ナサニエル・ホーソーン『おじいさんの椅子の物語』読了。
本作『おじいさんの椅子の物語』は、2025年(令和7年)8月に国書刊行会から刊行された歴史物語である。
原典は『おじいさんの椅子の物語のすべて』(1841)と『偉人伝物語』(1842)を合本として発行された『歴史と伝記のほんとうのお話』となっている。
『おじいさんの椅子の物語のすべて』出版時、著者は37歳だった。
アメリカ建国の歴史
本作『おじいさんの椅子の物語』は、アメリカ開拓の歴史を綴った歴史物語である。
メイフラワー号がプリスマに到着した1620年から、サミュエル・アダムズがマサチューセッツ州知事に選出される1794年までが、その主な対象と言っていい。
なぜなら、この物語は、年老いたおじいさんが、幼い子どもたちに、アメリカの歴史を語って聞かせるという構成になっているからだ(『おじいさんの椅子の物語のすべて』の出版は1841年だった)。
この本は、アメリカの作家ナサニエル・ホーソーンが、建国までのアメリカ初期の歴史をこども向けに書いた物語です(第一部~第三部)。そのあとに偉人伝物語(第四部)がついていますが、こちらはさまざまの偉人のこども時代を描いています。(『おじいさんの椅子の物語』まえがき)
アメリカの歴史映画を観ると、南北戦争(1861-1865)以降の時代を題材としたものが圧倒的に多い。
かつて人気を博した「西部劇」は、南北戦争後(19世紀後半)の「西部開拓」が主な題材となっていた(だから「西部劇」なのだが)。
だからというわけでもないだろうが、初期のアメリカ移住者たちの物語や、フランスとの争い、そして、イギリスからの独立戦争などについては、あまり話題になることがない。
アメリカ建国の歴史は「ピューリタン」から始まる。
英国国教会はローマ・カトリック教会からしきたりや儀式を引きついだが、ピューリタンたちはそれを執りおこなうことは罪だと考えておった。(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
イギリス国内でひどい迫害を受けたピューリタンたちは、外国の地で暮らすことを考える。
それで身分の高い仲間がなん人かマサチューセッツ湾岸の土地を購入することにした。(略)そして一六二八年、ジョン・エンディコットさんを長としてなん人かを送りこみ、セーレムで植民地を始めたんだ。(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
マサチューセッツでは、既に、1626年に最初の入植者たちが家を建て始めており、多くのピューリタンたちが、マサチューセッツへと海を越えていった。
本作『おじいさんの椅子の物語』では、それぞれの時代を象徴する人々が、それぞれの時代の主人公として登場している。
最初の主人公は「レディ・アーベラ」だった。
「ジョンソンさんってだれなの」クララが聞きました。「大金持ちの紳士でな、ピューリタンの信条に賛同しておった」おじいさんは答えます。「だから同じ信仰を持つピューリタンと生死をともにしようと決心したんだ。それで一六三〇年四月、イギリスを離れ、住み心地のよい家と安楽な暮らしをあとにして、レディ・アーベラといっしょにアメリカ行きの船に乗ったわけだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
開拓地の生活は、決して安楽なものではなかった。
椅子から立ちあがって窓辺に行くと、庭園とトウモロコシ畑が広がる中に入植者らのみすぼらしいあばら家がいくつか見えた。もっと粗末な小屋や布テントも見えた。いっしょに船団でやって来た仲間たちのものだ。(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
ジョン・ウィンスロップたちがボストンへ移住を決めるころ、レディ・アーベラは心身の疲労のために亡くなってしまった。
このアメリカ歴史物語は「レディ・アーベラの死」という、悲しいエピソードから始まっている(それが、アメリカの出発点だったとでも言うかのように)。
ハーヴァード大学は、アメリカ開拓を象徴する大学だった。
「まずは住まいを建てるのに土地を開拓しようと森の木を切りはじめたんだが、それをまだぜんぶ倒しおわらんうちから、大学を建てることを考えておったんだ。とにかく第一に、敬虔で学識高い聖職者を育てることを目的にしたわけだよ。だからむかしの歴史家はハーヴァード大学のことを預言者の学校だと呼んでおる」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
ハーヴァード大学の創立は1636年で、最初の入植から10年しか経っていない。
当時のピューリタンたちが、いかに学問を重視していたかということの証左と言えるだろうか。
ニューイングランド連合が生まれたのも、この時期だった。
「見逃すことのできんできごとが一六四三年に起こる。マサチューセッツ、プリスマ、コネティカット、ニューヘーヴンといった植民地が同盟を結んだんだ。(略)これはニューイングランド連合植民地と呼ばれたんだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
