現代日本文学

柳美里『JR上野駅公園口』考察|国に尽くし、国に棄てられた男の「祈り」と「怨念」

柳美里『JR上野駅公園口』考察|国に尽くし、国に棄てられた男の「祈り」と「怨念」

柳美里『JR上野駅公園口』は「救い」のない物語である。

どれだけ尽くしても報われることのない人生。

そして、それがニッポンという国の、ひとつの真実だった。

今回は、2020年に「全米図書賞(翻訳文学部門)」を受賞した名作を、独自の視点から考察してみたい。

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国を愛した男の物語

本作『JR上野駅公園口』は、死んだ男によって語られる物語だ。

目を閉じるのが怖かった。幽霊のようなものが怖いのではない。いつ終わるかわからない人生を生きていることが怖かった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

生きていることの恐怖から逃れるように、男は故郷を捨てて東京へと向かう。

鹿島駅から常磐線に乗り、終点の上野駅で降りた。公園口改札から表に出ると、上野も雨だった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

主人公にとって、上野は生きるための町ではない。

男は、生きることを捨てるために、上野公園のホームレスとなったのだ。

最初の上京は、高度経済成長の時代だった。

東京オリンピックの前の年、昭和三十八年二月二十七日、暮れも押し迫った寒い朝、まだ暗いうちに家を出て鹿島駅に行き、五時三十三分の常磐線の始発列車に乗った。上野駅に着いたのは昼すぎだった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

日本の高度経済成長を、主人公は出稼ぎ労働者として支える。

昭和三十五年二月二十三日に生まれた長男には、親王から漢字をもらった名前をつけた。

浩宮徳仁親王と同じ日に生まれたから、浩の一字をいただき、浩一と名付けようと思った。(柳美里「JR上野駅公園口」)

主人公は、ニッポンという国を愛していたのだろう。

かつて、故郷を訪ねた昭和天皇の姿を鮮明に記憶している。

昭和二十二年八月五日、原ノ町駅に停車したお召し列車からスーツ姿の昭和天皇が現れ、中折れ帽子のつばに手を掛けられ会釈をされた瞬間、「天皇陛下、万歳!」と叫んだ二万五千人の声──。(柳美里「JR上野駅公園口」)

もちろん、主人公も、お召し列車に手を振った二万五千人の中の一人だった。

東北の貧農に生まれた男の人生には、いつでも昭和天皇の存在があった。

三十歳の時に東京に出稼ぎに行く腹を決め、東京オリンピックで使う競技場の建設工事の土方として働いた。オリンピックの競技は何一つ見なかったけれど、昭和三十年十月十日、プレハブの六畳一間の寮の部屋でラジオから流れてきた昭和天皇の声を聞いた。(柳美里「JR上野駅公園口」)

男は間違いなくニッポンを愛していた。

だからこそ、彼は自分の息子に「浩一」と名付け、最後の瞬間まで天皇陛下に手を振り続けたのだ。

時速十キロメートルで徐行していた車がゆっくりと歩くぐらいの速度になり、後部座席の窓が開いた。てのひらをこちらに向け、揺らすように振っているのは天皇陛下だった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

いつでも国を支え続けてきた。

家庭を犠牲にしてまで、ニッポンのために働き続けてきた。

あの日、一人息子の浩一が突然死んでしまう前までは。

眠っているうちに死に、眠っているようにしか見えない浩一の、自分そっくりな顔を見ていると、自分の人生はなんだったんだろう、なんて虚しい人生だったんだろう、と思わずにいられなかった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

ニッポンは、国のために尽くした男に報いてくれるほど、優しい国ではなかった。

息子と妻を亡くしたとき、男は人生から降りてホームレスとなる。

彼にとって、それは、生と死の境界線で生きていくことを意味していた。

やがて、上野公園からも追われるようにして、男は「境界線」を越える。

いくつもの道が過ぎ去った。目の前には一つの道しか残されていない。(柳美里「JR上野駅公園口」)

本作『JR上野駅公園口』は、そんな男によって語られる「国を愛した男の物語」だ。

生と死の境界線がはっきりしない人生を生きる

男にとって、「昭和天皇」は日本国民の象徴であり、「上野恩賜公園」はニッポンそのものの象徴である。

昭和天皇は、主人公の人生にいつでも寄り添っていたし、そのことに男は励まされてもきた。

しかし、上野公園は(ニッポンは)安住の地ではなかったらしい。

あの日は、ホームレスの間で「山狩り」と呼ばれる「特別清掃」が行われる日だった。天皇家の方々が博物館や美術館を観覧する前にコヤを畳み、公園の外に出なければならなかった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

