文学鑑賞

常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」魅力を伝えるタウンガイド的エッセイ

常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」あらすじと感想と考察

常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり―魅惑の都市の読み解き方」読了。

本作は、1983年(昭和58年)10月から1988年(昭和63年)1月まで『BOX』に連載されたエッセイである。

連載開始時、著者は52歳だった。

単行本は、1989年(平成元年)2月にダイヤモンド社から刊行されている。

ニューヨークの魅力を伝えるタウンガイド的エッセイ

1980年代、日本人の関心が最も高い外国といえばアメリカだった。

なかでも、ニューヨーク人気には凄まじいものがあり、それこそ大量消費のニューヨークガイドが次々と出版された。

常盤新平は、その先兵を担ったニューヨーク作家の一人で、本書『ニューヨーク知ったかぶり―魅惑の都市の読み解き方』も、ニューヨークの魅力を伝えるタウンガイド的エッセイの一冊ということになる。

本書の特徴としては、『ニューヨーク・タイムズ』を中心とする現地の新聞や、ガイドブックからの引用が豊富だということがある。

そして、もうひとつの特徴として言えるのが、作者の常盤新平は作家だったから、文学的関心からのニューヨーク考察が、本書では多く見られるということだ。

つまり、文学や作家、書店、古本屋などに関する情報が、あちこちに散在しているのだ。

例えば、セントラル・パークへ行ったとき、作者はJ.D.サリンジャーの「笑い男」を思い出している。

セントラル・パークといえば、私はJ・D・サリンジャーの『九つの物語』の一編、「笑い男」をかならず思い出す。それは九つの短編小説のなかで一番の傑作ではなかろうか。ニュー・ジャーナリズムのトム・ウルフが激賞した一編である。貧しい青年と裕福な娘との、セントラル・パークを舞台にしたラヴ・ストーリーだった。(常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」)

常盤新平の文章の良いところは、小難しくないというところである。

批評家ではないから、好きとか良いとかが感覚的に綴られているので、ニューヨークに素人の読者にも、すんなりと受け入れることができる。

その文章はドライで、これは、おそらく当時のアメリカで流行していたコラムニストの影響を多分に受けているためだろう。

アメリカを代表するコラムニスト、ピート・ハミルについての文章もある。

常盤新平は、『ブルックリン物語』を翻訳するくらい、ピート・ハミルが好きだった。

『ブルックリン物語』は青春の回想であり、父と息子の物語である。ハミル氏は病気になった父に捧げるつもりで、この中編小説を書いたという。幸いに父が読んでくれて、それから十〇年も生きた、と氏は照れたように語ってくれた。(常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」)

「ハミルのような作家は、私たちによく理解できる」と、作者は綴っている。

適度にセンチメンタルで、ストーリーも適度に古風だからだ。

古い変わらないニューヨークがあり、そこがニューヨークも一面だと、作者は考えているのだ。

タマ・ジャノウィッツの『ニューヨークの奴隷たち』

文学ということで言えば、タマ・ジャノウィッツ(Tama Janowitz)に関する文章が興味深い。

彼女の短編集はちょっとした文学的事件である。まだ二九歳だけれども、最も注目される新人だ。表題作品の『ニューヨークの奴隷たち』は『ニューヨーカー』に載った。タマ・ジャノウィッツの短編はこの週刊誌のほか、『インタビュー』『ハーパーズ』『ミシシッピ・レビュー』『スピン』などに掲載されてきた。(常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」)

タマ・ジャノウィッツの『ニューヨークの奴隷たち』は、1988年(昭和63年)、松岡和子の訳で河出書房新社から刊行されているが、常盤新平の入れ込みようは凄い。

タマ・ジャノウィッツは、もともと作家志望だったが、長編小説で出版社から相手にしてもらえなかったために短編小説を書くことにしたという。

このとき、彼女は「人間ヴィデオ・カメラ」になったのである。ニューヨークで聞かれる会話の断片や風変わりな帽子をノートやカクテル・ナプキンやマッチブックに書きとめた。これを二~三週間つづけたのち、タイプライターの前に腰をすえて、短編を書きはじめた。(常盤新平「ニューヨーク知ったかぶり」)

ニューヨークでリアルに生きる人々と素材とする小説スタイルは、いかにも常盤新平好みという感じがする。

様々な人物が登場する本書の中で、最も熱のこもった原稿だと思った。

書名:ニューヨーク知ったかぶり―魅惑の都市の読み解き方
著者:常盤新平
発行:1989/02/23
出版社:ダイヤモンド社

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。