当時は、イギリス国内でも大きな内乱があったため、ニューイングランド(植民地時代のアメリカのこと)は本国からほぼ独立した状態になっていたという。
イングランド内戦によりチャールズ1世が処刑されるのは、1649年のことである。
この時代、移住者たちと先住民族(インディアン)との争いも絶えなかった。
「一六三六年から翌年にかけては、インディアンとイギリス人がかつてなかったほど悲惨な戦争を繰りひろげることになる。コネティカット植民地の住人らがマサチューセッツからの助けもないまま、有名なインディアンの族長ウンカスの援助を受けて、この戦争の矢面に立つことになってな。敵対するなん百人ものインディアンたちが殺され、その住まいを焼かれた」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
アメリカ開拓の歴史は「第一部」にまとめられている17世紀前半の物語が、最も興味深い。
ドラマチックな歴史物語よりも庶民の暮らしの中にこそ、本当の「開拓史」があったからだろうか。
「第二部」はフランスとの戦争から始まる。
「一七〇二年にフランスとイギリスのあいだで新たな戦争が起こって、激しい戦争がつづいておった。戦闘のつづく中、ニューイングランドはフランス軍やインディアンから多くの被害を受けたんだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
この時代の人々を導いた指導者(コットン・マザー博士)は、アメリカにおける種痘ワクチンの普及にも尽力した人物である。
天然痘が猛威をふるったこの時代、まだ見ぬ「種痘ワクチン」に対する一般市民の抵抗は激しかった。
「だれにも邪魔はさせん」とマザーさんは漏らした。「愛する息子を実験台にすれば、このことに信念を持っておると町の人びとにもわかってもらえるだろう。息子のいのちは自分のいのちよりもたいせつなのだからな」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
コットン・マザーには「セイラムの魔女裁判を主導する」という黒歴史があった。
「一六九二年八月から九月にかけて、このバローズさんのほかに十九名の無実の男女が死に追いやられてしもうた。死刑の場所はセーレム郊外の高い丘の上でな。絞首台に立たされた犠牲者たちの多くが、町にある自宅を見分けることもできただろうて」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
種痘ワクチンの効果を実証するためには、自分の息子を実験台にしなければならないほど、社会の疑いは強かったのだ。
アメリカの奴隷制度は、植民地時代から始まっていた。
「その時代にも奴隷がいたの」とクララが声を高くしました。「そう。黒人だけでなく白人の奴隷もおったんだよ」とおじいさんは答えます。「ご先祖さまたちは、アフリカから黒人を買っておっただけじゃなく、南米からインディオたちを買い、アイルランドからは白人たちを買っておった」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
アメリカの負の歴史は「アカディア住民の強制移住」によっても語られている。
「アカディア住人の人口はおよそ七千人だったが、その多くが捕らえられ、イギリスの植民地に移送されたんだよ。住居と教会はすべて焼きはらわれ、家畜は殺され、土地全体を荒廃させて、アカディア人たちがもとの土地にすみかや食料を求めることのないようにしたんだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
アカディ人の強制移住は、おじいさんが「むかしのフランス戦争」と呼ぶ、イギリスとフランスとの争いの中で起こったものだ。
「むかしのフランス戦争」は、いわゆる「フレンチ=インディアン戦争」のことで、1754年から1763年まで続いた(この結果、アメリカが北米大陸植民地を拡大することになる)。
植民地をめぐるイギリスとフランスとの争いは、この時代(「第二部」)の大きなテーマだった。
そのとき突如、戦場に叫び声が響いたんだ。「敗走だ、敗走だ」ウルフさんはやっとのことでしばし頭を上げ、「どっちが敗走したのか」と尋ねた。ある将校が「フランス軍です」とこたえると、ウルフさんは「これで心おきなく死ねる」と言い残して、勝利の腕に抱かれ息を引きとったというわけだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
ところが「第三部」に入ると、植民地の人々の敵は、フランスではなくイギリス本国へと変わっていく。
その最初のきっかけとなったのが「印紙法(1765年)」だった。
「印紙法というのはだな」とおじいさんは答えます。「あらゆる証書や債券、そのほかたいせつな書類には、国王の印紙を貼らねばならんと命じた法律でな。(略)この三ペンスは要するに税金だ。それが王の国庫におさまることになっておったんだ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
