朝日新聞学芸部「一句百景 俳句と私」読了。
本書「一句百景」は、1981年(昭和56年)に朝日新聞社から刊行された、俳句エッセイ集である。
未知の俳句と出会う楽しさ
本書は、朝日新聞の俳壇のページに掲載された俳句にまつわる随想を収録したものである。
プロの俳人以外の作家によって書かれたものが多く、管理人が、この本を購入したのも、目次に庄野潤三の名前を見つけたからである。
もっとも、実際に読んでみると、庄野潤三以外にも読むべきものが多かった。
だいたい、この手のエッセイの醍醐味というのは、自分の知らない、新しい俳句の世界に出会うことができる、ということにある。
例えば、吉岡実「回想の俳句」では、富田木歩と三ヶ山孝子の作品が紹介されている。
木歩は、「あしなえで学校にも行けず、いろはがるたと軍人めんこで、文字を覚えたといわれる悲惨な境涯に、心惹かれたのかも知れない」というコメントとともに、「提灯をつけて来る児や茄子の花」の句が引用されている。
一方の孝子は、まったく未知の俳人である。
私がひそかに愛誦する、戦後の境涯俳句の閨秀三ヶ山孝子の句業は、おそらく限られた人々にしか知られていないのではなかろうか。彼女も少女期に結核に罹り、片眼、片足の自由を奪われ、苦痛と死の恐怖にさらされながら、昭和三十年の春、二十六歳で亡くなっている。(吉岡実「回想の俳句」)
「生涯を床で飯食ふわが秋思」は、辞世の句とも言える素晴らしい作品だ。
尾崎一雄は、私小説作家・上林暁の句集『木の葉髪』を紹介した後で、仲間たちと共著で出した句集の話に触れている。
『群島』は、上林暁、山高登(新潮社出版部員)、関口良雄(古本屋山王書房主)の三人が、各々五十句ずつを持ち寄って三人句集を出そうとしたのがことの起こりで、これを聞きつけた私が、仲間に入れて欲しいと申し込んだため四人句集になり、ついで木山捷平未亡人が「木山が生きていたら……」と嘆いたため五人句集となった。(尾崎一雄「俳句あれこれ」)
このとき、尾崎一雄は五十句を用意することができなかったのだが、手元に控えていない俳句も、意外とあったらしい。
そんなふうに、私は自分の句を忘れる癖がある。メモ紙に書いておいても、その紙をなくしてしまったりする。例えば「みかん熟るる香につつまれてふるさとに」という奴は、敗戦の翌年秋作り、丁度そのころ出来た本の見返しに書きつけて浅見淵に贈ったのだが、それぎり忘れてしまったから『群島』に入れそこなった。浅見の没後、未亡人が返してくれた本を見て、こんなのもあったか、という始末だ。(尾崎一雄「俳句あれこれ」)
石塚友二が編集した『文人俳句歳時記』を読んで、自分の作品を発見したというのも楽しい。
文人俳句でも有名な小島政二郎のエッセイもある。
昔、若山牧水が、今の作者の和歌を読んでいると、読んだあとで、「ハァ、そうですか」と言えば済む歌ばかりだと嘆いていたことがあった。私は今、毎月九つの俳句雑誌を読んでいるが、全く牧水の言うように、「ハァ、そうですか」という以外に感想の浮かばない俳句ばかりだ。(小島政二郎「詩になる瞬間」)
そんな小島政二郎は、久保田万太郎のほかに、数人の女性俳人を紹介している。
石田あき子は、石田波郷の嫁で、「植木屋に嵩む払ひやきりぎりす」など、生活に根ざした俳句を詠んだ。
「天狼」一門だった三好潤子は、「河豚は毒捨てられ吾は毒のまま」「松葉杖つきし双手で髪洗ふ」のように、病躯の自身と向き合う句が引用されている。
俳句は第二芸術か?
おもしろいのは、桑原武夫の『第二芸術』に触れたサイデンステッカーの随想である。
桑原氏は同じように有名、無名の俳人の現代俳句十五句を匿名で選んで「同僚や学生など数人のインテリにこれを示して意見をもとめた」。ところが、氏の結論は、インテリは有名人と無名人の句の区別が全然出来ないから、現代俳句は第二芸術だと結論づけている。もちろん、それは氏の論文の全部ではないが、大体そういうことになっている。(E・G・サイデンステッカー「門外漢の見た俳句」)
イギリスのリチャーズは、同様の方法で学生に詩を見せた上で、「ほとんどの学生は批評家として失格だ」という結論を導き出した。
リチャーズの場合は「読者が駄目」で、桑原武夫の場合は「俳人が駄目だ」という、正反対の結論になっているわけで、サイデンステッカーは、こうした方法によって俳句を第二芸術とすることはできないと、自論を展開している。
俳句は数を競う文学でもあるので、句会によっては、必ずしもプロの方が高い点数を取るとは限らない。
しかし、多くの俳句を作る過程の中から、優れた作品が生まれてくることも、また事実である。
今回、本書を読みながら、未知の俳句にいろいろと出会うことができた。
俳句の世界は、エッセイで読んでも、やっぱりおもしろいと思った。
書名:一句百景 俳句と私
編集:朝日新聞学芸部
発行:1981/11/16
出版社:文化出版局