日本文学考察

あなたのことが知りたくて|女性の違和感と時代の歪み

『あなたのことが知りたくて』書評|村上春樹から現代フェミニズム文学へ

僕たちは今どのような時代を生きているのだろうか?

河出文庫『あなたのことが知りたくて 小説集 韓国・フェミニズム・日本』を読むと、そんな僕たちが生きている時代が見えてくる。

無意識の中で歪められた、いびつな現代という時代の姿が──。

村上春樹の小説の中の女性

村上春樹との対談『みみずくは黄昏に飛びたつ』の中で、川上未映子は村上文学に登場する女性のあり方について疑問を呈している。

でもある一面から見ると、いつも女性は、そういう形で「女性であることの性的な役割を担わされ過ぎている」と感じる読者もけっこういるんです。(略)つまり、女の人が性的な役割を全うしていくだけの存在になってしまうことが多いということなんです。(川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子訊く 村上春樹語る―」)

村上春樹の小説が、古い女性観によって描かれていることは以前から指摘されていたし、1949年生まれという世代を考えると、ある意味でそれは当然のことだったかもしれない(と言ったらエイジハラスメントになるだろうか)。

もちろん、村上春樹は川上未映子の質問に激しく動揺することになる。

村上 僕は思想家でもなく、批評家でもなく、社会活動家でもなく、ただの一介の小説家に過ぎないですから。で、それがイズム的に見ておかしい、考えが足りないと言われれば「すみません」と素直に謝るしかない。(川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子訊く 村上春樹語る―」)

国際的な作家である村上春樹の中に、おそらく、フェミニズム的な視点はなかったのだろう。

なぜなら、彼は、旧時代の文学の中から生まれてきた現代作家だからだ。

韓国と日本をつなぐフェミニズム

「韓国・フェミニズム・日本」をテーマにした小説集『あなたのことが知りたくて』を読むと、今という時代が見えてくる。

『あなたのことが知りたくて』は「フェミニズム」をキーワードに、韓国と日本の作家の連帯を示すアンソロジーだった。

ほとんどが女性作家の作品だけれど、パク・ミンギュや星野智幸といった男性作家の作品も含まれている(デュナは性別非公表)。

男性から見たフェミニズムということが、本書では重要な意味を持っているのかもしれない。

なぜなら、男性の目線からは見えにくい現実こそが、この物語集では多く描かれているからだ。

それは、現代社会を生きる女性の違和感でもある。

松田青子「桑原さんの赤色」

松田青子「桑原さんの赤色」は、本書の象徴的な作品として読むことができた。

古い不動産屋の壁に貼られた求人募集のチラシには、ただ「女性募集」とだけ書かれている。

この少なすぎる情報が、実は、現代社会における女性の立ち位置を鮮明に示しているのだ。

つまり、「女性募集」という簡単な記号の中に、正規社員の募集ではないこと、給料は安いこと、仕事も簡単なものであることなど、求人に必要な情報が(暗黙のうちに)含まれている、ということだ。

それは、日本社会が培ってきた歴史による暗黙の了解である。

この物語の恐ろしいところは、「女性募集」の求人広告が、極めて普通の男性社長によって貼り出されていた、という事実だろう。

悪意の欠片もないところに「女性募集」の求人広告がある。

それは、現代社会を生きる男性には見えていない「女性が持つ違和感」が、象徴的に可視化されたものだ。

そして、このような作品が成立してしまうというところに、歪んだ現代社会の闇が見える。

主人公の女子大生さえ「女性募集」の求人広告を無意識のうちに受け容れ、職場に溶けこんでしまうというストーリーも不気味だ。

きっと、僕たちの生活の中には、様々な形で「女性募集」の求人広告があるのだろう。

時代を変える物語

『あなたのことが知りたくて』というタイトルには、国境や性別を越えた連帯を促す意図が含まれている。

韓国と日本、女性と男性が、互いに互いのことを理解すること。

世の中の歪みが理解不足によって生じているのなら、世の中の歪みは、互いを理解することによって矯正されなければならない。

もしかすると、この作品集は、男性に向けて発信されたものだったのではないだろうか。

男性には見えていなかった「女性の抱える違和感」を知ることによって、時代のアップデートを図らなければならない──。

そんな強いメッセージが、この物語集からは伝わってきた。

優れた物語には、時代を変える力がある。

本書『あなたのことが知りたくて』を読み終えた後では、「現代」という古い時代には、もう戻ることができない。

僕たちが生きるべき時代は、アップデートされた新しい時代であるはずなのだから。

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ジェン
文芸コラム担当。感想はX(@jiku_hyohon)にてお待ちしています。