読書体験

平中悠一「ギンガム・チェック」懐かしくて新しい80年代のカルチャーライフ

平中悠一「ギンガム・チェック」懐かしくて新しい80年代のカルチャーライフ

平中悠一『Boy in his GINGHAM-CHECK(ギンガム・チェック)』読了。

本作『ギンガム・チェック』は、1990年(平成2年)5月に刊行されたコラム集である。

この年、著者は25歳だった。

初出は、1986年(昭和61年)11月~1987年(昭和62年)12月『ギンガム少年物語り』及び1988年(昭和63年)10月~1989年(平成元年)6月『まぬけコラム』(連載)。

ワンレンとボディコンのバブル時代

2020年夏『POPEYE』の読書案内は「平中悠一」だった2020年夏『POPEYE』の読書案内は「平中悠一」だった

『POPEYE』2020年(令和2年)8月号(No.880)の表紙は、平中悠一『バック・トゥ・キャンパス』だった。

『バック・トゥ・キャンパス』は、1990年(平成2年)に刊行された『Boy in his GINGHAM-CHECK(ギンガム・チェック)』を文庫化したものである。

「ポパイの読書案内」という特集で、平中悠一の『ギンガム・チェック』は大きく採り上げられていて、「いつも心にギンガムチェックを。ポケットには文庫本を」というキャッチフレーズもいい。

平中悠一のコラムには、自由な雰囲気がある。

作者の自由な雰囲気が、80年代後半(つまりバブル時代)の空気感と、ぴったりマッチしている。

なんですか、シマダジュンコとかアライアとか、体の線、というか体、というか。なかなか露だったりもする訳で。ボディー・コンシャス、っていうことだそうですが。

アクセサリーは、ゴールド主体。デッケーイヤリングぶらさげて、ぐるぐるネックレス巻いてるわ、バングルは二の腕にくい込むわ。お腹はお腹で鎖ぶらさげて、その上、足首にはきらり、アンクレット、なんてのもあって。(平中悠一「Vanity,Lovely,My Flappers」)

平中悠一のコラムは、生き生きとした時代を、若者の視点から、生き生きと伝えている。

髪は当然、ワンレングス。”フェニミン” というか ”女を感じさせる” というか。でもってアンニュイに髪をかき上げる、ってのがキマリだね。(平中悠一「Vanity,Lovely,My Flappers」)

オシャレな恋愛小説『She’s Rain(シーズ・レイン)』を書いただけあって、女性を見る目は確かだ。

ここで重要なのはワンレンと日灼け。この2つがあると安もの着てても高そうに見える。あと、ちっちゃい頭と長い脚があると、もっと安あがりなんだけど。(平中悠一「手抜き ”おしゃれ” )

バブル時代だから当然なんだけれど、女の子の話題に「ワンレン」と「ボディコン」はマスト。

はっきりいって、僕、ワンレン、大好きです。島田順子なんか着てるともう、それだけで許してしまうとんでもないヤツだったりもする。(平中悠一「僕の女のコの趣味は保守的か?」)

「島田順子」は、もちろん、ボディー・コンシャス、だろう。

といって、時代に迎合したメッセージを発しているわけではない。

だってイージーなセックスなんて身に沁みないし、すべからく身に沁みないものからは身に染みるものは生まれない。当然、逆にイージーなセックス回避っていうのもありうるわけで、かんじんなのは結局、質。(平中悠一「コサヴァティヴな僕の意見」)

「イージーなセックス回避」というのは、つまり、愛のないセックスはやめようよ、ということ。

コンテンポラリィな良心と自分の内的コンサヴァティヴの双方に、誠実に対峙する」という言葉を、作者は使っている。

もちろん、時代の傾向からすれば、「イージーなセックス回避」なんて、全然トレンドじゃなかった。

なにしろ、街には「イージーなセックス」ばかりが溢れていたのだから。

──というようなことを、僕はガールフレンドと話してる時に考えました。男はいうに及ばず、”畏れ多くもヤリたい女”、そういうコ達とだけ付き合って行きたいものである。(平中悠一「セクシィが肝心」)

「街に溢れてる、安ピカの、みかけだおしのセクシー」ではない、「フレキシブルでコミュニカティヴで、しなやかで強くて、色っぽくて緊張感のある、付け焼刃でなくもちのいい、そんな真っ当なセクシィ」を、作者は評価したいのだ。

