読書体験

高橋健二「ケストナーの生涯」ナチスから逃げなかった児童文学作家

高橋健二「ケストナーの生涯」あらすじと感想と考察

高橋健二「ケストナーの生涯」読了。

本書「ケストナーの生涯」は、1981年(昭和56年)に刊行された作家伝である。

この年、著者は79歳だった。

ドレースデンの抵抗作家・ケストナー

1959年(昭和34年)、フランクフルトで開かれた第三十回国際ペン大会において、日本の川端康成と並んで、国際ペンクラブ副会長に選ばれたのが、西ドイツペンクラブの会長、エーリヒ・ケストナーだった。

日本がそうであったように、ドイツもまた、戦後国際社会への復帰は、決して簡単なものではなかったという。

ケストナーは、ナチス・ドイツにおいて、国外に亡命することなく、国内に留まり続けながら、ナチス政権に懐柔されることのなかった稀有の作家だった。

本書のサブタイトルに「ドレースデンの抵抗作家」とあるのは、ケストナーがナチスに抵抗し続けた作家であることを示している。

1899年(明治32年)、ドレースデンに生まれたケストナーにとって、戦後は二回あった。

第一次世界大戦の戦後と、第二次世界大戦の戦後である。

最初の戦後時代、ケストナーは、新聞に詩や警句や劇評などを書くアルバイト学生として過ごした後、作家への道を歩き始めた。

ケストナーに児童文学を書くように勧めたのは、「ドリトル先生」や「くまのプーさん」をドイツ語で翻訳出版していた児童出版社だった。

「子どもの本を書きなさい」と彼女はケストナーに言った。彼はなんでもやる気でいたが、子どもの本を書くことだけは考えていなかったので、その提案に面くらった。未亡人は彼に「あなたの書くものには子どもがよく出て来ます。子どものことはよく知っていらっしゃる。ほんの一歩です。子どもについて書くだけでなく、子どものためにもお書きなさい」とすすめた。(高橋健二「ケストナーの生涯」)

1929年(昭和4年)、こうして生まれたのが名作『エーミールと探偵たち』である。

ケストナーは、小説の中に、自分の少年時代を書き込んだと言われている。

本書の著者(高橋健二)は、作品こそがケストナーの伝記であると指摘しているほどだ。

1929年(昭和4年)から1934年(昭和9年)にかけて、ケストナーは、『エーミールと探偵たち』『点子ちゃんとアントン』『五月三十五日』『飛ぶ教室』『エーミールと三人のふたご』といった児童文学のほか、反モラル小説『ファビアン』、さらには社会風刺的な詩集など、多くの作品を発表した。

人気作家となったケストナーは、ドイツのペンクラブ会長に選ばられるが、政権に批判的な姿勢を示していたため、ドイツ国内における著作の発表を禁じられてしまう。

ナチスによる迫害を恐れて、多くの作家が外国へ亡命したが、ケストナーはドイツに留まり続けた。

ケストナーは、作家としての自分の目で、何が起きているかを観察し、いずれ、そのことを書かなければいけないと考えていたのだ。

反社会的な作家の著作が燃やされる焚書事件には、ケストナーの作品も含まれていたが、『エーミールと探偵たち』や『飛ぶ教室』など、子ども向けの本は焼かれなかったという。

第二次大戦の戦前に二回、ケストナーはゲシュタポに逮捕されているが、いずれも警告だけで解放された。

ナチス政権としても、人気作家ケストナーの扱いには逡巡するものがあったのかもしれない。

二つの世界大戦に翻弄された作家・ケストナー

外国での著作発表は禁じられていなかったので、ケストナーは、『雪の中の男』『消え失せた微細画(消え失せた密画)』『小さい国境往来(一杯のコーヒーから)』などのユーモア小説を、スイスの出版社から刊行している。

第二次世界大戦が始まってからも、ケストナーはドイツに残って、戦争を見つめ続けたが、一部では、ナチスの仲間に入ったと報じられたことも、誤って死亡記事が掲載されたこともあったらしい。

やがて、敗戦とともにナチス政権は崩壊し、ケストナーはドイツ国内において、作家としての活動を再開する。

警句詩集の巻頭に置かれた「言うことを持っているものは、急がない。時間をかけて一行で言う」という言葉は、戦時中のケストナーの気持ちを象徴しているものだったのかもしれない。

ちなみに、ケストナーと川端康成は、同じ1899年(明治32年生まれ)の同級生だった。

戦後のケストナーは、『動物会議』や『ふたりのロッテ』などの児童文学を発表しているが、振り返ってみると、ケストナーの人生は、二つの世界大戦に翻弄された人生であったと言うことができるのではないだろうか。

今回、ケストナーについての評伝を読んだことで、過去に読んだケストナー作品についての理解も深まったような気がする。

代表作『飛ぶ教室』に、社会的な寓話が込められているように感じたのも、それが、時代の空気だったということなんだろうなあ。

書名:ケストナーの生涯
著者:高橋健二
発行:1992/01/16
出版社:福武文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。