末続堯「一万円の骨董・アンティーク」読了。
本作「一万円の骨董・アンティーク」は、1999年(平成11年)2月に京都書院から刊行されたガイドブックである。
この年、著者は65歳だった。
骨董蒐集の基本を知る
骨董を集め始めたのは、2000年(平成12年)前後のことだったと思う。
さしたる経済力があるわけでもないので、高級な骨董品やアンティークには、もちろん縁がなかった。
場末の骨董屋や青空骨董市へ出かけて、昔懐かしい生活骨董(つまりはガラクタ)を買って帰る。
小遣い銭で買える程度のガラクタ買いを楽しんでいた。
教えてくれる人もいないので、本を読んで骨董を学んだ。
当時、書店の「骨董・アンティーク」の棚には、末続堯(すえつぐ・たかし)の著作がいくつか並んでいて、自然と末続さんの本が自分の教科書となった。
とりわけ、出版されたばかりだった『一万円の骨董・アンティーク』は、何度も繰り返し読み返すほど、自分の愛読書となった。
「1万円で骨董が買える」というコンセプトには、もちろん惹かれたが、「1万円で骨董を買う」という姿勢に、より惹かれたと言った方がよかったかもしれない。
結論からいうと、一万円で骨董アンティークを探すということは恥ずかしいことでも何でもない。もっと肩の力を抜いて、日用品、それもひと昔前誠実に作られた日用品を探すつもりで始めれば良いのである。(末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
末続さんの本からは、骨董蒐集の哲学とも言うべきものを多く学んだ。
気を付けなければいけないのは、古いから良いというものではないということである。(略)同じ値段なら江戸の下手より、大正の上手の皿を選んだ方がのちの評価は高くなろう。(末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
どのようなジャンルであれ「美しいものを選ぶ」ということが、末続さんの基本理念だった。
時代は下手をすると昭和に入るが、絵皿は時代で買うものではない。自分で納得できる絵柄で買えればそれでよしとすべきである。古伊万里は実に素晴らしい。(脱兎の皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
そういう意味で自分は、末続骨董教室の落第生だったかもしれない。
というのも、自分は、誰にも見向きもされないような、よりガラクタチックなものばかり買い漁っていたからだ。
骨董屋にとっては、ガラクタ回収をしてくれる貴重な客だっただろう。
それでも末続さんの骨董哲学は、この本を読むことで自分の身体に叩きこまれたと思う。
同時に、まったく知らない骨董の世界に関する知識を、少しずつ学んでいった。
この皿は、伊万里でも柿右衛門系だが、染付を含め犬を描いた皿は非常に少ない。犬は「往ぬ」(死ぬ)に通ずるから、皿にも掛軸にもあまり登場しないのだと教えてくれた骨董屋さんがいる。(伊万里童子犬図皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
骨董蒐集とは、まだ見ぬ世界の知的冒険である。
古いモノにまつわる知識を学ぶことが、既に骨董蒐集の楽しみだった。
その昔私は骨董屋さんの軒先の雨ざらしのミカン箱から、宙吹成型の昭和のかき氷コップを一個三百円ぐらいで買っていた。百五十個ほど集めたが置く場所に困り、一個千五百円になったところで売った。(略)黙って持ち続けていれば、バブル時には一個十五万円ぐらいまで行ったのである。将来の値上がりを期待して買っていたのではない。金もなかったからこんなものしか買えなかったのだし、美しく、また持っていて楽しいから買っていたのである。人に馬鹿にされようと、ただひたすらそれだけを買っていた。(伊万里童子犬図皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
骨董ブームの移り変わり(つまりは歴史)を知ることも、ひとつの勉強と言っていい。
歴史は繰り返す、と言うではないか。
骨董ブームで、染付が汐が引くように市場から姿を消し始めると、オバサマ族の標的は幕末明治の色絵へとシフトし始めたのである。インテリア雑誌のアンティーク特集で、昭和期の棚に、色絵の向付や鉢や皿がオンパレードで並ぶのが、新しいライフスタイルということになってしまった。(伊万里色絵向付/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
骨董蒐集は市場の状況に左右されるものだから、流行を無視するわけにはいかない。
自分の集めているものが、いつの間にかブームになっていたということさえある。
