J.D.サリンジャーの日本オリジナル短篇集に、新たな一冊が加わった。
柴田元幸・訳『サリンジャー初期短篇全集』である。
サリンジャーが生前に単行本化したのは『ライ麦畑でつかまえて』『ナイン・ストーリーズ』『フラニーとゾーイー』『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-』の4冊のみだが、雑誌等に発表された短篇は全部で30作にのぼる。
このうち『ナイン・ストーリーズ』収録の9作を除く21作は、本国アメリカでは単行本化が認められていないために読むことができない。
一方、日本では不思議なことに、これらの作品が古くから翻訳・出版されてきた。
荒地出版社『サリンジャー選集』(1968)のほか、近年では金原瑞人訳による2冊──『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』(2018)と『彼女の思い出/逆さまの森』(2022)──が、その多くをカバーしている。
それでは、今回の『初期短篇全集』は、この2冊と何が違うのか。
結論から言うと、全21篇のうち17篇は金原瑞人訳で読めるものの、入手困難な状態となっていた残り4篇を含めて収録されているのが、本作『サリンジャー初期短篇全集』である。
本記事では、この「空白の4篇」を中心に、翻訳の系譜を整理していきたい。
なお、サリンジャー最後の作品「ハプワース16、1924年」は、本全集には収録されていないので留意する必要がある。
『サリンジャー初期短篇全集』とは?
本作『サリンジャー初期短篇全集』は、柴田元幸の新訳による、サリンジャーの作品集である。
書名:サリンジャー初期短篇全集
著者:J.D.サリンジャー
訳者:柴田元幸
発行:2026年7月30日
出版社:河出書房新社
本作には『ナインストーリーズ』に収録された作品(9篇)を除く、すべての短編小説(21篇)が収録された。
収録作品(目次より)は以下のとおり。
・いまどきの若者
・エディに会いに行けよ
・コツをつかめば
・壊れた物語の心
・ロイス・タゲットの長い長いデビュー
・ある歩兵隊員に関する個人的メモ
・ヴァリオーニ兄弟
・雷が鳴ったら起こしなよ
・一軍曹の死
・最後の休暇の最後の一日
・週に一ぺんくらい死にやしねーだろ
・イレーン
・フランスにいる少年
・このサンドイッチ、マヨネーズないよ
・赤の他人
・僕は頭がおかしい
・マディソン・アベニュー近辺で起きたささいな反乱
・ウェストが全然ない一九四一年の女の子
・転倒した森
・ウィーン、ウィーン
・針音だらけのレコード盤
「全集」と銘打たれている通り、これまで金原瑞人訳の2冊に分かれていた作品を、一冊に集約した構成になっている。
数十年ぶりに新訳された4篇の小説
21篇のうち、以下の4篇は、金原瑞人訳のどちらの巻にも収録されていない。
・エディに会いに行けよ
・週に一ぺんくらい死にやしねーだろ
・イレーン
・ウェストが全然ない一九四一年の女の子
これらは、荒地出版社『サリンジャー選集』(渥美昭夫・刈田元司訳、1968)や、角川文庫『若者たち』(鈴木武樹・訳、1971)などの旧訳でしか読むことができなかった作品群である。
旧訳での題名は、それぞれ次のとおり。
・「エディに会いな」(荒地出版社版)
・「エディに会いに行けよ」(角川文庫)
・「週一回なら参らない」(荒地出版社版)
・「週に一度ならどうってことないよ」(角川文庫)
・「イレーヌ」(荒地出版社版)
・「イレイヌ」(角川文庫)
・「ウェストのぜんぜんない一九四一年の若い女」(荒地出版社版)
・「ウェストのぜんぜんない一九四一年の若い女」(角川文庫)
いずれも1960〜80年代の訳文のまま、長らく新訳が出ていなかった作品である。
今回、柴田元幸の手によって、実に数十年ぶりに新しい訳文で読めるようになった。
「エディに会いに行けよ」
原題「Go See Eddie」(1940)。
既婚男性と不倫の恋愛を繰り返す妹ヘレン。
兄ボビーには、そんな妹が痛々しく見えている。
「ハンスン?」と彼女は言った。「あたし。あたしたち。あたしたち二人。あんたったら」(J.D.サリンジャー「エディに会いに行けよ」柴田元幸・訳)