天皇家の人々が「山狩り」を知らないように、日本国民たちも「山狩り」のことなんて知らなかった。

生きているときから、彼らは「見えない人間」だったのだ。

死者の目線によって語られる「上野公園を利用する人々の光景」は、男が生きていたときから見てきた光景だ。

この物語の恐ろしさは「生と死の境界線がはっきりしない」というところにある。

それは、「貧農の出稼ぎ労働者」として生き、「上野公園のホームレス」として死んだ男の人生そのものだったかもしれない。

ただ慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることができなかった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

一見、優しい上野は(ニッポンという国は)、決して優しい街ではなかった。

関東大震災の被災者を受け入れ、「上野恩賜公園」と名付けられた公園からさえ、彼らは追い払われていく。

彼らはそれを自分の「運の悪さ」として理解した。

「これまで苦労ばっかして仕送り金ぇ注ぎ込んで、これがらやっと楽できるはずだったのに……おめえはつくづく運がねぇどなあ……」(柳美里「JR上野駅公園口」)

人生の厳しさを、男は誰かのせいにしたりしなかった。

ただ「運がなかっただけだ」と信じていた。

もちろん「運が悪かった」だけはなかった。

ニッポンは国民の貢献に報いるほど親切な国ではなかった、というだけのことなのだ。

だから、この物語が描いているのは「ニッポンという国の頼りなさ」である。

どれだけ働いても、人生は決して報いてくれることがない現実を、この物語は教えてくれた。

それは、絶望ではなく、次の世代が生きていく明日への祈りである。

自分と天皇皇后両陛下の間を隔てるものは、一本のロープしかない。飛び出して走り寄れば、大勢の警察官たちに取り立てられるだろうが、それでも、この姿を見てもらえるし、何か言えば聞いてもらえる。なにか──。なにを──。声は、空っぽだった。(柳美里「JR上野駅公園口」)

明日に必要なことは、彼らの姿を見ることだ。

彼らは、生きているときから「見えない人間」だった。

「死者」によって語られる物語は、「見えない人間」によって語られる物語でもある。

物語の構造そのものが、現代社会に対する強い抗議となっているのだ。

山手線のプラットフォームで見た彼の「津波」は、まるで、ニッポンに対する怨念のようにさえ読める。

麻里はハンドルを握ってアクセルを踏み、バックのまま国道六号線に向かったが、黒い波が車を追い掛け、吞み込んだ。引き波に持って行かれ、孫娘と二匹の犬を乗せた車が海中に沈んだ。(柳美里「JR上野駅公園口」)

巨大な津波は、彼の故郷・南相馬市と一緒に、彼の人生を呑み込んでいった。

ニッポンを愛し、ニッポンのために働き続けた男の72年間の人生。

提示されているのは「ホームレスは、なぜホームレスなのか」という素朴な疑問だ。

「自己責任」という幼稚な言葉だけでは説明のできない大きなからくりが、そこにはなかっただろうか。

もしかすると、巨大なからくりへの入り口こそが「JR上野駅公園口」だったのかもしれない。

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『JR上野駅公園口』の次に読みたい本

『JR上野駅公園口』は、ホームレスの人々の過酷な生活を可視化した小説でした。

ここでは、『JR上野駅公園口』を読んだ後におすすめの作品を3冊紹介します。

逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』

格差社会の中で転落していく人々の姿を描いています。転落の先に希望があるので「救い」を求めている人に、おおすすめです。

逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』あらすじと詳細考察はこちら

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ジャック・ロンドン『どん底の人びと』

『野性の呼び声』で知られるジャック・ロンドンによるスラム街探訪記。ホームレスと化して、貧民街の実態を記録したルポルタージュです。

ジャック・ロンドン『どん底の人びと』あらすじと詳細考察はこちら

ジョージ・オーウェル『パリ・ロンドン放浪記』

『1984年』で有名なジョージ・オーウェルが描いた貧民街のドキュメンタリー。著者自身がホームレスとなってスラム街の現実をあぶりだしていく。

ジョージ・オーウェル『パリ・ロンドン放浪記』あらすじと詳細考察はこちら

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文学考察ブログ『時空標本』管理人。感想以上、批評未満。深読み癖あり。