文学鑑賞

古沢和宏「痕跡本のすすめ」古本屋は<書き込み>も<挟み込み>も愛す

古沢和宏「痕跡本のすすめ」あらすじと感想と考察

古沢和宏「痕跡本のすすめ」読了。

「痕跡本」とは「古本の中に、前の持ち主の『痕跡』が残された本のこと」とある。

たとえば、本文のとある部分に線が引かれていたり、感想が書かれていたり、といった書き込み。あるいは、突然ページの間からひらりと現れる手紙やメモ、あるいはレシートなど、前の持ち主の生活模様が見えてくるような、挟み込み。さらには、傷、よごれ、ヤケに至るまで、「痕跡」の種類は様々です。(古沢和宏「痕跡本のすすめ」)

古本屋通いをしていると、こうした「痕跡本」というのは、決して珍しいものではないことが分かる。

朱線が引かれているものは普通にあるし、鉛筆やボールペンの書き込みだって当たり前のようにある。

蒐集癖のある人だったら蔵書印を押している場合もある。

つまり、古本市場において「痕跡本」というのは、決して特別のものではないということだ。

本書は、そんな「痕跡本」に着目して、自慢の「痕跡本」を紹介するといった構成になっている。

普通、書き込みは敬遠される要素のひとつだけど、僕も「痕跡本」は嫌いじゃないから、あえて痕跡のあるものを積極的に購入することがある。

痕跡本の中でも、特別な扱いを受けているのは、著者のサインが入った、いわゆる「署名本」だろう。

贈り先まで記されていると、その価値はさらに高くなる場合がある。

庄野潤三の書籍を集めているとき、署名本が何冊か集まった。

庄野さんは、本に署名をすることが好きだったのかもしれない。

阿川弘之に宛てたものや、寺田透に宛てたものが、我が家にある。

珍しいのは、庄野さんが亡くなった後で発行された文庫本に、奥さん(千壽子夫人)の署名が入っているもの。

しかも、宛て名には身内の名前があるから、これは貴重なものだと思って大切に保管している。

コミックでは、わたせせいぞうのサインが入ったもの。

なにしろ、80年代の人気作家だったから、当時は各地でサイン会を開催していたようだ。

蔵書印では、沼田元気の蔵書印が入った本を持っている。

沼田さんは、本が人々の手を渡り歩くことが好きだったらしく、積極的に蔵書印を押していたらしい。

書き込みの最も一般的な例は、その本を購入した日付や書店名などをメモしておくというもの。

割と、丁寧な性格の人が、こうした記録を取っているのかもしれない。

本をプレゼントされた場合は、贈り主の名前を記入しておく、といったパターンがある。

贈り主がお店の場合には、その店名まで添えられていることが多い。

書き込みと同じくらいに多いのが、ページの間に紙が入っている「挟み込み」である。

1980年代の赤川次郎の文庫本には、女子大生らしきグループが旅先のホテルで撮ったと思われるスナップ写真が挟まっていた。

現代であれば、スマホの自撮りをインスタグラムに上げるところだが、当時はプリント写真を焼き増しして共有するほか方法がなかった。

書きかけの離婚届が挟まっていたこともある。

これを書いた人妻は、果たして、夫に離婚を切り出すことができたのだろうか。

遺書めいたメモを見つけると気が滅入る。

メモは書き込みと違って、本とは関係のない私生活が明かされている場合が多いから、ネガティブな内容のものも少なくないのだろう。

少し前までは、ブックオフでもこうした挟み込みをよく発見したが、最近の帯を全部外したりしているブックオフでは、ページに挟まっているものも処分してしまうようである。

痕跡本はともかく、当時の広告栞やチラシまで捨てられてしまうのは、何とも惜しい。

古本はタイムカプセルのようなものなのだから、できるだけ、売主が本を売ったときのままの状態で販売してほしいものである。

書名:痕跡本のすすめ
著者:古沢和宏
発行:2012/2/17
出版社:太田出版

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。