池上彰『昭和の青春 日本を動かした世代の原動力』読了。
本作『昭和の青春 日本を動かした世代の原動力』は、2023年(令和5年)11月に講談社現代新書から刊行された社会時評である。
この年、著者は73歳だった。
若者世代の価値観の違いはどのように生まれたか?
令和の若者(特にZ世代)を語るとき、「価値観の違い」という言葉が登場する場合が多い。
昭和(戦後)生まれ世代と平成生まれ世代との価値観の違いは、どのようにして生まれているのか?
本書『昭和の青春』を読むと、価値観の違いが目に見えるように理解できる。
端的に言って、昭和(戦後)生まれ世代はアグレッシブ(積極的)な世代であり、平成生まれ世代はパッシブ(消極的)な世代である。
それは、彼らが育った時代が、あまりにも大きく異なっているからだ。
現代の若い世代は「戦後生まれ世代」の育った背景を知らないので、「価値観の違い」を理解することが難しいかもしれない。
しかし、このような恵まれた時代は永遠には続きません。とくに90年代にバブル景気が崩壊して以降は経済の低迷が続きます。いわゆる「失われた30年」です。そのため、たとえば平成の時代に入ってから生まれた世代は高度経済成長を経験した世代とは対照的に、経済成長率が低い時代をずっと経験することになりました。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
どん底から頂点への上昇の中で大人になった世代と、頂点からどん底へと急下降していく中で大人になった世代とで「価値観」が異なることは当たり前すぎるくらいに当たり前だ。
戦争に破れた(敗戦国)日本は、戦後すべてをゼロからスタートさせなければならなかった。
いわば、「新生ニッポン」が敗戦とともに生まれたわけだ。
1945年(昭和20年)に生まれた「新生ニッポン」は、1965年(昭和40年)に二十歳を迎える。
「新生ニッポン」にとって、昭和30年代後半から昭和40年代前半にかけてが「青春時代」だったと言っていい。
それは、終戦直後に生まれた「ベビーブーム世代」の歩みと、ほぼ同じである。
やがて「団塊の世代」と呼ばれることになるベビーブーム世代の青春が、新生ニッポンの青春時代と重なっていることは決して偶然ではない。
戦後日本を語るとき、同時にそれは「団塊の世代」を語ることでもあるのだ。
新生ニッポン、すなわち「団塊の世代」は、高度経済成長期の中で少年少女から大人になった。
私が子供の頃の貧しい人は、一目でわかりました。毎日、同じ服を着ていたり、服の破れにつぎをあてていたり、あるいは袖が青っ洟でテカテカ光っていたり。栄養状態が悪いと免疫機能が弱まり蓄膿症になり青っ洟がたくさん出る場合があります。それを何度も手元で拭うため、服の袖のあとが残ってしまうのです。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
彼らは、文字どおり「どん底」の中から「高度経済成長期」を経て「経済大国ニッポン」を獲得する。
この「ニッポン・ドリーム」を簡単に紹介しているのが、本書『昭和の青春』である。
平成以降の文学は、下降時代の中で生まれる様々な歪みを描いているのに対し、昭和(戦後)時代の文学(戦後文学)は、上昇時代の中で生まれる歪みを、様々な形で描いた。
戦後文学を読み解くには、昭和の戦後という時代をしっかりと理解しておく必要がある。
これから「戦後文学」を読みたいと考える若い世代が、まず本書を読んで「戦後」を理解しておくことは、作品理解をスムーズに進めるうえで非常に有効な方法だろう。
そして、戦後という時代が、いかに「豊かな時代」であったかを理解した時、「価値観の違い」という言葉の意味も実感できるはずだ(なにしろ、スタートがゼロだった)。
戦後の貧しい生活が1960年代、70年代にどんどん豊かになっていったのに対し、失われた30年ではデフレで物価が上がらないかわりに、給与も上がらない状態がずっと続きました。これにより「昭和の青春」世代が子供の頃に体験した貧しさとは別の大変さが若い世代にはあります。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
昭和(戦後)生まれ世代と平成生まれ世代との「価値観の違い」は、どのようにして生まれているのか?
「昭和の青春」という時代を知ることで、そのことが理解できるだろう。
高度経済成長期の戦後文学
本書『昭和の青春』では、カルチャー面の記述も多い(「第3章 青春の昭和文化・社会風俗」という章立てがある)。
文学に目を向けると68年に川端康成がノーベル文学賞を受賞し、70年に三島由紀夫が陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺と、「昭和の青春」時代はいろいろな話題の多い時期でした。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
当時を代表する作家として、例えば、割腹自殺で死んだ三島由紀夫がいた。
三島の死後、私は彼の小説を全部読みました。(略)それまで私は三島の作品を読んだことがありませんでした。私の学生時代は、あまり一般の学生が積極的に読むような存在ではなかったと思います。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
右翼として自殺したことで、三島由紀夫は神聖化されることになった。
学生運動の時代の若者たち(全共闘世代)に愛された作家は、なんと言っても高橋和巳である。
私の世代の学生がよく読んでいた作家としては、高橋和巳がいます。大学を卒業後、かつて革命の理念のもとに日々を共に過ごした旧友たちを主人公が訪ねる『憂鬱なる党派』や、戦時下の弾圧で壊滅したものの戦後復活した教団の興亡を描いた『邪宗門』といった小説を執筆した高橋は、残念ながら売れっ子になった頃に早逝したため、現在ではあまり知られていません。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
現在、高橋和巳の作品は、小学館(P+D BOOKS)で『白く塗りたる墓・もう一つの絆 高橋和巳未完作品集』『黄昏の橋』『堕落』などを読むことができる。
昭和文学愛好家にとって、小学館「P+D BOOKS」は、非常に心強い味方だ。
柴田翔の『されどわれらが日々──』も、若い世代に人気の作品だった。
学生たちの読書の定番といえば、柴田翔の『されどわれらが日々──』も外せません。共産党が武装闘争の方針を撤回した第6回全国協議会前後の時代に生きる若者を描いた青春小説で、芥川賞を受賞しています。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
柴田翔が『されどわれらが日々──』で芥川賞を受賞するのは、1964年(昭和39年)上半期である。
当時の若者たちは、なぜ「左翼運動」を積極的に描いていたのだろうか?
