コナン・ドイル『名探偵ホームズ 踊る人形』読了。
ある朝、ベーカー街にあるシャーロック・ホームズの下宿に、イングランドのノーフォークで暮らす依頼人がやって来る。
妻宛てに届いたアメリカからの手紙が、事件の始まりだった。
手紙を読み終えた妻は蒼ざめていて、すぐに暖炉の火にくべてしまったという。
それからしばらく経った頃、窓の下枠に「踊る人形」の絵がたくさん描かれていることに依頼人は気が付く。
チョークで描かれたその絵は、まるで子どものいたずら書きのようだったので、依頼人は馬屋番の少年が描いたものと思うが、少年は「誓って何も知らない」と言う。
いずれにせよ、夜の間に描かれたらしい、その絵を洗い落とした後で、そのことを妻にも伝えると、妻はとても深刻に受け止めて「もしも、また現れるようなことがあったら、必ず自分に見せてほしい」と言う。
やがて、庭の日時計の上で、同じような「踊る人形」が描かれた紙が発見され、それを見た瞬間に、妻は気を失ってしまった。
目に恐怖をたたえたまま、まるで夢うつつのようになってしまった妻。
謎の暗号にホームズが挑んだ名作短篇は、予想を超える意外な結末を迎えることになってしまうのだが、、、
さて、『名探偵ホームズ 踊る人形』は、理論社の世界ショートセレクションシリーズの一冊で、表題作「踊る人形」のほか、「まだらの紐」「黄色い顔」「ワトソンの推理修行」の4編が収録されている。
「踊る人形」はエドガー・アラン・ポーの暗号ミステリー「黄金虫」に刺激を受けたコナン・ドイルによる暗号ミステリーの名作。
子どものいたずらで描かれたような人の形をした絵の羅列を見て、ホームズが暗号を読み解いていく様子は爽快だが、事件はホームズの予想を超える展開を見せて、探偵としてのホームズは大きな過ちを犯してしまう。
「まだらの紐」は、作者コナン・ドイルが「最も好きな作品」として挙げている名作で、ホームズを読んだことのある人には、非常によく知られている有名作だ。
結婚を目前に控えたある夜、「まだらの紐」という謎の言葉を残して、依頼人の姉が死んでいった。
そして、次は自分の番ではないかと脅える依頼人を救うべく、ホームズとワトソンはイングランドのストーク・モーランへ向かう。
その夜、ワトソン博士は生涯忘れることのできない恐ろしい出来事を体験をすることになるのだが、亡くなった姉のダイイング・メッセージの謎を見事に解き明かして事件を解決に導くホームズの推理はさすが。
「黄色い顔」は、ホームズの推理を超えて進んでいく事件の展開がおもしろい。
思い通りの結末とはならないものの、ホームズは「依頼人を窮地から救う」という意味で、しっかりと名探偵としての役割を果たしているし、ほのぼのとしたラストシーンも清々しくて好感が持てる。
最後の「ワトソンの推理修行」は、当時のイギリス国王ジョージ五世の王妃メアリーに贈る「ドールハウスの書斎」におさめるミニチュア本のために依頼されて書いた作品で、ホームズものとしては番外編となるショートショート。
「きみのやり口なんか、実に簡単にまねできるさ」と言いながら、ホームズの前で名推理を披露したワトソン博士は「この世には、きみとおなじくらい賢い人間がいるってわかっただろう」と、ドヤ顔でホームズを挑発するが、ホームズは「それほど賢くない人間もいるさ」とたちまち逆襲に転じる。
「くじけるな! ほんのうすっぺらなやり口だ、きみにだってすぐものにできるだろうから」という皮肉は、いかにもホームズらしくて思わず笑ってしまった。
推理は手品と似ていて、謎を解き明かした後になって、人は「なんだ、そんな簡単なことか」と言ってしまいがちである。
ひとつひとつが単純なできごとで、それぞれがひとつ前のできごとの影響を受けているような場合には、推理を組み立てるのはごく簡単だ。ところが、ちゃんと手順を踏んだ上で、中間の推理をはぶいて、はじまりと結論だけを話してきかせれば、まずまちがいなく人をおどろかすことはできるのさ。まあ、ほんのこけおどしだけどね。(「踊る人形」)
ああ、素晴らしきシャーロック・ホームズ・ワールド。
ぜひとも、このシリーズの続編に期待したい。
書名:コナン・ドイル ショートセレクション 名探偵ホームズ 踊る人形
著者:アーサー・コナン・ドイル
訳者:千葉茂樹
画家:ヨシタケシンスケ
発行:2018/6/
出版社:理論社「世界ショートセレクション」