野沢尚「ラストソング」読了。
本作「ラストソング」は、1994年(平成6年)に公開された日本映画『ラストソング』のノベライズ作品である。
本木雅弘・吉岡秀隆・安田成美
映画の原作小説を読むことはあっても、映画をノベライゼーションした小説を読むことはない。
だから、この『ラストソング』は、初めて読んだノベライズ小説かもしれない。
杉田成道監督の映画『ラストソング』は、バブル崩壊後の1994年(平成6年)に公開された。
主演は本木雅弘(バンドのリーダー役)で、吉岡秀隆(ギター役)と安田成美(マネージャー役)が脇を固める。
博多にある伝説のライブハウスで育ったロックバンドが、東京でメジャーデビューしながも挫折していく姿を描いた、多分に感傷的な青春映画である。
これは、まだアナログのレコードに針が落ちていた頃、青春も音楽も、あの塩化ビニールのドーナツ盤のように傷つきやすかった頃の物語だ。(野沢尚「ラストソング」)
出来の悪い映画ではなく、むしろ、後世に伝えていきたい作品だと思っていたけれど、今に至るまでDVD化されていない。
このままでは、幻の名作という道を辿ることになりそうだ。
ノベライズで、映画の雰囲気を知ることはできる。
小説では、2時間の映画では描かれることのなかった、3人のバックグラウンドが丁寧に書き込まれている。
この小説を読んだ後で映画を観ると、映画に対する理解がさらに深まりそうだが、残念ながら映画を観ることはできない。
一方で、映画の中で印象的だった場面は、小説の中では微妙に変換して描かれている。
これは、映画と小説という媒体が持つそれぞれの効果や役割を考えて、意識的に変換されたものだろう。
この小説(映画)の大きなテーマは「光」である。
深夜の国鉄操車場で<一矢>が持っていたカンテラは、音楽の世界での成功を目指す若者たちの夢そのものだった。
「シュウちゃん覚えてる? 真夜中の線路で俺に言った言葉」「言葉……?」「あの言葉があったから、俺、シュウちゃんとやってこれたんだ」修吉は覚えてなかった。「……俺は、何て言ったんだ?」(略)「そのカンテラは……」涙声になった。「これから俺が持ってやる。その光で、俺が、お前の道を、照らしてやるから」(野沢尚「ラストソング」)
感動的な場面の多い物語だけれど、夢に破れた三人の若者たちがバラバラになってしまうラストシーンは、特に印象深い。
映画でも重要なシーンだったためか、ノベライズでも、最後の場面は、忠実に映画を再現しているかのように描かれている。
映画以上に際立つのは、大人たちの食い物にされてボロボロになっていく若者たちの無残な姿である。
「メソメソするな一矢!」修吉の怒号が通路の奥まで響き渡る。「負けて逃げる訳じゃねえんだ俺は。諦めた訳じゃねんだバカヤロ」修吉は泣かない。泣くまいと懸命に声を張り上げた。「また博多で捕まえてやるよ凄え野郎を」(野沢尚「ラストソング」)
トップスターという光の裏側にある影を、本当は描き出したかったのかもしれない。
甲斐バンド・エコーズ(辻仁成)・尾崎豊
映画と小説との最大の違いは、小説では音楽を表現できないということに尽きる。
なまじ、映画の中で本物の音楽を聴いているだけに、サウンドを再現できない小説は、どうしても中途半端だ。
シューレス・フォーのデビュー・シングル「犬たちの詩」の作詞作曲はエコーズの辻仁成で、一矢のソロデビュー曲「光あるうちにゆけ」の作詞作曲は甲斐バンドの甲斐よしひろである。
ちなみに、「光あるうちにゆけ」は、甲斐よしひろもセルフカバーしている。アルバム『太陽は死んじゃいない』収録。
最後の場面で一矢が歌った「ラストソング」は、一矢を演じた吉岡秀隆自身の作品だった。
この曲は、アーチスト・吉岡秀隆としてのデビュー・シングルにもなっている(今聴くと、吉岡君の「ラストソング」は、かなり中性的な優しい声でびっくり)。
吉岡秀隆の音楽は、兄貴分として慕っていた尾崎豊の影響をストレートに受けているから、この映画には、エコーズと甲斐バンドと尾崎豊という三つのミュージシャンのエッセンスが滲み出ている。
このうち、博多にあった伝説のライブハウス「照和」出身のアーチストは甲斐バンドだけだから、シューレス・フォーのモデルとして、甲斐バンドは大きな役割を果たしていたのではないだろうか(「照和」の「照」という字からは光の存在をも感じる)。
幸い『ラストソング』のオリジナル・サウンドトラックはCDで発売されているので、中古市場を探せば、今でも見つけることが可能だ。
映画の雰囲気を脳内で忠実に再現したいと思う人は、ノベライズではなくシナリオフォトストーリーを買った方がいい。
役者の台詞が、かなり忠実に、映画と同じように再現されている。
傷付きやすい青春ストーリーが好きな人にはお勧め。
書名:ラストソング
著者:野沢尚
発行:1994/7/30
出版社:扶桑社文庫