ただし、女性のオシャレは、自己満足だけではいけない。

女のコ向けのブランドを見ても、実にかわいくできてると思う。だけどあの手の、女の人がつくった女のコの服は女のコが女のコであることのかあいさを楽しむだけに終始しているように僕には見える。(略)我が愛しの、古き良きオリーブ少女達の唯一にして最大のウィークポイントって実にこれだったんだよね。(平中悠一「セクシィが肝心」)

言いたいこと言っているようで、作者の主張には、女性に対するリスペクトがある。

彼女達はみんな「女」というその一点だけで勝負する。だったらブラウン・メイクの方が色っぽいし、髪は長い方が、服はセクシィな方がボーイズにとってアトラクティヴに決まってる。(平中悠一「神戸式別嬪について」)

美しく装うことが、女性の魅力のひとつだった時代。

男って剣呑だけど、ちょろいってばちょろいもんだ、と僕も思う。だってやっぱりヒール履いてるコにはそれだけで優しくするもん。だったらとりあえずはそれでいいじゃない。(平中悠一「神戸式別嬪について」)

そんな時代を代表する女性として登場しているのが。人気アイドル(南野陽子)。

平中悠一は「イノ・ブランシュ」のペンネームで、南野陽子のシングル「悲しみモニュメント」(1986)のカップリング曲(当時はB面といった)「春景色」の作詞を担当している。

また、ファースト・アルバム『ジェラート』のタイトルも、平中悠一の提案によるものだったらしい。

それにしても、このインタビューのナンノが、当時のギャルっぽさ全開ですごい。

みんなビギとかピンク・ハウス、メルローズくらい着て、高1でギャルソンとかワイズとか着て、高2でレノマとかニコルとかで。でも、こっちへ来たらオーディションなんかにスーツなんて着て行ったらおかしいでしょ。で、今しか着れないものを、と思って。一挙にガタンと若くなったんだけど。で、着て帰る服がないな、と思ったんだけど、ペイトンプレイス、あそこのコムサ・デ・モードだし

「うん、ファイブ・フォックス」

あれくらいならピンクでもいいんじゃないかと思って。そしたら、もうみんな今、アンアンを捨ててイタカジになっちゃったんですよ、あ、イタカジも、もう終わるんですけど

「イタカジってどの辺?」

ベンチュリーとかベルサーチとかエンリコとかアルマーニとか。みんな肩パットの入った変わりジャケットで、ワンレングスで。ひとりだけ、前髪がくるんってなって、ペイトンでね

(平中悠一「ア・ガールズ・ライフ・リポート」)

ナンノのセリフ多すぎ(笑)

南野陽子は、神戸市の松蔭高校に在学していたことがあるので、関西学院大学の平中悠一とは、会話のテンポが妙にマッチしていたらしい。

ちなみに、平中悠一は1965年(昭和40年)生まれで、南野陽子は1967年(昭和42年)生まれ(ブログの管理人と同い年)。

インタビューの行われた1986年(昭和61年)、平中悠一は23歳で、ナンノは19歳だった。

このインタビューだけでも、本書を読む価値あり、だ。

80年代のボーイズ・ライフ

仲世朝子のイラストもオシャレ仲世朝子のイラストもオシャレ

女のコの話と同じくらい、カルチャーに関する話もおもしろい。

18の頃、デビューしたての僕は得意顔でGFにこういった。ねえ、サリンジャーで行こうと思うんだ。(平中悠一「ライ麦畑からの眺め」)

平中悠一のデビュー作『She’s Rain(シーズ・レイン)』は、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の影響を強く感じさせる作品だ。

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ガールフレンドからは「女の子にモテないからダメ」と止められたらしいが。

僕にとって一等ステディなもの、といえばそれは ”純文学の小説を書くこと” なわけで、僕はそれを本気で気に入っている。(平中悠一「合言葉はステディ」)

作者(平中悠一)が最も敬愛する作家は、片岡義男だった。

僕は片岡義男が一等すきだ。敬称がついてないとこに、僕の敬意を感じてほしい。僕の本棚は殆どまっ赤です。(平中悠一「ぼくの片岡義男」)

角川文庫の片岡義男は、赤い背表紙がトレードマークだった。

平中悠一編集の『シティポップ短篇集』にも、片岡義男は参加している。

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片岡義男と同じくらいにマスト・アイテムだったのが、山下達郎のレコードだ。

そんなのりで、タイハイの深みにはまりこみそうになってた僕は、しかし一方で片岡義男を読み続けていた。タツローの『FOR YOU』とか聴きながら。(平中悠一「ぼくの片岡義男」)

