片岡義男「スローなブギにしてくれ」読了。
本作「スローなブギにしてくれ」は、『野性時代』(角川書店)1975年(昭和50年)8月号に発表された短編小説である。
この年、著者は36歳だった。
第2回「野性時代新人文学賞」受賞。
第74回「直木賞」候補作。
1981年(昭和56年)、浅野温子の主演で映画化された。ストーリーは、ほとんど映画オリジナル。主題歌は南佳孝「スローなブギにしてくれ」。
解体と再生を繰り返す青春
映画の印象が強いせいか、「スローなブギにしてくれ」は、ハードボイルド小説と理解されていることが多いような気がするけれど、この物語は、行き場のない高校生の甘ったれた青春を切り取った小説である。
この作品を読み解くにあたって、『長いお別れ』を引き合いに出したりするのは、レイモンド・チャンドラーに失礼(そもそも比較すべきものではない)。
独り暮らしをしている高校3年生の<ゴロー>は、学校へも通わずにバイクを乗り回す生活を楽しんでいる。
あるとき、ひょんなことで知り合った女子高生<さち乃>と一緒に暮らし始めるが、さち乃は猫が好きで、野良猫を拾ってくるうちに、とうとう15匹にもなってしまった。
猫を好きだと思う感情を持ちながら、真っ当な家庭環境で育ってこなかったのだろう、さち乃は猫を世話をまともにすることができない。
友人の自動車でダブルデートに出かけた日、ゴローはさち乃の猫を全部捨ててしまい、さらに、泣きわめくさち乃も置き去りにしてしまう。
ゴローが、飲めない酒に酔いつぶれているとき、さち乃が帰ってきて、再び、二人の生活が始まる。
「おまえの人生は、これからだぜ。記念に音楽を贈ってやるよ。なにがいい?」バーテンは、店の奥のジュークボックスに顎をしゃくった。バーテンの顔をまっすぐに見たゴローは、声がふるえなければいいがと思いながら、「スローなブギにしてくれ」と、ゆっくり言った。(片岡義男「スローなブギにしてくれ」)
解体と再生を繰り返しながら、彼らの青春は今、始まったばかりだった。
アップテンポな生き方を選んできた少年の「スローなブギ」
「スローなブギにしてくれ」という小説は、ハードボイルドと呼ぶには希薄すぎる文学作品だという気がする。
酸素の少ない空気の中で生きているような希薄な物語。
若い男女の心理描写はほとんどなく、オートバイと猫の描写に、彼らの心理が投影されている。
彼らは、まともな教育を受けて育っていないから、互いに愛情表現の方法を知らない。
拾ってきた猫の飼育放棄も、女の子に対するDV(ドメスティックバイオレンス)も、それは、ある意味で、彼らの愛情表現だったのだ。
彼らの行動の奥底深くに潜んでいる何かを拾い上げて、それを「優しさ」と呼ぶことは簡単かもしれない。
そうでもしなければ、救いようのない物語に終わってしまうからだ。
物語の最後の場面で、少年はバーテンダーに向かって「スローなブギにしてくれ」とつぶやく。
オートバイで疾走し、家出少女と同棲し、猫を投げ捨て、女の子に暴力を振るうゴローの生き方に、スローなブギは似合わない。
常に、アップテンポな生き方を選んできたのが、ゴローという18歳の少年の生き様だったからだ。
だからこそ、彼は「声がふるえなければいいが」と思いながら、「スローなブギにしてくれ」と、ゆっくり囁く。
棄てたはずの女とスローなブギ。
バーテンダーが発した「おまえの人生は、これからだぜ」という言葉は、きっと、この物語のテーマだったのだろう。
そんな青春もあるのかもしれない。
そして、「そんな青春」を描いてみせたのが、「スローなブギにしてくれ」という小説だった。
作品名:スローなブギにしてくれ
著者:片岡義男
書名:スローなブギにしてくれ
発行:1979/06/10
出版社:角川文庫