ほんの少し前までは、このような豆皿は一枚五百円か千円でいくらでも買えた。その頃は骨董屋さんで二~三万円の買い物をすると「良かったらお持ちなさい」と、おまけにつけてくれたものである。でも最近は骨董ブームのせいか、数千円、中には一万円を超すものもあって、ちょっと淋しい限りである。(江戸の豆皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
予算の限られている庶民派コレクターにとって、ブームによる相場の高騰ほど悲しいものはない。
そば猪口も随分高くなったものである。一個五百円、千円の世界はすっかり遠くなってしまい、元禄時代の花唐草など一個五万円などと云われると、阿呆らしくてもう買えない。そば猪口は雑器のたぐいである。(そば猪口/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
ブームになる前に買って、ブームになる頃には手を引くというのが、最も賢い方法だったかもしれない。
実際には、なかなか、そこまで潔くなれないのが人情というものだが。
ここ十年ほど、過ぎ去った大正時代への回顧が著しい。歴史は繰り返すというが、大正時代に流行したファッション・インテリアなどのリバイバルが広まる傾向を見せている。大正ロマンの代表格である夢二の絵に対する評価も急上昇した。(竹久夢二の楽譜/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
本書を読んだ後で、少しだけ「セノオの楽譜」を集めたことがある。
竹久夢二のイラストに惹かれたからと言うよりは、大正時代の人々のライフ・スタイルを追体験してみたいという気持ちがあったからだ。
思うに、大正時代の楽譜の魅力は、当時の人々のハイカラな暮らしに共感できるところにあったような気がする。
エルマンが編曲したシューベルトの「セレナーデ」などを聴いていると、たちまち大正時代へと転生したかのような錯覚に陥ることができるのと同じように。
伊万里を初めて手にしたいという人に、傷物の伊万里を買ってみるよう勧めている。ほんの小さな傷があるだけで、完品の五分の一、まごまごすると十分の一で売られる良質の古伊万里はたくさんある。(傷物の伊万里/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
末続さんの収集は投資目的の蒐集ではないから、傷物でもコレクションの対象になる。
値段の張るものは、傷物で十分に勉強した後で探しても遅すぎるということはない。
数多くある食器の中で、骨董品として飯碗ぐらい冷遇されているものもあまりない。(略)とにかく古伊万里でさえ、うかうかすると一客五千円ぐらいで買えてしまうのだ。(鶴の印判飯碗/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
他者と異なる視点を持つということは、庶民派コレクターに重要なポイントである。
印判は、量産向きの、云ってみれば当時でも安物の皿である。(略)印判は安いものだから、数ばかり集めたがる人がいるが、第二の伊万里ブームをあてこむのは見当ちがいだ。たとえ一枚でも、面白い、楽しめる図柄をコツコツ集めた方が良い。(アール・ヌーヴォー印判皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
人気のないものを知ることも、骨董蒐集には必要な勉強である。
相場の安いものを間違って(騙されて)高い値段で買ってしまうのも悲しい。
骨董市で邪魔者扱いされているものの中に七宝の花瓶がある。新しいものを買おうとすると、安いものでも三万円、高い方では二十万、三十万もざらであるのに、骨董に姿を変えると一万円前後の価格となってしまう。(アール・ヌーヴォー印判皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
その頃、人気の出てきたものにガラス雑貨があった。
骨董ブームが始まった頃のものだから、初心者は図録片手に古伊万里にうつつを抜かしていて、ガラス製品は未だマイナーな位置にとどまっていた。今は骨董屋さんの勉強も進み、昔ほどの期待は持てないが、まだ掘り出しの可能性は高い。日本ではプレスガラスについて参考となる図書が少ないからだ。(切子風緑ガラスコップ/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
坂崎幸之助(アルフィー)の『和ガラスに抱かれて』の出版が2001年(平成13年)。
自分が、骨董市に通い始めたとき、ガラスブームは既に始まっていたのだ。
それまでは、サントリー美術館の図録『プレスガラスの美』(1984)が貴重な資料だったらしい。