山下達郎『FOR YOU』は、1982年(昭和57年)発売で、感度の高い少年少女のマスト・アイテムだった。

一方で、当時、若者たちの間で人気作家となっていた村上春樹には、あまり惹かれなかったらしい。

そりゃ僕だって春樹sanは好きさ。かっこいいし。でも、大学生の読むべき本だとは思わない。ああいうのは社会に出て、自分で色いろやってみて、壁に頭ぶつけて、辛い目、苦しい目を見てから読まなくちゃ。(平中悠一「ぼくの片岡義男」)

いつの時代も、村上春樹は若者たちに人気の作家だったのだ。

恐いことに今は世代を超えて一つの空気が時代を包んでるらしく、春樹sanのノリがガキにまで下手に判ってしまう。判った気になる、というか。まだ自分じゃ何もしてないくせにさ。人生って、せつない、とかいってんの。ばかみてぇ。(平中悠一「ぼくの片岡義男」)

コラム『ギンガム少年物語り』は、1986年(昭和61年)11月~1987年(昭和62年)12月の連載だったから、村上春樹は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)や『ノルウェイの森』(1987)の時代だった。

まだ自分じゃ何もしてないくせにさ。人生って、せつない、とかいってんの。ばかみてぇ」という文章からは、社会現象ともなった『ノルウェイの森』に対する批判が透けて見える。

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ハワイでは、『ノルウェイの森』の書評なんかも書いていたらしい。

だけどそのもうひとつ、ってのが、かの『ノルウェイの森』の書評だったりはしたわけだ。ハワイだよ、ハワイ。(略)どうでもいいけどもっと楽しいお話し、書けねえのかよ、とかって他人にあたりたくもなるわな。(平中悠一「筆者旅行中のため今月のコラムはお休みします」)

80年代のボーイズ・ライフが、このコラム集にはある。

高校へ入って、僕の読む雑誌はポパイからアンアンへ、やがて創刊されたオリーブへと移っていきました。男のコの雑誌のマスト・アイテムみたいなのりは、男のコである僕にはダイレクト過ぎて煩わしかったんだと思う。(平中悠一「男のコには居場所がない」)

『アンアン』や『オリーブ』に惹かれる男性読者は、当時から少なくなかったはずだ。

パーソンズやスクープ、キャトルゼソン、ニコルクラブと、高校生だった作者のファッションも、ガールズ寄りになっていく。

ニコルクラブなんて平気で着たし、チェストの1段をパーソンズに占領されたりもした。そんな僕だったから、ニコルクラブに、パーソンズに、スクープに、メンズが出来るというニュースをきいた時には随分と期待してしまった。(平中悠一「男のコには居場所がない」)

しかし、「メンズ・ライン」は「ボーイズ・ライン」ではない。

ヨシエイナバがありモガがありビギがあり、そしてジャストビギがある。マダムニコルがありセルダがありニコルがあり、そしてニコルクラブがある。しかしタケオがありバルビッシュがありメンズビギがあってもその下はなく、マツダがありニコルがあり、その下にはニコルクラブ・フォア・ボーイズなんてないわけさ。(平中悠一「男のコには居場所がない」)

男性ファッション雑誌『FINEBOYS』『メンズノンノ』の創刊は1986年(昭和61年)。

この辺りから、少年たちのオシャレは、急速に発展していったような気がする。

ボサ・ノヴァ。これが僕の正解である。いうまでもなくボサ・ノヴァは白人による都会的な音楽だ。加えてラテン・フレーヴァー。だからボサ・ノヴァには海辺が似合う。それも真夏をはずした時期の。(平中悠一「砂浜、ボサ・ノヴァ、日灼けの名残り」)

街でリゾート小説を読み、海辺で都会小説を読むように、日常生活の中でボサ・ノヴァを聴く。

そんなライフ・スタイルが、80年代には似合っていたのかもしれない。

ヘインズなんかのプレーンなTシャツ。クローズドのベイシック。ローファー、コッパン。Vネックのラムズ・ウールのスゥエター。スニーカー。BD。今ではあまり身につけなくなったものもあるけど、どれも僕には親しいものだ。(略)そんな親しいものたちの代表として、僕は愛着を込めてギンガム・チェックを挙げたいと思う。(平中悠一「いつも心にギンガム・チェック」)

本作『ギンガム・チェック』は、当時を知る大人には懐かしく、当時を知らない世代には、斬新なファッション・コラム集だ。

仲世朝子のイラストもオシャレでかわいい。

80年代カルチャーに興味のある人には、絶対におすすめ。

書名:Boy in his GINGHAM-CHECK
著者:平中悠一
発行:1990/05/30
出版社:角川書店

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。