クウネル「猪熊弦一郎の宝物」。
本作「猪熊弦一郎の宝物」は、『クウネル』2006年7月1日(vol.20)に掲載された記事である。
執筆者は、小野郁夫。
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の協力だった。
『クウネル』vol.20「ごーろごろ」
初めて読んだ『クウネル』が、vol.20「ごーろごろ」。
2006年(平成18年)7月だから、自分は39歳になっていた。
当時はライフスタイルに関心が高まっていた時代で、特に『クウネル』は愛読した。
書店では女性用ライフスタイルのコーナーに置いてあるから、男性が買いにくいことは確か。
でも、記事を読むと、男性にもおもしろく読める内容のものが多い。
「猪熊弦一郎の宝物」は、まさしく、そんな記事だった。
猪熊弦一郎は、1902年(明治35年)に香川で生まれ、東京美術学校(現・東京芸術大学)西洋画科で藤島武二に師事。
帝展で何度か特選になった後、1938年(昭和13年)、妻とパリに渡りアトリエを構える。
パリでは藤田嗣治と親しく交遊し、ニースのアンリ・マチスには指導を受けた。
第二次大戦の戦火を逃れて、1940年(昭和15年)に帰国。
1948年(昭和23年)から1987年(昭和62年)までは『小説新潮』の表紙絵を担当した。
慶應義塾の学生ホール壁画、名古屋丸栄ホテルのホール壁画、JR上野中央改札上の壁画なども、この頃の仕事だ。
1955年(昭和30年)、53歳のときに、抽象表現主義が台頭するニューヨークへ移住。
1975年(昭和50年)に健康を害して日本へ戻るまで、アメリカで活動した。
亡くなったのは、1993年(平成5年)5月。90歳だった。
香川県丸亀氏の市制90周年事業として1991年(平成3年)に設立された丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に、作品が収蔵されている。
この現代日本を代表する洋画家・猪熊弦一郎には、膨大なコレクションがあった。
「ものはたくさんあってもいい。そこに秩序があれば美しい」「美しいものをたくさん見なさい。美しいものを知れば、あなたの生活はより豊かに感じられるでしょう」画家・猪熊弦一郎の言葉です。画家自身も自らの言葉どおり、たくさんの美しいものを集め、アトリエに並べていました。(「猪熊弦一郎の宝物」)
画家が、買ったり、貰ったり、拾ったりして集めた宝物を紹介する。
それが、このときの『クウネル』の記事の内容だった。
猪熊弦一郎のコレクションはおかしい
「猪熊弦一郎の宝物」では、猪熊弦一郎のコレクションが、カラー写真で紹介されている。
(なにしろ、『クウネル』は、全ページがカラー印刷という凄い雑誌だった)
それにしても、猪熊弦一郎のコレクションはおかしい。
普通だったら、こんなもの集めないだろう、と思われるようなものがたくさんある。
例えば、「古い帽子の箱」は、ニューヨーク郊外のアンティークショップで購入したもの。
横に1884年と書かれている箱は、「卵のパッケージ」。
いいなあ。
僕も、古いパッケージを集める趣味があるので、激しく共感できる。
「アーリーアメリカンのボトル」は、ガラス瓶蒐集家には憧れのアイテム。
「イタリアの駅弁」は、1938年(昭和13年)のイタリア旅行時に購入した駅弁の壺。
旅先でいろんなものを集めるから、どんどん荷物が増えていったらしい。
「青い小さな車」は、アリゾナのゴーストタウンに捨てられていた、おもちゃの車を拾ってきたもの。
アメリカに渡って最初に手に入れたコレクションは「ホピ族のカチナドール」だった。
「カチナ」とは、ホピ族の精霊のこと。
一緒に、建築家・アントニン・レーモンドが、イサム・ノグチにことづけて贈ってくれたカチナドールも並んでいる。
芸術家仲間たちの間でも、猪熊弦一郎のコレクションは有名だったらしい。
小学館から刊行された『猪熊弦一郎のおもちゃ箱』
猪熊弦一郎は、三越百貨店の包装紙をデザインしている。
そのデザインは、1950年(昭和25年)のクリスマス・プレゼントギフト用として、三越が依頼したものだった。
そのとき、モチーフになったのが、銚子海岸で拾った石である。
ぼくはこの話を、友人のNくんから譲ってもらった『画家のおもちゃ箱』(文化出版局、絶版)という本で知りました。そのページには、エピソードとともに、アトリエの屋上に置かれた、銚子で拾ったという当の石が移っています。(「猪熊弦一郎の宝物」)
『画家のおもちゃ箱』という本には、こうしたエピソードとともに、猪熊弦一郎の膨大な蒐集品が紹介されているという。
当時、僕は、この本を何とかして手に入れたいと思ったが、もともとの発行部数が少なかったらしく、「日本の古本屋」でも探すことができなかった。
僕が『画家のおもちゃ箱』を初めて読むことができたのは、小学館から『猪熊弦一郎のおもちゃ箱』が刊行された2018年(平成30年)。
『猪熊弦一郎のおもちゃ箱』には、幻の『画家のおもちゃ箱』が特別再収録されていたのだ。
無印良品の書籍コーナーで『画家のおもちゃ箱』を見つけたとき、僕が最初に思い出したのは、懐かしい『クウネル』のことだった。
あれから10年以上経って「幻の本」を読むことができるなんて、人生って捨てたもんじゃないなって思った感動は、今も忘れていない。
そして、初めて猪熊弦一郎のコレクションについて教えてくれた『クウネル』という雑誌の素晴らしさのことも。
『クウネル』は、我々大人の知的好奇心を満たしてくれる雑誌だった。
残念ながら、あの頃のような『クウネル』は、もうどこにもないけれど。
書名:クウネル vol.20
発行:2006年7月1日
出版:マガジンハウス