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庄野潤三論|江藤淳「治者の文学」から読み解く文芸批評の系譜

庄野潤三論|江藤淳「治者の文学」から読み解く文芸批評の系譜

庄野潤三の小説は分かりやすい、という。

分かりやすいからこそ、実は読み切れていないものもあるのではないだろうか?

本記事では、作家や文芸評論家が見た庄野潤三論について解説していきたい。

結城信一『作家のいろいろ』

1980年(昭和55年)、「空の細道」で日本文学大賞を受賞した小説家・結城信一による作家論。

「庄野潤三氏の魅力」のほか、『屋根』や「蟹」などの作品論が収録されている。

庄野潤三以外では、小沼丹をはじめ、永井荷風や室生犀星、岡鹿之助、駒井哲郎、和田芳恵、山室静、吉行淳之介などに関するものあり。

本作『作家のいろいろ』については、次の記事で詳しく解説しています。

結城信一『作家のいろいろ』~庄野潤三の作品と人柄に触れるエッセイ

進藤純孝『文壇私記』

「一二会」を通じて「第三の新人」と活発に交流したことで知られる文芸評論家・進藤純孝(しんどう・じゅんこう)のエッセイ集。

「第三の新人」世代が芥川賞候補の中心にいた時代、庄野潤三は家族を連れて大阪から上京してきた頃だった。

吉行淳之介、島尾敏雄、小島信夫、五味康祐、結城信一、近藤啓太郎、安岡章太郎、武田繁太郎、三浦朱門、庄野潤三、日野啓三、奥野健男、村松剛、浜田新一など、当時の若手作家たちの素顔が紹介されている。

本作『文壇私記』については、次の記事で詳しく解説しています。

進藤純孝『文壇私記』~「第三の新人」と呼ばれた作家たちの若き日々

川西政明『新・日本文壇史』

2006年に『武田泰淳伝』で伊藤整文学賞(評論部門)を受賞している文芸評論家・川西政明による文壇史の記録。

庄野潤三については「妻の自殺未遂事件」が紹介されている。

名作『静物』にはどのような背景があったのか?

あるいは、晩年の穏やかな作品がどのような経過を経て生まれたのか?

庄野潤三の「闇」に光を当てた『新・日本文壇史』については、次の記事で詳しく解説しています。

川西政明『新・日本文壇史』庄野潤三の浮気と妻の自殺未遂事件

斎藤禎『文士たちのアメリカ留学』

文藝春秋出身で、日本経済新聞出版社で代表取締役会長を務めた斎藤禎による作家論。

実際にアメリカ留学を体験した文学者たちの作品などをもとに、ロックフェラー財団「フェローシップ」が日本の文壇や作家に与えた影響を検証している。

庄野潤三の名作『ガンビア滞在記』は、安岡章太郎の『アメリカ感情旅行』との比較で論じられている。

本作『文士たちのアメリカ留学』については、次の記事で詳しく解説しています。

斎藤禎『文士たちのアメリカ留学』~アメリカと対峙しなかった庄野潤三

大島一彦『ジェイン・オースティン』

早稲田大学で小沼丹の教え子であり、後輩でもあった英文学者・大島一彦によるジェイン・オースティン論。

なぜ日本ではジェイン・オースティンが読まれないのか?

作者は、井伏鱒二や福原麟太郎、庄野潤三、小沼丹などの作家を引用しながら、ジェイン・オースティンについての論を展開していく。

イギリス文学論(大人の文学論)について綴った『ジェイン・オースティン』については、次の記事で詳しく解説しています。

大島一彦『ジェイン・オースティン』庄野潤三一家も愛した大人の文学の魅力

車谷長吉『文士の魂』

小説家・車谷長吉による文学エッセイ集。

庄野潤三の作品では、短編「さまよい歩く二人」が紹介されている。

庄野潤三の「何も起きない物語」が、なぜ小説になるのか?

それは、すべての読者の疑問でもあったかもしれない。

本作『文士の魂』については、次の記事で詳しく解説しています。

車谷長吉『文士の魂』庄野潤三も登場している個性派文学エッセイ

小川洋子の陶酔短篇箱

小説家・小川洋子が陶酔する魅惑の短篇小説十六篇。

その中に、庄野潤三の「五人の男」が含まれている。

庄野潤三には、なぜか女性ファンが多かった。

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江藤淳『成熟と喪失 “母”の崩壊』

文芸評論家・江藤淳は、庄野潤三の作品を「治者の文学」として高く評価した。

特に代表作『夕べの雲』には、自然や日常のなかに孤高を保つ「家長」の姿が描かれていると指摘している。

『われらの文学 第13巻(庄野潤三集)』でも解説を担当するなど、江藤淳は昭和期における庄野文学の良き理解者だった。

まとめ│「自分で体験したこと」にこだわり続けた作家

庄野潤三は、とらえどころのない作家である。

初期の「夫婦の不安」や「五人家族の日常」をはじめ、無名の市民に焦点を当てた「聞き書き小説」、アメリカやイギリスの旅行記、孫の成長を描いた「夫婦の晩年シリーズ」など、とにかく庄野文学は自由自在だった。

決して器用な作家とは言えない庄野潤三は、なぜこれほどまでに自由だったのだろうか?

それは、庄野潤三が「自分で体験したこと」にこだわりながら小説を書く作家だったからだ。

「自分の羽根」にこだわり続けたからこそ、庄野潤三は自由にテーマを選ぶことができた。

どれだけ離れているように見えても、すべては作家の手の届く範囲内に文学がある。

そこに庄野潤三という作家の魅力があったのではないだろうか。

どんな題材も「庄野潤三」というフィルターを通すことによって、それは「庄野文学」に変換された。

もしかすると、我々は「庄野潤三」という作家そのものを味わっていたのかもしれない。

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文学ブログ『時空標』では、庄野潤三の紹介に力を入れています。

詳細は、次の記事をご覧ください。

▶ 庄野潤三とは|芥川賞を”超えた”作家の魅力と代表作10選を徹底解説

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モグラのジェン
文芸コラム担当。感想以上、批評未満。深読み癖あり。感想はX(@jiku_hyohon)にてお待ちしています。