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国木田独歩「空知川の岸辺」北海道移住を夢見た若者の情熱紀行

国木田独歩「空知川の岸辺」北海道移住を夢見た若者の情熱紀行

国木田独歩「空知川の岸辺」読了。

本作「空知川の岸辺」は、1902年(明治35年)11月から12月まで『青年界』に発表された紀行小説である。

この年、著者は31歳だった。

北海道移住のための下見

本作「空知川の岸辺」は、北海道移住を夢見る国木田独歩が実際に渡道し、移住先を下見した際の体験を描いた紀行文学である。

『欺かざるの記』によると、1895年(明治28年)9月、単身来道した独歩は、空知地方の空知川近辺で土地の選定を行っている。

目的は空知川の沿岸を調査しつつある道庁の官吏に会って土地の選定を相談することである。然るに余は全く地理に暗いのである。且つ道庁の官吏は果して沿岸何れの辺に屯して居るか、札幌の知人何人とも知らないのである、心細くも余は空知太を指して汽車に搭じた。(国木田独歩「空知川の岸辺」)

当時の北海道は、まだ開拓時代とも呼ばれるべき時代で、札幌から北へ向かう鉄道も、旭川のかなり手前の「空知太(そらちぶと)」(滝川と砂川の間)まで通じているのがやっとというような状況だった。

だから、この空知太より先にはまだ、独歩が移住すべき未開拓の土地も、十分に残されていたのだろう。

本作「空知川の岸辺」は、そうした開拓時代の北海道の様子が、非常に分かりやすく描かれている。

札幌から汽車に乗って、多くの客が下車した「歌志内の炭山に分るる某停車場」(砂川駅)で乗り換えて、そこから終点の「蕭条たる一駅」(空知太駅)までは、「原始時代そのままで幾千年人の足跡をとどめざる大森林を穿って列車は一直線に走るのである」とある。

空知太の駅は「森林に囲まれて居る一の孤島」だったらしい。

さらに、独歩は乗合馬車に乗り継いで、<三浦屋>なる旅人宿まで向かい、空知川の岸辺へ向かう方法を相談するが、宿の主人は「寧ろ引返えして歌志内に廻わり、歌志内より山越えした方が便利だろう」と言う。

この<三浦屋>は、<三浦華園>という名前になって、現在も滝川市街でホテルを営業しているが、中空知地方の中心部である滝川市でさえ、当時は、最果てのような状況だったのかもしれない。

かかる時、かかる場所に、一人の知人なく、一人の話相手なく、旅人宿の窓に倚って降りしきる秋の雨を眺めることは決して楽しいものでない。余は端なく東京の父母や弟や親しき友を想い起して、今更の如く、今日まで我を囲みし人情の如何に温かであったかを感じたのである。(国木田独歩「空知川の岸辺」)

悶々としつつも三浦屋で一休みした独歩は、主人の助言に従い、次の汽車に乗って歌志内へと向かう。

北海道の最果てだった炭鉱町・歌志内

本作「空知川の岸辺」の一つの見所は、歌志内における一夜の情景だろう。

戦後まで歌志内は炭鉱町として栄えた町で、当時、既に多くの労働者が、この町へ入り込んでいたらしい。

「飲めよ」、「歌へよ」、「殺すぞ」、「撲なぐるぞ」、哄笑、激語、悪罵、歓呼、叱咤、艶ある小節の歌の文句の腸を断つばかりなる、三絃の調子の嗚咽が如き忽ちにして暴風、忽ちにして春雨、見来れば、歓楽の中に殺気をこめ、殺気の中に血涙をふくむ、泣くは笑うのか、笑うのは泣くのか、怒は歌か、歌は怒か、嗚呼儚き人生の流よ!(国木田独歩「空知川の岸辺」)

「牛部屋に等しきこの長屋」で、独歩は、鉱夫や遊女が宴会をしている場面を目撃する。

もしかすると、原始林以上に北海道の最果てを感じさせたものは、炭鉱町の長屋で生きる人々の姿だったかもしれない。

これ以上先に行くところがない、進むところがない。

それが、北海道開拓というものだったから。

翌日、宿の子に案内されて山を越えた独歩は、目的地である空知川の岸辺に立つ。

道庁の殖民課長と移住のための相談をして、とうとう独歩の目的は達せられた。

「冬になったら堪らんでしょうねこんな小屋に居ては」「だって開墾者は皆こんな小屋に住んで居るのですよ。どうです辛棒が出来ますか」と井田は笑いながら言った。「覚悟は為て居ますが、イザとなったら随分困るでしょう」「然し思った程でもないものです。若し冬になってどうしても辛棒が出来そうもなかったら、貴所方のことだから札幌へ逃げて来れば可いですよ。どうせ冬籠は何処でしても同じことだから」(国木田独歩「空知川の岸辺」)

「冬になって札幌に逃げて行くほどなら寧そ初めから東京に居て開墾した方が可いんです。何に僕は辛棒しますよ」と、独歩は覚悟を見せるが、結局、独歩の北海道移住は実現しなかった。

一緒に暮らすはずの女性(佐々城信子)との結婚生活に失敗したからである。

夢は叶わなかったけれど、北海道開拓に向けた国木田独歩の情熱は、決して嘘ではなかった。

「空知川の岸辺」には、独歩のそんな覚悟が描かれているような気がする。

作品名:空知川の岸辺
著者:国木田独歩
書名:牛肉と馬鈴薯・酒中日記
発行:2005/12/20 改版
出版社:新潮文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。