石を熱心に読んだという。
「誰か作家のものを全部読んでいるというのは、漱石以外にはないだろう」とあるので、本当に好きだったのだろう。
そのときに読んだ、『門』とか、『道草』というのが、また、あとのほうで私の本に出てくるんで、非常に効果的ですな(笑)『中年クライシス』という本を書きましたが、中年の危機をどう乗り越えるかということについて書くんだけど、それを文学作品で使いながら書いてくださいと朝日新聞に頼まれたんですが、そのときに決めたのが、『門』に始まって『道草』で終わるということで、間にいろいろ入れていくんですが、『門』というのは、ほんとうに中年の危機を迎えて、いったいそれをどうするか。その「門」に入れるのか、入れないのかといった感じがよく出ています。(河合隼雄「河合隼雄の読書人生」)
河合隼雄の本の中に夏目漱石がよく出てくるのは、その読書体験が大きく影響していたということらしい。
心理学者の視点から読んでも、夏目漱石の文学作品はおもしろいものだったということである。
阪田寛夫の『桃次郎』が大好きだった
本書を読みながら、昔、心理学を専攻したいと考えていた時代のことを思い出した。
結局、無難な学部を受験するんだけれど、趣味の範囲で心理学に関する本をたくさん読んだ。
どうやら、人の心の不思議な部分に関心があったらしい。
本書は、一人の青年が、臨床心理学者として成功するまでの道筋を振り返ったものだが、興味深い人物が随所に登場してくる。
多くは、外国の専門家だが、日本では児童文学者との交流が深かったらしい。
庄野潤三の弟子だった阪田寛夫とも交流があった。
阪田寛夫さんの児童文学を読んで、僕は非常に感激しました。「日本の児童文学者でもこんな人がいる。こんな人にこそ、児童文学でもいいから芥川賞をあげたらいいんだ」と言っていたら、何のことはない、もっと前にとっておられました(笑)僕が知らんかっただけです。(河合隼雄「河合隼雄の読書人生」)
大阪の人だからなのか、話の一つ一つにオチを付けるのが好きだったらしい(笑)
阪田寛夫の作品の中では、特に『桃次郎』が好きだったという。
文学的な部分だけを引用しているが、著者は学者なので、読書体験も、ユングを始めとする専門家の著作が多い。
心理学に興味があるという人には参考になるのではないだろうか。
日常の世界と無意識の世界をどうつなぐかということを悩んで、皆、成長していくのです。だけれども、日常の世界だけで話していて、「お父さんを尊敬しなさい」とか言っていると、治りようがないのです。でも、いっぱん無意識の世界へ降りて、裸になって、それから日常に帰っていかなくてはならない。(河合隼雄「河合隼雄の読書人生」)
なんだかんだ言って、本書は、心理学者によって書かれた心理学についての本である。
人の心の奥深くまで入っていく上で、文学もまた有効だということだろうか。
書名:河合隼雄の読書人生
著者:河合隼雄
発行:2015/04/16
出版社:岩波現代文庫