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平中悠一「アーリィ・オータム」オリーブ少女に恋をしたシティボーイの渋谷系青春文学

平中悠一「アーリィ・オータム」オリーブ少女に恋をしたシティボーイの渋谷系青春文学

平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」読了。

本作「アーリィ・オータム」は、1986年(昭和60年)9月に河出書房新社から刊行された長編小説である。

この年、著者は21歳だった。

『She’s Rain』のプレ・ストーリー

本作『アーリィ・オータム』は、1984年(昭和59年)に文藝賞佳作を受賞したデビュー作『She’s Rain』の続編として位置付けることができる。

ただし、時間軸としては、『She’s Rain』以前の物語を描いた、プレ・ストーリーということになる。

『She’s Rain』は、高校2年生の夏が舞台になっているが、『アーリィ・オータム』で描かれているのは、高校1年生の初秋だからだ。

やがて、『She’s Rain』へと発展していく物語の予感みたいなものが、本作『アーリィ・オータム』にはある。

その中心となっているのは、もちろん、主人公(ユーイチ)とヒロイン(レイコ)との出会いだ。

そんなわけで、鹿の子織りのポロ着たファニー・ヴォイスとサーコ、二人のサマー・プリンセスに従って、僕達は学校のある丘を下りた。キュートで元気なバッシュのサーコと、素足にトレトン履いてても、どっか品のいいファニー・ボイス。二人の並んだ後ろ姿は、それは素的な眺めだった。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

ガールフレンド(サーコ)の紹介で知り合ったレイコと、主人公は何となく接近していく。

しかし、彼の役割は、レイコが好きになった男の子の話を聴くという、恋愛対象未満のものだった。

君も辛い。僕も辛い。辛い。辛い。それだけ。──そんなふうにして、僕達は生きていた。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

失恋したレイコとデートしながらも、主人公は、レイコとの新しい関係を築くことができない。

それでも、彼らの日常が充実していたのは、きっと、彼らが精一杯に青春を生きていたからだろう。

もし僕達が別々の人間でなければ、僕はなんにもしない。だから運動はおこらない。静止=死だ。? その方がいいって? それなら君は胎児に戻るか、死んでしまえばいい。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

「でも僕は違う。僕は死にたくない」「僕達は、生きて行かなくてはならないんだ」と、主人公は言う。

生きるとは、つまり、活動し続けることだ。

子どもと呼ぶにも大人と呼ぶにも中途半端な16歳の秋を、ユーイチとレイコは生き続けている。

──僕達は、ここからはじまる。そして、いつまでも、はじまり続けるんだ。いつまでも、僕達がこのままこの場所にいる限り。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

『She’s Rain』を支えていた『ライ麦畑でつかまえて』の精神は、本作『アーリィ・オータム』でも顕著だ。

子ども以上大人未満の高校生たちが織りなす、友だち以上恋人未満の物語。

本作『アーリィ・オータム』は、そんな微妙な距離感を繊細な感覚でとらえた、青春の物語だった。

オリーブ少女の世界観を再現

本作『アーリィ・オータム』を支えているのは、都会的で洗練されたファッション感覚である。

<ねえ、ユーイチ、昔、IVYやってた?> ローティーンの頃ね。<じゃ、スタジャン、持ってるよね?> ああ <今度、それ、持って来てよ> どうするの? <着るに決まってんじゃん>(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

女子がボーイフレンドの服を借りて着る、というところに、現代的なセンスがある。

オーヴァー・サイズのシャツを、彼女は肩で着ていた。薄っぺらな胸板のかんじがかっこよかった。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

ガールフレンドを、「巨乳なヒロイン」に描かないところも、クールでいい(青春小説のヒロインは、いつから巨乳になってしまったのだろう?)。

普段、ショート・パンツやキュロットのミニ・スカートなんかの多い彼女にしてはめずらしく、薄い素材のジャンパー・スカートに、ピンタックのとってあるブラウスを合わせていた。水玉のリボン・タイに、男物みたいなウィング・ティップセル・フレイムのボストンかけて。やあらかそうな小さい肩が、薄いコットンに包まれていた。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

