細野不二彦『あどりぶシネ倶楽部』読了。
本作『あどりぶシネ倶楽部』は、1986年(昭和61年)9月に小学館(ビッグ・コミックス)から刊行された漫画である。
この年、作者は27歳だった。
初出は、1983年(昭和58年)3月30日『ビッグコミックスピリッツ』(通巻51号)で、以後、不定期連載。
収録作品は次のとおり。
・愛と喝采の日々
・スタア誕生
・面影
・SHALL WE DANCE
・フレンズ
・ソルジャー・ブルー
・静かなる男
・ミッドナイト・エクスプレス
・ネバーエンディング・ストーリー
映画に青春を賭ける若者たちの成長
細野不二彦『あどりぶシネ倶楽部』は、映研サークルで活動する大学生を描いた青春群像劇である。
そこに描かれているのは、傷つきやすいが故に美しいという、ガラスのように透明な青春像だ。
例えば、初回作「愛と喝采の日々」で、映画製作サークル「あどりぶシネ倶楽部」の監督(神野高史)は、天才カメラマン(佐藤道明)の登場によって、映画監督としてのプライドを大きく傷つけられる。
「思い出しましたよ、去年の『ぽあ』フィルム・フェスティバル入選! 若冠18歳のド天才!」「駄作のスタッフに名を連らねちゃ、『ぽあフェス』入選の里見千秋にミソがつくと思ったろうな」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
傷ついた神野を励ますのは、留年生のプロデューサー(片桐邦雄)だった。
「オレは、神野と道明が本気で組んだら、スゲエ映画がつくれると信じてるんだぜ。このコンビを実現できなかったら、オレ、プロデューサーやってる意味ないね」「オレが留年をかけるだけのモノは作ってくれよな……」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
佐藤道明の登場によって、主人公(神野高史)は自分の力を客観視することとなり、それが、彼自身の成長へとつながっていく。
つまり、物語の本質にあるのは、映画に青春を賭ける若者たちの成長である。
本作『あどりぶシネ倶楽部』では、サークル「あどりぶシネ倶楽部」に外部の人間が関わることによって、物語が展開していくという基本的な構図がある。
「愛と喝采の日々」では、神野高史と片桐邦雄というレギュラーメンバーに、ゲストメンバー(佐藤道明)が加わって、ストーリーを展開した。
第二話以降では、佐藤道明をレギュラーメンバーに加えて、物語が膨らんでいく。
第二話「スタア誕生」のゲストキャラは、空手部の鬼拳(吉田拳二)である。
小学生時代に子役で活躍した鬼拳(吉田拳二)は、両親に振り回された自分の人生に行き惑っている。
「中学が3年、高校で5年、大学ははや6年もやってきたが、はたして、この14年間、オレはあの頃を越えることをやったんだろうか…ってな。つい考えちまうわけさ、最近……」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
大学から去っていく鬼拳から主人公(神野高史)が得たもの、それは、大学生活という一瞬の時間の大切さだ。
無為に大学生活を過ごすことの虚しさを、主人公は自分自身に投影して受け止めているのだ。
第三話「面影」には、かつて好きだった女の子(麻衣子)が登場している。
元カレとのトラブルに傷ついた麻衣ちゃんは、かつて告白してくれた男子大学生(つまり神野高史)に救いを求める。
しかし、小さなプライドが邪魔をして、主人公は麻衣ちゃんを抱くことができない。
「こういう場所に足を運ぶ人達にはわかるはずよ」「どうせ映画を撮るならと、かわいい娘を探してくる。映画に出す。カメラを回す。その娘の魅力をもらさずフィルムに焼きつけようとして、いよいよその娘がかわいく見えてきてしまう」「口説く。で、フラれる──。そういう “想い” が、たとえば、あのフィルムにはあふれているの」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
本作『あどりぶシネ倶楽部』に通底しているのは、映画の持つエネルギーの力強さだ。
大学サークル「あどりぶシネ倶楽部」のメンバーたちは、八ミリの自主制作映画に青春のすべてを賭けている。
麻衣ちゃんが主役を演じた『舞子・MY・LOVE』は、吉田拓郎の名曲『たえこMY LOVE』(1981)にインスパイアされたものだろう。
第四話「SHALL WE DANCE」では、大学のロックバンド「ブレイン・ストーミング」のボーカル(工藤)が、ゲストメンバーとして登場している。
プロモーションビデオを題材とした、この物語では、新しい時代との境界線で戸惑う主人公(神野高史)の姿が印象的だ。
「プロモーションビデオといえば、最近は映画監督が起用されるケースが多いのよ」「ことに、あのマイケル・ジャクソンの『スリラー』を手がけたのが、『ブルース・ブラザーズ』や『狼男アメリカン』のジョン・ランディスだって話は、もう有名ね」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