骨董エッセイのおもしろさを知る
末続さんの著作は、教科書として勉強するだけではなく、読み物として読んでも楽しい。
そうでなければ、こんなに何冊も、しかも何度も読み返したりはしなかっただろう。
長崎の骨董屋さんは大方眼鏡橋の近くに集まっている。そのあたりで二~三軒を覗いたあと、目ぼしいものがないので橋の先を折れ、広い通りに出たところで古美術の看板に出くわした。(平戸の美人杯/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
旅先で骨董を買う話は、ちょっとした旅行エッセイとして楽しむことができる。
実際、良い出会いのあった旅は、いつまでも心に残っているものだ。
茨城県牛久市にある牛久大仏のフリーマーケット、ガラスものばかり随分買ったなあ……。
ヤフオクやメルカリで仕入れていたのでは味わうことのできない、旅の思い出である。
骨董屋さんに行く楽しみは二つある。その一つは骨董を見に行くこと、他の一つは骨董屋の奥さんに会えること。骨董屋さんにはどう云うわけか美人が多いのである。(平戸の美人杯/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
ゼロ年代のスローライフ・ブームの頃、女性店主が経営する小さな雑貨店が、あちこちにできた。
その多くは店を閉じてしまったが、確かにきれいな人たちが多かったような気がする。
雰囲気の柔らかい女性店主の店は入りやすいし、気持ち良く買い物をすることができた。
欲張った値段を付けていることも少なかったのではないだろうか。
名付けて「若返る」。(略)「わかがえる」の「わか」は美人の骨董屋さんの名前で、そこから嫁入りしてきた蛙だから「わかがえる」。(蛙のガラス文鎮/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
店頭にあってもスルーしてしまいそうなモノが、本で見ると逸品に見える。
「若返る」と命名されたカエルの文鎮も、美人店主の魔力で目覚めたのかもしれない。
鼓型のビールグラスは、末続さんの本を読んで集め始めたもののひとつである。
根気良く一客ずつ骨董市で拾い集めて来たもので、良くある機械成型のコップのように、箱入りでドサッと出ることはまずない。多分飲み屋で使われているうちに、一客また一客という風に割れていって、最後に一~二客残ったものが不揃いになり、捨てられたのだろうと想像している。(手吹ビアグラス/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
古いものはぽってりと肉厚で重い。
札幌市内の骨董屋にも並んでいたが、ひととおり買い漁ってしまうと、いつの間にか珍しいものなってしまった。
最近は時間の流れが早い。年をとったせいかとも考えてみたが、昔とちがい、今は時代の移り変るスピードが早いのである。おそらく平成の一年は、江戸の百年にも相当しよう。だから骨董屋さんの前では、たとえそうでも、決して「ウチにもある」「ウチで使ってる」と口にしてはいけないのだ。(ノリタケのカップ/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
大通公園のイベントに骨董屋が並ぶと、何も知らない善良な市民が集まってきて、商品を好き放題に触りながら「これ、うちにもあったよ」「こんなにするんだ」「うちのも取っておけばよかったね」などと喋り散らしている。
どこの家庭にあったものでも、現在ないから貴重なのであって、多くの市民が棄ててしまったからこそ、今あることに価値があるのだ。
古道具屋さんが消え去りつつある。どこの小さな商店街にも一軒はあった店が、最近は見かけなくなった。古道具屋さんの店内には、美術品とまではいかない骨董と、使い古しの家具、運動具、楽器などが、軒先まで積み上げられていた。(蘭図高杯二客/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
近年は、(自称)骨董屋が、かつての古道具屋の役割まで果たしているのではないだろうか。
古いモノが欲しかったら、とにかく骨董市へ行けば見つかるのではないか、といった期待がある。
朝未明に起きて、一度蚤の市を覗いてみることをおすすめする。デパートや商店街には閑古鳥が鳴いているというのに、ここばかりは既に朝八時頃から人の波で埋まっていることに驚くだろう。(末続堯「一万円の骨董・アンティーク」あとがき)
札幌の青空骨董市はのんびりしているので、早朝に行っても何も買えない(まだ準備ができていないから)。
そもそも、豊平神社の境内を「人の波が埋めつくす」などということは、およそあり得ないだろう。
