秋元治「こち亀」バブルの時代に復活した昭和30年代の駄菓子屋

長年読み続けた漫画と言えば、やっぱり「こち亀」。

「こち亀」って、いつ頃から「こち亀」って呼ぶようになったんでしょうか。

昔はなかったような気がします、そんな呼び方。

近所の床屋さんで週刊少年ジャンプを読んだ少年時代

1976年(昭和52年)から2016年(平成28年)まで連載が続いた「こちら葛飾区亀有公園前派出所」。

長い歴史を誇るだけあって、時代とともに漫画の内容や作風も変わってきた。

<こち亀>連載開始時、僕は小学3年生だったはずだけど、<週刊少年ジャンプ>を読むようになったのは、小学5年生くらいからだったような気がする。

いつも通っている近所の床屋さんには、少年漫画誌が置いてあって、<チャンピオン>や<マガジン>や<サンデー>なんかと一緒に<ジャンプ>があった。

初期の<こち亀>というのは、なんだか劇画っぽくて、ストーリーも人情味を感じさせるような人間ドラマが多かったのではないだろうか。

それから僕は、<こち亀>を読みながら大人になった。

本棚には<こち亀>のコミックが順番に並んで、かなりのスペースを占領するようになった。

いろいろな時代があった<こち亀>だけど、僕の好きな時代のひとつが、1980年代後半の好景気時代。

この頃には、<こち亀>のテーマにも幅が出てきていて、ノスタルジーを感じさせる物語も多くなった。

「なつかしの駄菓子屋講座の巻」1988年(昭和63年)NO.31掲載「なつかしの駄菓子屋講座の巻」1988年(昭和63年)NO.31掲載

例えば、1988年(昭和63年)NO.31に掲載されている「なつかしの駄菓子屋講座の巻」。

駄菓子屋のお婆さんの依頼を受けて、両さんは一日、駄菓子屋の留守番をする。

たくさんの客(子どもたち)が来るので、中川さんや麗子さんにも応援を頼むのだが、駄菓子屋を知らない二人は、下町の駄菓子屋文化に大きなカルチャーショックを受ける、という話だ。

両さんの駄菓子屋体験は、昭和30年代がベースになっているから、作品掲載の昭和60年代当時、駄菓子屋という存在時代がレアなものとなっていたはずだ。

現代の(昭和60年代当時の)子どもたちにはリアル体験がない素材を採り入れて、きちんと昭和60年代の漫画として成立させているところに、<こち亀>の素晴らしさがあった。

こうした昭和30年代の体験をベースにした物語は、もちろん、作者である秋元治の個人的な体験に重なるところが多いに違いない。

両さんが駄菓子屋で留守番をする「なつかしの駄菓子屋講座の巻」

留守番の駄菓子屋を訪れた両さんが「相変わらずだ! 30年前から全然変化がない」とつぶやいているが、世の中の景観が激変するバブル時代にあって、昭和30年代の雰囲気を残す駄菓子屋は、かなり貴重な存在だっただろう。

ちなみに、Windows98がブームになったとき、両さんは再び駄菓子屋を訪れて、駄菓子屋からインターネットを普及させていくという話も出てくる。

少年時代の思い出である駄菓子屋を現代社会の中に復活させることで、作者は、過去と現代との融合を図り、少年時代の体験を現代に生かすことに成功しているわけだ。

1988年と言えば、僕は大学3年生で、もちろん、駄菓子屋なんかへ行くことはなかった。

そもそも、昭和42年生まれにとって、昭和30年代はリアル体験ではない。

それでも<こち亀>の中に登場する駄菓子屋は、どうしてか懐かしさを感じさせる。

あるいは、駄菓子屋は、日本人の中に潜む郷愁という共通体験を思い出させるものなのだろうか。

駄菓子屋でカルチャーショックを受ける中川さんと麗子さん駄菓子屋でカルチャーショックを受ける中川さんと麗子さん

「なつかしの駄菓子屋講座の巻」はタイトルどおり、駄菓子屋を知らない子どもたちに駄菓子屋を解説する観点から綴られている。

昭和30年代のキッズ・カルチャーを知る上で、大切な資料のひとつとすることができるだろう。

それにしても、コミックスで読んでいる話も、雑誌で読み返すと、また新鮮な気持ちがするものである。

コマが大きいから、やっぱり読みやすいし、タイトルページにキャッチコピーが大きく書かれているところも楽しい。

収納問題さえ解決すれば、古雑誌も積極的に集めたいところなんだけどね。

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kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。