ここで描かれているのは、80年代の「オリーブ少女」である。

バブル時代、感度の高い女子高生の多くは、雑誌『Olive(オリーブ)』に影響を受けた「オリーブ少女」だった。

本作『アーリィ・オータム』は、そのまま『オリーブ』に連載されても違和感がないくらいにオリーブ的だ。

オシャレな女子高生を描けばオリーブ少女になってしまう。

それが、1980年代という時代だったのだろう。

机もベッドもオールド・パインで、ベントウッドの椅子があった。机の前の壁には、何葉かフォトがピンナップしてある。ベッドのブランケットは、秋らしくこげ茶。チェストの上には斜めに立てかけられた木枠の鏡。その前に、ブルジョワやビバのコスメティックがいくつか、おもちゃの兵隊みたく並んでいた。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

レイコは、部屋の中まで、オリーブの世界観を再現している。

パールのネックレスやイアリング、アンティークなリスト・ウォッチ、ドライフラワー、コサージュ、ラタンのバスケット、古ぼけたテディ・ベア。

オリーブ少女文学というものがあるとしたら、きっと『アーリィ・オータム』のような小説を言うのだろう。

レイコはえんじめいた茶系のブレザーに、チノのショート・パンツを合わせていた。霜降りのポロに、ボーダーのTシャツあしらって、ハイソックスに、ペニィ・ローファーコットンのバッグは斜めがけ、両手でパピエ・プリュスのノートを抱きかかえている、彼女は、無造作にベレーをかぶっていた。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

主人公(ユーイチ)だって、もちろん、オシャレでなければならない。

いちおうトラッドにまとめてみよう、なんて思ったせいで、僕はひどく苦労してしまった。パイプド・ステムのパンツも、オックスフォードのBDも行方が判らなかったからだ。仕方なく、コム・デ・ギャルソンのBDに、コットン・リネンのグレンチェックのトラウザーズを地味に合わせ、ジャック・パーセルの紐を締め直し、あとは口の中で、トラッド、トラッドと呟き自己暗示をかけて家を出た。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

ユーイチが愛読しているのは、もちろん、雑誌『POPEYE(ポパイ)』だっただろう(あるいは『Hot-Dog PRESS(ホットドッグプレス)』か)。

見つからなかったオックスフォードのボタンダウン・シャツは、間違いなくブルックス・ブラザーズだったに違いない(そういう時代だった)。

街の情景は『She’s Rain』の世界観を継承している。

スロープにいるのは、空き缶を並べてスケイト・ボードしてるコ。ローラー・スケイトしてるコ。BMX持ち出して、噴水の周りのステップで遊んでるコ。どっか近くの公立中学の学校帰りのカップル。男のコの、白いオックスフォードのBD。女のコのポニー・テール。炭みたいによく灼けて、すんなり締った素的なすね。短くつめたスカートの丈。通り過ぎて行く、女のコ。通り過ぎて行く、男のコ。(平中悠一「Early Autumn(アーリィ・オータム)」)

『ポパイ』の影響を受けたアメリカ製のボードカルチャーが、シティボーイズのマスターピースだった時代の都市風景が、そこにはある。

こういう小説は、難しいことを考えずに読んだ方がいい。

「アップ・トゥ・デイトなファッション. サービスのためのフィクション」は、佐野元春「Complication Shakedown」(1984)からの引用。

ただし、文庫の紹介文には「 “渋谷系” を先取りした伝説のラヴ・ストーリー」とある。

単行本の初出が1986年(昭和61年)で、文庫の出版が1996年(平成8年)だったから、10年間のタイムラグが、そこにはある。

もっとも、「渋谷系」が、90年代のオリーブ少女に支持されていたことを考えると、「渋谷系を先取りした」というキャッチフレーズにも違和感はない。

80年代の渋谷系文学としての『アーリィ・オータム』と言ったら、言い過ぎだろうか。

本作『アーリィ・オータム』は、オリーブ少女に恋をしたシティボーイの、渋谷系青春小説である。

こんなにもオシャレで洗練された青春が、80年代にはあったんだよなあ(少なくとも文学的世界には)。

書名:Early Autumn(アーリィ・オータム)
著者:平中悠一
発行:1996/09/04
出版社:河出文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。