植民地市民の激しい抵抗で「印紙法」に頓挫したイギリス本国は、植民地への圧力を強めていく。
1770年の「ボストン大虐殺」では、13人のニューイングランド人がイギリス軍によって射殺された。
「撃てるもんなら撃ってみろよ、下衆ども」と人びとは声を荒げた。マスケットの銃口が向けられておるにもかかわらずな。「撃つ度胸もないんだろう」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
有名な「ボストン茶会事件(1773年)」は、こうした植民地とイギリス本国との争いを背景として生まれたものだ。
「野蛮なかっこうをした者らが、とうに船に乗りこんでおってな。さては、かつてのインディアン戦士たちが舞いもどってきたかと怪しむほどだった。かっこうもそっくりだし、戦争に行くときのインディアンのように、顔を赤と黒に塗りわけておったからの」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
そして、ニューイングランドがイギリスからの独立を決意する、あの「アメリカ独立戦争(1775-1783)」が始まった。
「ほどなくして」とおじいさん。「それまでアメリカの人たちが耳にした知らせの中でも、いちばんたいせつなものがフィラデルフィアから届けられた。一七七六年七月四日、大陸会議が独立宣言に調印したんだ。十三の植民地はこのとき自由で独立した十三州となった」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
最終的に独立戦争が終結するのは、1783年9月、イギリス政府との間で和平条約が締結されたときのことである。
1620年にメイフラワー号に乗ったピューリタンの巡礼者たち(ピルグリム・ファーザー)がプリスマにたどり着いたときから、150年以上の時が経過していた。
現代を生きる歴史の評価者たち
本書『おじいさんの椅子の物語』では、おじいさんの昔話と子どもたちとの会話が、交互に展開していく。
おじいさんと孫たちとの会話は、歴史の評価者として考えることができる。
「断頭台の上で死ぬ人たちは、ほんとうに立派なことが多いもんだ。賢人や善人を敵視する者たちは、結局その人たちに殉教者の冠を被せて殺してしまうことぐらいしかできんのだろう。でもそれでその人たちの栄誉が、ますます称えられることになるんだけれどもな」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
歴史の教科書と違うのは、移住者たちの子孫の一人である「おじいさん」の、歴史に対する批判が含まれているということだ。
「ずっとおかしいと思っておった」と、ここまで話を終えたおじいさんが言いました。「いつもへんだと思っておったんだ。インディアンにも知性や心情、そして不死の魂がそなわっているんだと気がつく者が、たったひとりの人をのぞいて、われらが祖先の中にだれもおらんかったんだろうとな」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
おじいさんは、決して歴史の肯定者ではない。
むしろ、おじいさんは、歴史の犯した過ちを、子どもたちへと伝えようとしているかのようだ。
おじいさんがこどもたちにお話をするのは、過去が現在に向かって話をするようなものです。というより、未来に話しかけているといってもいいのかもしれませんね。こどもたちは、まだ見ぬ時代に属しているのですから」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
おじいさんは、過去(歴史)と未来(子どもたち)とをつなぐ存在である。
たそがれどきには、まきの火はますます明るく快活になります。おそらくこのまきの火のように、なにかおじいさんの心を元気にしてくれるものがあるのでしょう。そのなにかが、人生のたそがれどきにいたっても、あたたかさや安らぎを与えてくれているのです。おじいさんは、赤い炎をじっと見つめていました。まるでこれまでの人生がすべてそこに描かれているかのように。(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
暖炉の中で輝く炎は、歴史を物語るひとつの語り部である。
そして、主人公はもちろん「おじいさんの椅子」だった。
「ねえ、おじいさん、大好きなおじいさん」と、かわいいアリスの呼び声が聞こえてきました。「お願い、もっとおじいさんの椅子のお話を聞かせてよ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
おじいさんは、自分の椅子にかつて座っただろう、歴史上の人物たちの物語を語り始める。
それは、おじいさんの大切な椅子だった。
