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村上春樹「沈黙」高校時代に受けた集団いじめのトラウマ

村上春樹「沈黙」あらすじと感想と考察

村上春樹「沈黙」読了。

本作「沈黙」は、1991年(平成3年)1月に刊行された『村上春樹全作品 1979〜1989(第5巻)』で、書き下ろし新作作品として収録された短編小説である。

この年、著者は42歳だった。

なお、本作品は、1996年(平成8年)に刊行された短編集『レキシントンの幽霊』にも収録されている。

また、2006年(平成18年)に刊行された『はじめての文学 村上春樹』収録の際に、大幅に加筆修正されており、現在は、この『はじめての文学 村上春樹』版が定番とされている。

集団無視によって引き起こされる「沈黙」の重さ

本作「沈黙」は、高校時代に受けた集団いじめのトラウマを抱えて生きる男の物語である。

現在、<大沢さん>は31歳だが、高校時代に受けたいじめの恐怖から、夜中に悪い夢を見て飛び起きることもあるという。

でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言い分を無批判に受け入れて、うのみにする連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何かまちがったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも考えたりはしないんです。(村上春樹「沈黙」)

いじめは、リーダーシップを持った一人の男子生徒<青木>によって、巧妙に画策されたものだった。

誰からも口をきいてもらえない集団無視に、大沢さんの心は潰れそうになるが、ある日、電車の中で青木と対峙したことによって、自分自身を取り戻す。

「この男にはおそらく本物の喜びや本物の誇りというようなものは永遠に理解できないだろう」と、大沢さんは悟ったのだ。

そして僕はあと五か月この沈黙に耐えようと思いました。そして自分はそれにちゃんと耐えられるだろうと思いました。僕にはまだ誇りというものが残っていました。青木のような人間にこのままずるずるとひきずり下ろされるわけにはいかないんだ、と僕ははっきり思いました。(村上春樹「沈黙」)

高校卒業までの6か月間、大沢さんはクラスメートたちの陰湿な集団いじめに耐え抜くが、この経験は、大沢さんという人間を徹底的に変えてしまった。

彼は、もはや、人間というものをすっかり信用するということのできない人間になってしまったのだ。

集団無視によって引き起こされる「沈黙」というものの永遠の重さを、この物語は教えてくれるだろう。

いじめ首謀者に同調したクラスメートたちに対する恐怖

本作「沈黙」は、1991年(平成3年)に発表された古い小説だが、何度読んでも「村上春樹らしくない作品だなあ」と思う。

だって、これは、まるで「よくある日本の現代文学みたいな作品」なのだから、全然村上春樹らしくない。

もしも、作者名を伏せられていたら、これが村上春樹の作品だとは分からないのではないだろうか(まあ、最後のビールを飲みに行く場面は、村上春樹らしいといえば村上春樹らしいけれど)。

作品のテーマは、孤独な状況に追い込まれた人間の心の痛みなのだが、いじめを画策した首謀者(青木)ではなく、首謀者に同調したクラスメートたちに恐怖の目が向けられているところに、いじめを受けた者の、心の闇の深さが感じられる。

大沢さん本人が語っているように、いじめを画策する青木という人間の再来を防ぐことはできても、こうした人間に同調する集団の再来を防ぐことは、はっきり言って不可能だからだ。

積極的に他者を攻撃する人間を特定することはできても、自分の意思を持たない加害者を特定することは困難である。

そして、世の中は、自分の意思を持たない多くの人間によって構成されており、大沢さんは、そのことに強い危機感を抱いているのだ。

人は勝つこともあるし、負けることもあります。でもその深みを理解できていれば、人はたとえ負けたとしても、傷つきはしません。人はあらゆるものに勝つわけにはいかないんです。人はいつか必ず負けます。大事なのはその深みを理解することなのです。(村上春樹「沈黙」)

だが、現実の世の中は、負けないことを第一に考えている人間の集まりだ。

「深み」を理解できない連中は、自分が負けないために、強い者の陰に隠れ、他者を傷つけたりもする。

その中で、いかに強く生きていくべきかということを、この物語は考えさせてくれるのではないだろうか。

よくできているとは思うけれど、読み終わったあとで嫌な気持ちになる。

作品名:沈黙
著者:村上春樹
書名:はじめての文学 村上春樹
発行:2006/12/10
出版社:文藝春秋

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。