文学鑑賞

【こち亀】秋元治が<山止たつひこ>だった時代の幻の名作「派出所自慢の巻」

【こち亀】秋元治がだった時代の幻の名作「派出所自慢の巻」

秋元治先生の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載が終了したとき、彼は、自分の青春時代が終わったような気がした。

このとき、彼はもう49歳だったけれど、『こち亀』が続いている間は、なんとなく彼の青春も続いているような気がしていたのだ。

それほどまでに『こち亀』と彼とは長い付き合いだった。

彼が『週刊少年ジャンプ』を読み始めたのは、近所の床屋さんに置いてある雑誌が少年ジャンプだったからだ(もっとも、チャンピオンやマガジンやサンデーも置いていた)。

その頃、彼は小学生で、『こち亀』の作者も「山止たつひこ」という名前だった。

作者の名前が変わったことを、当時の彼は不思議には思わなかったけれど、本棚に並んだコミックスの作者の名前が不揃いであるということが気に入らなくて、後に彼は「山止たつひこ」名義のコミックスを、「秋元治」名義のコミックスにすべて買い直してしまった。

それが、どんなに重大な過ちであったかということに、当時の彼はもちろん気付いていなかった(日本中誰も気がついていなかっただろう)。

あるとき、古いコミックスを読み返しながら、彼は、自分の好きだった話が見つからないことに気がついた。

それは、両さんと中川さんが、別の派出所へ応援に行く話で、派遣先の派出所は、まるで旧・日本陸軍の軍隊のように危険な派出所だった。

何も知らない二人が、貴重な銃剣を焚き火に焼べて燃やしていく場面が最高におもしろかった。

特に、中川さんが神妙な面持ちで「それでは、、、」とつぶやいた後、「天皇陛下バンザーイ!」と叫びながら銃剣を燃やす場面は、最高にシュールな名場面だったのだ。

物語の内容は、登場人物の会話まで克明に覚えているのに、なぜか、その話だけが見つからない。

そのとき、彼は自分の犯した過ちに気がついた。

旧・日本陸軍の話は、あまりに危険すぎるため、別の話にすり替えられてしまったのだ。

小学生の頃から『こち亀』マニアだった彼は、すべてのコミックスを初版で揃えていたけれど、「山止たつひこ」という名前が混じっていることが嫌だったために、古いコミックスは「秋元治」名義のものに美しく買い換えられていた。

旧・日本陸軍の両さんは、古いコミックスとともに幻の作品となってしまったらしい。

彼は、自分の恐ろしい過ちにおののきながら『まんだらけ』へと走った。

旧・日本陸軍の話が収録されている『こちら葛飾区亀有公園前派出所(第4巻)亀有大合唱!?の巻』はすぐに見つかった。

まんだらけ値段は700円。

失くした思い出を見つけたようで、その日の彼は幸せだった。

彼の青春はとっくに終わってしまったけれど、少年の日の記憶は健在だ。

『こち亀』というタイム・カプセルのような漫画本とともに。

山止たつひこ

秋元治のデビュー当時のペンネーム。

「こち亀」100話で本名に改められるまで用いられていた。

当時『がきデカ』で人気のあった漫画家「山上たつひこ」のパロディである。

ちなみに、「山止たつひこ」名義のコミックスは第6巻まで発売されたが、増刷の際に「秋元治」名義へと変更されている。

派出所自慢の巻

両さんと中川さんが「水元公園前派出所」へ応援に行く話(1977年)。

班長の趣味で、そこは、旧日本軍の司令部のような派出所だった。

中川さんが、まだワルだった頃の、ハチャメチャなエピソードが楽しい。

古き良き時代の『こち亀』を象徴する物語である。

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。