1983年(昭和58年)12月、MTVで初放映されたマイケル・ジャクソン『スリラー』のプロモーションビデオは、MTV史上に残る名作として名高い。
当初、反発し合っていた工藤と佐藤道明は、複雑な家庭環境という共通点を通して、互いを認め合うようになった。
「そのとき、やっとわかったのさ。あいつらはオレと見ているものが全然違うんだってことがな──」「あいつらは、みんなで集まって、ワイワイ騒いで、誰かがドジ踏んだら互いに傷をなめあって、そうしていればいい連中なんだ」「オレはダメさ。どんなバカ騒ぎをやってても、必ずそれをさめた目で見ているもう一人の自分がいる……」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
ボーカル(工藤)の不幸は、本気でロックミュージックと向き合うことのできる真の仲間と、巡り合うことができなかったということだ(「またイチから出直しだ」)。
本気で映画に挑んでいる「あどりぶシネ倶楽部」の真剣さが、そこから浮き彫りにされている。
ボーカル(工藤)と佐藤道明が好きなデュラン・デュランは、当時、人気絶頂のロックバンドだった。
「何、探してんだい?」「『ザ・セブン・アンド・ラグド・タイガー』!」「おや、デュランなんか聞くの、おたく?」「ええ、まー、好きなもので」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
デュラン・デュランのアルバム『Seven and the Ragged Tiger』は、1983年(昭和58年)の発表。
全米ナンバーワンのシングル曲「ザ・リフレックス」を含む、このアルバムは、デュラン・デュランを代表する作品となった。
映画評論家(森直人)は、『シング・ストリート 未来へのうた』(2016)との類似性を指摘している。
この第四話は、85年のダブリンを舞台に、バンドを組んだ高校生たちが自分たちでミュージカルステーションビデオを撮ろうとする2016年の傑作アイルランド映画『シング・ストリート 未来へのうた』に補助線を引っ張ってみるのも面白い。(森直人「80年代自主映画の沸騰期を永遠に伝える青春の聖典/『細野不二彦本』所収」)
『シング・ストリート』の登場人物たちも、デュラン・デュランに大きな影響を受ける若者たちだった。
完全燃焼するまで青春したい若者たち
第五話「フレンズ」では、その後、レギュラーメンバーとなる女子大生(沖梓)が初登場している(最初は、やはりゲストキャラだった)。
本作『あどりぶシネ倶楽部』では、各話のタイトルに映画作品が引用されているが、「フレンズ」は、1971年(昭和46年)公開のイギリス・アメリカ映画からの引用。
エルトン・ジョンが音楽を担当し、邦題は『フレンズ〜ポールとミシェル』だった。
ラストシーンに「あどりぶシネ倶楽部、一九八二年秋現在、沖梓を加え……5名!」とあるのは、前話「SHALL WE DANCE」と時系列が逆転しているが。
第六話「ソルジャー・ブルー」は、ブルー・フィルムの監督(兼子さん)がゲストキャラ。
「しかしね……、監督というものは、ただ待っているだけで、自分の撮りたい絵が撮れるというなら、たとえ大地が腐ろうとも待つべきなんだな」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
「あどりぶシネ倶楽部」ではバイプレイヤーの音響兼俳優(原田)にスポットを当てて、映画製作の難しさを描いている。
メインストリームとは言えない「ブルーフィルム」(ポルノ映画)だが、映画製作にかける情熱に優劣はない。
エンターテインメント映画に情熱を傾ける「あどりぶシネ倶楽部」と重なる部分が、そこにはあったのではないだろうか。
第七話「静かなる男」は、『あどりぶシネ倶楽部』中でも高い評価を誇る作品。
「きみの絵はようするにマンガなんだよ」「監督さんの撮りたいのは、あくまで実物の模型を使った実写であってアニメじゃない。マット画はその背景なんだから、あんな明るいマンガタッチの星やら宇宙やら持ってこられても困るのさ!」「それに、ちょこちょこある、イタズラ描きもよした方がいいよ。”インディ・ジョーンズ・シリーズ” に “オビワン” とか、”P-3PO” とか “スターウォーズ” のネーミングの流用があるのは、ルーカスやスピルバーグだから許されるジョークであって、ボクらがやると見苦しいだけになる」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
ロックミュージックやラブストーリーを媒介とした映画論と違って、「静かなる男」では、正面から映画を語っている。
当時のオタク文化(アニメ)と絡めながら映画を語っているところも、高い人気の背景となっているのだろう。
「なにしろ、プラモ少年とアニメ少年ちゅうのは、同心円関係みたいなモンでしてな。これに、ロリコンとパソコンを加えると、ダサい男必須アイテムちゅうて、そりゃあ女の子からは、カンペキに白い目ですわ!」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