自分を損ない続けるヘレンの姿は、現代から見ても決して昔話とは思われない。
現代的な若者の「生きづらさ」をスケッチした作品。
「週に一ぺんくらい死にやしねーだろ」
原題「Once a Week Won’t Kill You 」(1944)。
1944年(昭和19年)3月。
青年は戦争へ行かなければならない。
母親の妹である叔母さんの世話を、自分の嫁に託して。
「週に一ぺん映画に連れてってくれてもいいだろ」と男は言った。「死にゃしねーだろ」「誰が死ぬなんて言った? あたしい一ぺんでも言った、死ぬって?」(J.D.サリンジャー「週に一ぺんくらい死にゃしねーだろ」柴田元幸・訳)
死ぬかもしれないのは、今まさに戦地へ出かけようとしている主人公の青年である。
サリンジャーは、やはり、優れた戦争文学の作家だった。
「イレーン」
原題「Elaine」(1945)。
映画好きの祖母と母親とに育てられたイレーンは、少し知恵遅れの美少女だった。
映画館で働いている青年に誘われて、彼女は結婚式まで挙げてしまうが、もちろん、この結婚はうまくいく見通しが立たない。
花嫁、母親、祖母が通りを歩いていく。(略)「映画に行くのよ。いい映画に」(J.D.サリンジャー「イレーン」柴田元幸・訳)
一般社会を拒絶する彼女たちは、映画という世界の中でしか生きていけなかった。
生きづらさを抱えた女性三世代の虚しさが、そこに描かれている。
「ウェストが全然ない一九四一年の女の子」
原題「A Young Girl in 1941 with No Waist at All」(1947)。
1941年(昭和16年)、アメリカは世界大戦への参戦前夜にあった。
ゴージャスなクルーズ船の中でも、人々の関心は戦争に向けられている。
「アメリカはまだ参戦もしていないんだよ、お前」とウッドラフ氏は言った。それから「男の子は昔からずっと戦争に行かなきゃならなかったんだ。私も行った。お前の兄弟も行った」と言った。(J.D.サリンジャー「ウェストが全然ない一九四一年の女の子」柴田元幸・訳)
これから始まろうとしている「戦争」は、彼らの「戦争」とは異なっていた。
「ウェストが全然ない」という言葉に、緊張感に包まれた戦争前夜の社会が象徴されている。
金原瑞人訳との収録作対照
残り17篇は、金原瑞人訳の2冊いずれかで、すでに詳しく考察済みなので、作品ごとの精読は、それぞれの記事に譲りたい。
『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』(2018)収録分
| 初期短篇全集(柴田元幸・訳) | 金原瑞人・訳での題名 |
|---|---|
| いまどきの若者 | 若者たち |
| ロイス・タゲットの長い長いデビュー | ロイス・タゲットのロングデビュー |
| 最後の休暇の最後の一日 | 最後の休暇の最後の日 |
| フランスにいる少年 | フランスにて |
| このサンドイッチ、マヨネーズないよ | このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる |
| 赤の他人 | 他人 |
| 僕は頭がおかしい | ぼくはちょっとおかしい |
| マディソン・アベニュー近辺で起きたささいな反乱 | マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗 |
『彼女の思い出/逆さまの森』(2022)収録分
| 初期短篇全集(柴田元幸訳) | 金原瑞人訳での題名 |
|---|---|
| コツをつかめば | すぐに覚えます |
| 壊れた物語の心 | ボーイ・ミーツ・ガールが始まらない |
| ある歩兵隊員に関する個人的メモ | 新兵に関する個人的な覚書 |
| ヴァリオーニ兄弟 | ヴァリオニ兄弟 |
| 雷が鳴ったら起こしなよ | ふたりの問題 |
| 一軍曹の死 | おれの軍曹 |
| 転倒した森 | 逆さまの森 |
| ウィーン、ウィーン | 彼女の思い出 |
| 針音だらけのレコード盤 | ブルー・メロディ |
同じ作品でも、訳題や訳文のニュアンスが訳者によって異なる点は、読み比べの楽しみのひとつだろう。
なぜ「ハプワース16、1924年」は収録されていないのか?
