音楽鑑賞

橘いずみ「がんばれ、なまけもの」女・尾崎豊と呼ばれたアーチストの叫び

橘いずみ「がんばれ、なまけもの」女・尾崎豊と呼ばれたアーチストの叫び

昔、「女・尾崎豊」と呼ばれた歌手がいた。

橘いずみ。

CDの中の彼女は今も叫び続けている。

尾崎豊が死んだ年にデビューした橘いずみ

橘いずみは、1992年にデビューした女性ミュージシャンだ。

1992年。

尾崎豊が死んだ年。

1993年、橘いずみは「失格」という名曲で、一躍有名アーチストの仲間入りをする。

彼女は25歳で、僕は26歳だった。

「女・尾崎豊」と「あなたは失格!」

「失格」は、自分を否定することによって、自身の生きる証を探そうとする。

まるで自傷行為のような歌だ。

自分の中の醜い部分と徹底的に向き合う。

これでもかというくらい自分を傷つけてみせる。

沖縄にも住んだことがあると自慢気に話す
強い日差しが残したものは顔中のソバカス
傷ついた傷つけられたと騒いで憂さ晴らし
失恋した友達慰めどこかホッとしてる
あなたは失格!
そうはっきり言われたい
生きる資格がないなんて憧れてた生き方

(橘いずみ「失格」)

内省的で傷つきやすい作品をとらえて、やがて彼女は「女・尾崎豊」と呼ばれるようになる。

傷つきながらも前へ進もうとする若者たち

自虐的な「失格」で知られる橘いずみだが、「失格」を収録したセカンドアルバム『どんなに打ちのめされても』は、傷つきながらも前へ進もうとする若者たちを主人公に据えた、ひたすらに前向きなアルバムとなっている。

「打ちのめされて」「オールファイト」「がんばれ、なまけもの」。

否定しかない世の中で、彼女は、前向きな姿勢で生きることを肯定的に歌ってみせる。

理想が高くて 現実は厳しくて
自分の気持ちと 実力がずれていた
長いトンネルに紛れ込んで
出口が分からなくて 今も彷徨ってる

正しい答えをつきつけられた時
自分の答が何もかも違ってた
強く傷ついて 心砕け
優しい言葉でもっと 深く打ちのめされて

(橘いずみ「打ちのめされて」)

こんなに、ひたむきな歌詞を書けるソングライターは、そんなにいない。

深く打ちのめされて、そこからが勝負なんだと、橘いずみはエールを送る。

頑張らなくていい人間なんて、この世の中にはいない

それにしても、社会という枠組みの中からこぼれ落ちそうな少年少女たちに手を差し伸べる彼女の歌は、まるでサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』みたいだ。

当時、どれだけの若者たちが、彼女の歌に勇気をもらったのだろう。

だけど お先真っ暗
落とし穴に 真っ逆さま
だけど がんじがらめで
手も足も出ないよ

だから 駄目でもともと
もっと 一か八かで
だから 腹をくくって
もっと 突っ走れるはずさ

だから もっと がんばる
もっと もっと もっと がんばる
だから 君も がんばれ
もっと もっと がんばれ

(橘いずみ「がんばれ、なまけもの」)

痛々しいくらいに「がんばれ」と叫び続ける橘いずみ。

そんな橘いずみの歌は、尾崎豊の「僕が僕であるために」とも似ている。

僕が僕であるために勝ち続けなきゃいけない──。

だからこそ、橘いずみは「もっともっとがんばれ」と歌い続けた。

頑張らなくていい人間なんて、この世の中にはいないんだ、とでも叫ぶみたいに。

叫びたいときには叫べばいい

やがて、大きな声で叫ぶ歌は、過去の時代のものとなり、若者たちは落ち着いた声で、生きることを歌うようになる。

風通しの良い、穏やかな時代。

だけど、そんな時代の中で、見えなくなっているものはないのだろうか。

叫びたいときには叫べばいい。

橘いずみの歌は、そんなことを教えてくれているような気がする。

関係ないけど、あいみょんの「ハルノヒ」を聴いたとき、橘いずみの「がんばれ、なまけもの」を思い出した。

ちょっと繋がるものがあったのかもしれないな。

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。