朝の散歩気分でゆっくりと店を冷やかして歩くのが、札幌流骨董市の楽しみ方である。
東京で定期的に開かれる青空市では、東郷神社、花園神社、乃木神社などがメジャーで、新井薬師や富岡八幡宮などはマイナーに属する。メジャーは都心に近く、動員力のある反面、客側の争奪戦も激しく、なかなかこれはという品物に行きあたらない。マイナーの市には、都心に参入できない地方の骨董屋さんが多く、規模の小さい割にはユニークな品物が見つかる。後者は、客もほとんど近隣の人たちである。(瀬戸飴釉小皿揃「一万円の骨董・アンティーク」)
札幌の青空骨董市も、近年は豊平神社だけになってしまった。
東本願寺やすすきの成田山が骨董市で賑わっていた頃が、もしかすると、札幌の骨董ブームの時代だったのかもしれない。
とにかく、毎週どこかへ出かけては、骨董漁りに精を出していたような気がする。
お店を持つ骨董屋の店主とは、朝の骨董市で顔を合わせることが多かった。
他に骨董仲間があるわけでもないので、骨董自慢は自然、骨董屋さんと競うことになる(他愛のない競争だが)。
骨董俱楽部には九十名の会員がいるが、主婦、学校の先生、お医者様、前衛アーティスト、お茶の師匠、カメラマン、商社マン、公認会計士、スタイリスト、工業デザイナー等々職業も年令もバラバラ。(略)集めるものは各々ちがうが、共通しているのは骨董蒐集のビギナーであるということである。(葡萄の皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
もしかすると、札幌にも、そんな骨董クラブがあったのだろうか。
組織に属することが苦手な独立独歩の人だったから、学生時代から「クラブ」なるものには縁がなかった。
蚤の市の段ボール箱にはしばしばカフス釦が落ちている。これがまめに拾うと結構面白い。洒落たものを実用に供するのは安上がりなダンディズムだ。(カフス釦/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
骨董市の段ボール箱の底を漁るほど、背徳的な行為はない。
知っている人には見られたくない姿だが、骨董市巡りの醍醐味は、段ボール箱の底に潜んでいると言ってもいいくらいだ。
几帳面な業者さんより、整理の苦手なだらしのない業者さんに人気が出るのも納得である。
どれほど欧米流を真似ても、日本製であることをさらけ出してしまうところが、私の好みにぴったりである。手を抜かず、きちんと几帳面に出来ているのも、日本製ならではである。(フィフティーズ犬の灰皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
本書には、様々なジャンルの(しかも一万円程度の)骨董・アンティークが紹介されている(骨董50篇、アンティーク50篇、計100篇)。
ひと口に骨董蒐集といっても、本当にいろいろな趣味が(そして、いろいろな観点が)あるんだなあと思う。
この本を読んだからというわけではないが、日本製の西洋雑貨が好きだった。
いわゆる舶来品にはない日本製の魅力がある。
高円寺のアンティーク・ショップでレチナを買った。シャッターの調子が悪いので安くしますということであった。(フィフティーズ犬の灰皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
本書の作者(末続さん)は、本当にいろいろなところで古いものを買い集めている。
骨董好きというのは、あらゆる機会を逃さないものだ。
おそらく「歩くこと」と「骨董を探すこと」が、同じ行為になっていたのだろう。
私が洋書を買うのは、もっぱら装丁か、中の挿絵が目当てである。十九世紀から二十世紀初頭にかけてのハードカバー本には美術的にすぐれた体裁を保つものが少なくない。(フィフティーズ犬の灰皿/末続堯「一万円の骨董・アンティーク」)
もちろん、古本屋に顔を出すことも忘れない(「骨董屋さん、リサイクル市ばかり覗いているのも能がないことだ」)。
骨董屋と古書店では専門性が異なるので、たまに掘り出し物を見つけることがある。
市内の古本屋で買った(地元の)女学校の卒業アルバムは、骨董市では人気がある品物だろうし、古本屋で評価の高い稀少な古書も、骨董市に並ぶと一冊500円からになってしまう。
もっとも、最近は猫も杓子もネットで相場を調べる傾向があるので、業界の格差は少なくなってきているかもしれない。
もとより、本書の出版(1999年)から、既に25年以上が経ってしまった。
骨董蒐集の世界における「流行不易」を知る上でも、本書は貴重な史料となっている。
書名:一万円の骨董・アンティーク
著者:末続堯
発行:1999/02/01
出版社:京都書院アーツコレクション


