読書体験

ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」美味しいソーセージには脂身が必要だ

ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」美味しいソーセージには脂身が必要だ

ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」読了。

本作「クルミわりとネズミの王さま」は、1816年『少年童話集』に収録されたドイツの児童文学物語である。

この年、著者は40歳だった。

美味しいソーセージには脂身が必要だ

本作「クルミわりとネズミの王さま」の教訓は、美味しいソーセージには脂身が必要だ、ということである。

自ら企画した大ソーセージ・パーティーで、大切な脂身を<ネズミリンクス夫人>の一族に食べられてしまった<ピルリパート姫>の父王は、激怒のあまり、ネズミ一族への復讐を誓う。

そして、ネズミリンクス夫人以外のネズミをすべて捉えて死刑に処するが、ネズミリンクス夫人の呪いを受けて、ピルリパート姫は醜い姿へと変えられてしまう。

このピルリパート姫とネズミリンクス夫人との呪いをかけた争いに決着を着けるのが、すなわち、本作の主要な登場人物である勇者<クルミ割り人形>とラスボス<ネズミの王様>との戦いである。

だから、クルミ割り人形の戦いの根源にあるのは、ソーセージの脂身であり、王様にとってソーセージの脂身は、それほどまでに大切なものだったということだ。

だが、レバーソーセージのお皿が出たころから、王さまがしだいにあおざめてきたのに、人々は気がついた。天を仰いで、そっとため息をついているのだ。なにか、たいへんな心の痛みに耐えているようすだ。ブラッドソーセージのコースになったとき、とうとう王さまは声に出してすすり泣き、あえぎながらいすの背もたれに身を投げてしまった。(ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」上田真而子・訳)

動揺する人々に励まされ、強心剤を与えられて、どうにか王様の発した一言、それが「脂身がたりない」だった。

本作「クルミわりとネズミの王さま」はドイツ文学だから、ドイツの人々にとってソーセージがいかに大切なものだったか、そして、美味しいソーセージにはいかに脂身が大切なものだったのかということを、この物語は教えてくれる。

もしも、世の中に「ソーセージ文学」なるジャンルがあるとしたら、この物語は間違いなく殿堂入りする価値のある作品だったということになるだろう。

ネズミに食い散らかされてしまった後の脂身を、丁寧に処理する部分の描写もいい。

さいわい、そこに女官長がやってきて、あつかましいお客たちをおっぱらったので、やっといくらかの脂身はのこった。呼ばれてやってきた宮廷数学者の指揮のもとに、その脂身が、すべてのソーセージにゆきわたるよう、上手に切りわけられた。(ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」上田真而子・訳)

宮廷数学者まで駆り出されているのだから、ソーセージを作るということは、王様にとって、本当に大切なことだったのだ。

すべてのソーセージ好きの人は読むべき物語

もっとも、子どもたちにとって大切なことは、ソーセージよりもお菓子だったはずだ。

無事に、ネズミの王様に勝利したクルミ割り人形に案内されて、<主人公>マリーが訪れたのは、<お菓子の都>だった。

「まあ、なんてきれいなの、ここは!」マリーはすっかり心をうばわれて、さけびました。「クリスマスの森にきているんですよ、おじょうさま」クルミわりがいいました。(ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」上田真而子・訳)

<お菓子の都>は、<クリスマスの森>を通って<キャンデーの町>に入り、<コンポートの里>を抜けた向こう側にある都会の街だ。

少女マリーが、勇者クルミ割り人形に導かれながら<お菓子の都>へと向かう小さな旅は、この物語のクライマックスとも言える場面だろう。

氷砂糖の牧場、アーモンドと干しぶどうの門、クッキーの大理石、オレンジ川にハチミツ川、アーモンドミルク湖へ流れこむレモネード川、ハチミツクッキーの魚、紙の国とチョコレートの国の王さま、バームクーヘンの記念碑(オベリスク)、ジンジャーエールやレモネードの噴水。

幼い子どもたちが夢に見るようなファンタジーの世界が、そこにはある。

しかし、夢見てばかりではいられない世の中の現実が含まれていることも、また、この物語の大きな教訓の一つだろう。

「ああ、あれですか。シュタールバウム家のおじょうさま」クルミわりはこたえました。「お菓子屋とは、ここでは、よくわからないけれどもとても無気味なおそろしい力のことをそう呼んでいるのです。人間をどうにでもおもうように変えることができると信じられている力のことです」(ホフマン「クルミわりとネズミの王さま」上田真而子・訳)

お菓子とは、子どもたちに夢を与える存在にもなれば、子どもたちをダメにする道具にもなってしまう。

ただ楽しいばかりが、クリスマスの物語ではないのだ。

などという難しい解釈はともかく、久し振りに読んで楽しい物語だった。

特に、ソーセージ・パーティーのエピソードは、やっぱりいい。

世の中のすべてのソーセージ好きの人は、読むべき物語だと思う。

書名:クルミわりとネズミの王さま
著者:ホフマン
訳者:上田真而子
発行:2000/11/17
出版社:岩波少年文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。