オークでできていて、年とともに色もこげ茶色に変わっていたのですが、こすれたり磨かれたりしてマホガニーのようにピカピカです。とても大きくて重くて、おじいさんの白髪頭の上まで高い背もたれが伸びています。(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
椅子の背もたれには、奇妙な柄が透かし彫りになっていて、椅子のてっぺんには「ライオンの頭」が刻まれていた。
「この椅子は、二、三百年前にイギリスのリンカン伯爵の庭園にあったオークの木で作られたと言われておる。もともとは伯爵家のお屋敷の大広間に置かれていたんだろうて」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
伯爵令嬢(レディ・アーベラ)がジョンソンと結婚するとき、椅子は娘へと譲られ、レディ・アーベラと一緒に新大陸へとやってきたのだ。
おじいさんの語る物語は「椅子」を中心に進められていくが、歴史の主人公は、あくまでもその時代を生きる人々だった。
「椅子」は歴史の証人としての役割を担っている。
だからこそ、最後の物語で、おじいさんは「椅子」と会話をすることができたのだ。
「これまで人びとの営みのただ中に立ってきて」と、まるで託宣をのたまうかのように椅子は言いおった。「わたしが見てきたところで言えば、あらゆる幸福な人生の主な構成要素とは、すなわち<正義><真実>、そして<愛>だね」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
アメリカ建国の歴史の中から、著者(ホーソーン)は、子どもたちに伝えるべき「教訓」を見つけていたのだ。
「第四部」の『偉人伝物語』は、『おじいさんの椅子の物語』を補完して、アメリカ建国の歴史に対する理解を深めるものだ。
ここでも、やはり、目の見えない少年(エドワード・テンプル)に、お父さんが偉人たちが少年だった時代のエピソードを語って聞かせるという手法が取られている。
「お母さん、とてもみじめだよ」とエドワードはすすり泣きながら言いました。「いいえ、エドワード」とお母さんは明るい声で答えます。「たしかに目が見えるって、神さまの授けてくださる大事な能力よ。でも、それを失って、たとえもとに戻らなくたって、みじめだと思うのは違うわ。目で見るもの以外にも、楽しみはあるのよ」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
どんな偉人にも少年時代があり、数々の過ちがあった。
過ちの中から生まれてきたのが、歴史に名を残した偉人たちであったと言ってもいい。
いくつもの物語の中から、エドワードは新しい未来を手に入れる。
「待って、忘れてた」とエドワードは言って、ため息をつきました。「みんなの顔は見えないんだった。最愛の人の顔が見えないのに、世界中の有名人が見えたって、なんの意味があるって言うんだい」「わたしたちのことは、あなたの心の眼で見るようにすればいいのよ。いい子だから」(ナサニエル・ホーソーン「おじいさんの椅子の物語」大野美砂、高尾直知、中西佳世子・訳)
歴史以上に有用な教訓はないという確かな事実を、この物語は教えてくれる。
そして、巻末に収録された「訳者解題」もいい。
ナサニエル・ホーソーンは歴史に憑りつかれた小説家です。(略)歴史はホーソーンにとって振りはらうことのできない悪夢なのです。(『おじいさんの椅子の物語』訳者解題)
代表作『緋文字』(1850)によりアメリカ文学史に名を残したホーソーンだが、決して現代的な作家とは言えない。
しかし、南北戦争前のアメリカを語るとき、ホーソーンはどうしても無視することのできない作家だった(ホーソーンは南北戦争中の1864年に死去)。
本書の第一部から第三部は、ニューイングランド植民地の歴史を時間の流れに沿ってたどっていくお話です。読んでいくと、ニューイングランドが十七世紀はじめのピューリタンの移住から独立に至るまで、ほかのさまざまな地域とかかわりながら、大西洋の緊密な関係の中で発展していったことがわかります。(『おじいさんの椅子の物語』訳者解題)
歴史は、必ずしも偉人伝ではない。
ニューイングランドは長いあいだ、奴隷制と直接的な関係を持たない場所だというイメージを作ってきました。しかし、ホーソーンは本書で、ニューイングランドの発展の過程で強いられた、黒人たちの労働についても記しています。本書は、ニューイングランドの栄光の歴史とともに、その影で生きていた弱者や犠牲者の存在を伝える書でもあるのです。(『おじいさんの椅子の物語』訳者解題)
おじいさんのお話を聞いた子どもたちは、アメリカの「様々な歴史」を心に刻んで、新しい時代を切り拓いていくはずだ。
それが、おいじいさんの願いでもあったのだから。
少年少女向けの物語とは言いながら、本書『おじいさんの椅子の物語』は、歴史の豊潤な香りを、現代日本を生きる我々にもしっかりと伝えてくれている。
近代アメリカ文学の参考書としてもおすすめ。
書名:おじいさんの椅子の物語──ホーソーンの描くアメリカ建国史と偉人伝
著者:ナサニエル・ホーソーン
訳者:大野美砂、高尾直知、中西佳世子
発行:2025/08/22
出版社:図書刊行会