サリンジャーが生前最後に発表した中篇「ハプワース16、1924年」は、本全集には収録されていない。
「訳者あとがき」には「この本には、J・D・サリンジャーが一九四〇年から四八年にかけて発表した、二十一本の物語が発表順に収められている」とあるから、1965年に発表されたサリンジャー最後の作品については、収録対象外となったものだろう。
なにしろ、本作のタイトルは「初期短篇全集」なのだから。
「柴田元幸」という訳者について
東京大学名誉教授・柴田元幸は、アメリカ文学の研究者であり、翻訳家としても活躍している。
サリンジャーについては、既に『ナイン・ストーリーズ』(河出書房新社)の翻訳がある。
作家・村上春樹と交流があることでも知られ、村上春樹の翻訳に柴田元幸が協力していることも多い。
村上春樹もサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)』や『フラニーとズーイ』を翻訳しているから、現在日本では、村上春樹&柴田元幸チームによるサリンジャー作品を楽しむことができる、ということになる。
本作巻末の作者紹介に「51年に刊行した長篇『キャッチャー・イン・ザ・ライ』」とあるのも、村上春樹の翻訳を意識しているためだろう。
FAQ『サリンジャー初期短篇全集』
Q. 初期短篇全集に「ハプワース16、1924年」は入っていますか?
A. 入っていません。
Q. 荒地出版社版や角川文庫版などの旧訳はどこで読めますか?
A. サリンジャーの古い書籍は、既に入手困難となっているので、図書館や古本屋で探すことになります。
Q. 柴田元幸訳と金原瑞人訳、どちらを先に読むべきですか?
A. 『サリンジャー初期短篇全集』が発売された以上、1冊で21篇の作品を読むことができる『サリンジャー初期短篇全集』から読むのがおすすめです(コスパが高い)。
まとめ│サリンジャーの謎を解き明かすために
『サリンジャー初期短篇全集』は、全21篇のうち17篇が金原瑞人・訳(2018・2022)とも重なる一冊である。
その意味では、目新しさが薄いように感じるかもしれない。
しかし、「エディに会いに行けよ」「週に一ぺんくらい死にやしねーだろ」「イレーン」「ウェストが全然ない一九四一年の女の子」の4篇は、荒地出版社版や角川文庫版以来、実に数十年ぶりに新しい訳文で読めるようになった作品だ。
つまり、この4篇にこそ、本書を手に取る意味がある、ということだ。
それにしても、本国アメリカでは単行本化すら認められていない作品群が、なぜ日本でだけ、こうして繰り返し新訳され続けてきたのだろうか。
荒地出版社の選集から、金原瑞人・訳、そして柴田元幸・訳へ。
半世紀以上にわたって、日本の読者と翻訳者たちは、サリンジャーが単行本化を拒んだ作品群を、それでも読み継ごうとしてきた。
その理由は、決して難しいものではない。
『ライ麦畑でつかまえて』や『ナイン・ストーリーズ』に魅了された読者は、サリンジャー作品に隠された謎を解き明かすためのヒントを求め続けてきた。
ホールデン・コールフィールドやグラース・サーガの謎の意味を知るために、僕たちはサリンジャーの初期短編にまで、こだわり続けているのである。
サリンジャーは、どこまでも奥の深い作家だ。
サリンジャー小説のおすすめランキングについては、以下の記事で詳しく解説しているので、ぜひ参考にしていただきたい。
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書名:サリンジャー初期短篇全集
著者:J.D.サリンジャー
訳者:柴田元幸
発行:2026/07/30
出版社:河出書房新社