もちろん、自主制作の8ミリ映画を撮っている彼らとて、例外ではない(「このビデオ全盛の時代に、シコシコ8ミリ撮ってる人間が明るいと思える?」)。
ネガティブなイメージを乗り越えて、好きなものに取り組んでいくことも、また、青春の特権だったのだ。
温和な片桐さんがキレる場面は、名シーンとして記憶に残る(「そういう野郎を何て呼ぶか知ってるかい?」「下衆って言うんだよ!」)。
第8話「ミッドナイト・エクスプレス」では、佐藤道明の恋人(真知子さん)を登場させながら、国際政治学の寺内教授が、ゲストキャラとして活躍している。
「ただ、これだけは言わせてちょうだい。私たちが作ってるのは “映画” であって、”映画の記録” じゃない」「そして、一本の映画の中で、ワンカットのフィルムが生きて輝ける場所は、おのずと限られていて、その場所も与えられず、ただスクリーンにのせられただけのフィルムなんて、不幸だと思わない?」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
「その場所も与えられず、ただスクリーンにのせられただけのフィルムなんて、不幸だと思わない?」とあるのは、これから社会へ出ようとしている彼ら自身への警告でもある。
著名な寺内教授が抱える父親としての苦悩は、そのまま、彼らの未来に投影されるべき苦悩でもあった。
「ただな、25年も手元で育ててきて、25年だぞ!」「今になって、その我が子に指し示した道が、ベストとはいい難かったなんて……。そんなことを認めなきゃいけないハメになるなんてな……。愚痴のひとつもこぼさせてもらわにゃ、やりきれんよ……」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
彼らは、常に学び続けていた。
学び続けることが、つまり、彼らが大学にいることの意義だったのだ。
最終話「ネバーエンディング・ストーリー」では、「あどりぶシネ倶楽部」のOG(阿川小倭子)が登場。
大手「門川映画」のプロデューサーとして、彼女は、神野高史と佐藤道明の二人を、新人監督のオーディションに勧誘する。
「映画監督には二種類しかないわ。面白い映画を撮れる監督と、くだらない映画しか撮れない監督とね」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
しかし、彼らは、阿川小倭子の誘いを断り、大学に残ることを選択する。
彼らは、なぜ、新人監督の登竜門ともなるオーディションの誘いを断ったのだろうか?
「考えさせてほしいんですって……。自分たちが、卒業するまで──ね」「それに、8ミリでやりたいことが、まだ残ってるんだ……そうよ」(細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」)
おそらく、彼らは、まだ燃え尽きるところまで達していなかったのだ。
大学サークルで完全燃焼したときに、初めて、次のステップへと進む道が現れる。
まっすぐな彼らは、本気でそう考えていたのではないだろうか。
漫画家本Vol.9『細野不二彦本』で、本作『あどりぶシネ倶楽部』は、『うにばーしてぃBOYS』『BLOW UP!』と並んで、「青春三部作」に位置付けられている。
「青春三部作という括りは初めて聞きましたけどね(笑)」「でも、おっしゃるように、この3作に出てくる主人公たちには、少なからず自分の姿を投影しているところがあると思いますね」(「細野不二彦青春三部作インタビュー」/『細野不二彦本』所収)
とりわけ、初めての青年誌作品となった『あどりぶシネ倶楽部』では、映画に青春を賭ける若者たちの情熱が、痛々しいまでにストレートに描かれている。
自ら作るにせよ、また誰かの作品を見て語るにせよ、映画と関わる時いちばん大事なことは、どれだけ自分に正直でいられるか、だと考えている。そしてそれは、実はとても難しい。(略)つまりね、”正直” であるってことは、自分の中の、”暗ーい” 嫌な部分と向き合うってことなんです」(大林宣彦「暗い闇の中から」/『細野不二彦本』所収)
彼らの青春が痛々しいのは、つまり、彼らが正直に、自分自身の暗闇と向き合っているからだ。
村上春樹的に言うと、映画を撮るということは、自分自身の心の奥深いところまで降りていく、自己探索の過程なのだろう。
彼らが傷つくほどに、生まれてくる映画は、生々しくリアルなのだ。
本作『あどりぶシネ倶楽部』は、自分自身を曝け出して仲間たちとぶつかっていく、素顔の若者たちの物語だ。
『あどりぶシネ倶楽部』のメンバーが期待と不安で胸をふくらませながら、自分たちの撮影の成果を確認している時、彼らは同時に、それぞれ自分自身の暗闇と向き合っているのだと、少なくとも私はそう感じました。(萩生田宏治「『あどりぶシネ倶楽部』に寄せて」/『細野不二彦本』所収)
あるいは、「自分自身の暗闇と向き合う」ということこそ、彼らが映画を撮る、本当の意味だったのかもしれない。
書名:あどりぶシネ倶楽部
著者:細野不二彦
発行:1986/09/01
出版社:小学館ビッグ・コミックス