それは、本書『昭和の青春』を読んで、当時の若者たちが置かれていた社会的状況を知ることで理解できる。
文学とは、常に時代を反映しているものだ。
逆読みすれば、文学を読むことで、ひとつの時代を知ることができる、とも言えるかもしれない(そこに文学のおもしろさがある)。
左翼活動は、60年代の重要なテーマだった。
他には倉橋由美子の『パルタイ』。パルタイとはドイツ語でパーティ、要するに共産党のことです。共産党内部のドロドロを描いた暗い小説です。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
当時25歳だった倉橋由美子は、『パルタイ』(1960)で、芥川賞候補となり、女流文学賞を受賞している。
なにしろ、学生運動が若者たちの日常生活、という時代だった。
小説ではなく実話では、奥浩平の『青春の墓標』がよく読まれました。中核派の活動家だった奥の恋人が革マル派に入ってしまった。(略)奥浩平は最終的に自殺し、その後遺稿集として生前に書き記したノートや書簡をまとめ書籍化されたのがこの本です。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
奥浩平『青春の墓標 ある学生活動家の愛と死』は、1965年(昭和40年)に文藝春秋新社から刊行された。
「中核派」とか「革マル派」とかって何?という人にも、本書『昭和の青春』の「第1章 青春の学生運動」が、わかりやすく解説してくれている。
高野悦子『二十歳の原点』は、1960年代末期の女子学生が青春の悩みや苦しみをつづった日記です。高野も自殺してしまったのですが、遺された日記が書籍化されてベストセラーになりました。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
1969年(昭和44年)、貨物列車に飛びこんで自殺した立命館大学文学部の女子大生(高野悦子)の日記『二十歳の原点(にじゅっさいのげんてん)』が新潮社から刊行されたのは、1971年(昭和46年)のこと。
あまりにも人気が出たため、『二十歳の原点』『二十歳の原点序章』『二十歳の原点ノート』とシリーズ化された。
もちろん、若者世代の悩みだけが、文学のテーマだったわけではない。
ベストセラーという意味では、社会派推理小説の松本清張や歴史小説の司馬遼太郎、社会派小説の山崎豊子といった人気作家の本がよく売れました。(略)ただし、松本作品がよく読まれていたのは私より上の世代で、私は松本が亡くなってから読んで「こんな仕事もやっていたんだ」と思った記憶があります。司馬遼太郎に関しては、私はまったく関心がありませんでした。『坂の上の雲』が凄いと言われたのは、おそらく私より下の世代がそういうものを求めるようになったからだと思います。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
ちなみに、著者(池上彰)は、1950年(昭和25年)生まれで、1973年(昭和48年)3月に慶應義塾大学経済学部を卒業後、4月にNHKへ入社している。
『青い壺』や『女二人のニューギニア』など、最近になって再評価が進んでいる有吉佐和子も、当時の人気作家だった。
人気作家のなかでも社会的影響力が強かったのが有吉佐和子です。有吉は『恍惚の人』という小説で認知症をテーマに取り上げました。(略)また、『朝日新聞』で連載した「複合汚染」は、私たちの身の回りで水質汚染や大気汚染が複合的に発生していると告発してブームとなり、多くの人が公害を認識するきっかけになりました。(池上彰「昭和の青春 日本を動かした世代の原動力」)
1972年(昭和47年)に『恍惚の人』が新潮社から刊行されたとき、有吉佐和子は41歳だった。
社会状況を反映してか、当時の文学には硬質なものが多い。
大衆文学を対象とする直木賞でさえ、立原正秋『白い罌粟』(1966)、五木寛之『蒼ざめた馬を見よ』(1966)、野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』(1967)、佐藤愛子『戦いすんで日が暮れて』(1969)、結城昌治『軍旗はためく下に』(1970)、渡辺淳一『光と影』と、良質の作品が並んでいる。
高度経済成長が終わった1970年代後半から1980年代前半にかけて、戦後文学は大きな転換期を迎えていた。
旧時代の作家(永井龍男)が、芥川賞の選考委員を辞任するきっかけとなった、村上龍『限りなく透明に近いブルー』(1976)や池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』(1977)あたりが、時代を区切る大きな節目だったように思われる。
本書『昭和の青春』を読んでいると、そんな戦後文学の大きな流れも見えてくる。
文学と社会との関わりが、戦後史を学ぶ中で理解できてくるからだろう。
本書『昭和の青春』は、決して「団塊の世代」にだけ向けられたノスタルジックな回想録ではない。
現代の「令和」とは何か?を知る上で、「新生ニッポン」の「昭和」を知ることは、絶対的に必要なことなのだ。
学生運動をはじめとする社会や政治・経済の動きの中で、風俗・文化を見ていくと、それだけでは分からなかったものが確かに見えてくる。
そして、戦後昭和という時代は、やがて、平成時代を経て、令和という現代へとつながっていく。
つまり、本書は「令和」という現代を理解する上でも、非常に有効だということである。
これは、ぜひ若い世代にこそ読んでもらうべき戦後史の入門書なのではないだろうか。
昭和を知ることで見えてくる「新しい未来」もあるはずだから。
書名:昭和の青春 日本を動かした世代の原動力
著者:池上彰
発行:2023/11/20
出版社:講談社現代新書

