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川上弘美「わたしの好きな季語」季語へのリスペクトに溢れたエッセイ集

川上弘美「わたしの好きな季語」あらすじと感想と考察

川上弘美「わたしの好きな季語」読了。

「妙な言葉のコレクションが趣味だった」という著者は、大学生のときに大学の図書館で「歳時記」という本を発見した。

そこには「蛙の目借時」「小鳥網」「牛祭」「木の葉髪」「東コート」など、「それまで見たことも聞いたこともなかった奇妙な言葉」があって、狂喜した著者は「まるで宝箱を掘り出したトレジャーハンターの気分になった」らしい。

やがて、芥川賞作家となった著者は、自分の好きな季語についてエッセイを書くようになり、一冊の本を作った。

それが、本書「わたしの好きな季語」である。

歳時記を愛読してきた著者は、自分でも作句に取り組み始めた頃の気持ちについて「それまで、ガラスケースの中のアンティークのように眺めてきたいくつもの季語を、自分の俳句にはじめて使ってみた時の気持ちは、今でもよく覚えています」「百年も二百年も前につくられた繊細な細工の首飾りを、そっと自分の首にかけてみたような、どきどきする心地でした」と綴っている。

その心境は、まさしく季語に対するリスペクトであって、本書は、著者の季語に対する愛情と尊敬によって成り立っているということができる。

といっても「わたしの好きな季語」は、決してありがちな堅苦しい俳句エッセイ集ではない。

むしろ、どちらかと言えば難解なイメージのある俳句の親しみやすい部分を上手にすくい上げながら、季語を通して俳句の魅力をユーモアたっぷりに語ってくれている。

秋の季節・意外ベストスリーと、わたしは呼んでいます。すなわち、朝顔、枝豆、西瓜。この三つ、正真正銘、秋の季語なのです。それも夏どまんなかのもの、という印象にもかかわらず。(川上弘美「わたしの好きな季語」)

著者の俳句エッセイは、どこか市民感覚で、俳句をよく知らない(あるいはまったく知らない)読者の近くに、そっと寄り添ってくれるかのような優しさがある。

俳句に興味関心がない人でも楽しく読むことができて、いつの間にか、俳句の魅力に惹き込まれてしまうような、自然体の誘いがある。

掲載されている季語は「入学(春)」「団扇(夏)」「鈴虫(秋)」「炬燵(冬)」のように共感しやすいものから「すかんぽ(春)」「ががんぼ(夏)」「夜長妻(秋)」「枯枝(冬)」のようにちょっと個性的なものまで、とにかく著者の好きな季語がたっぷり。

季節感を味わうことのできるところも、俳句エッセイ集の魅力だろう。

白シャツになりすもも食ふすもも食ふ

各エッセイでは、季語と一緒に例句が紹介されているが、プロの俳人の作品が並ぶ中で、河上さんの作品がこっそりと入り込んでいて、この川上さんの俳句がいい。

「李(すもも)」というタイトルのエッセイの中にある「白シャツになりすもも食ふすもも食ふ」という作品で「木星」という俳号が使われている。

この作品について、川上さんは「白いシャツには、必ずすももの赤い汁をこぼしてしまう。その冒涜的な感じを読んでみたかった」というコメントを寄せているが、若い女性のちょっと攻撃的な冒険心といった、夏らしいアバンチュールの匂いが漂っている。

白シャツを愛する清純な気持ちと、美しい白シャツを李の赤い果汁で汚してしまいたいという相反する感情は「真っ白な自分を真っ赤に汚してしまいたい」という作者の願望のようにも読めて、妙に淫靡でさえある。

若さに溢れる作品だと思った(もっとも、川上さんが何歳の頃に作った作品なのか、全然知らないけれど)。

書名:わたしの好きな季語
著者:川上弘美
発行:2020/11/20
出版社:NHK出版

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。