今回の青春ベストバイは、原秀則さんの『冬物語』です。
80年代の大学受験生像がリアルに描かれています。
バブル時代の空気を感じることができるところもおすすめ。
「日東駒専」くらいには入りたい
大学入試統一テストのニュースが流れる季節になると、毎年、いやーな気持ちになる。
と言っても、自分自身、大学受験で辛い思いをしたわけじゃない。
なにしろ、僕は競うことが苦手な性分で、さしたる努力を要しないで入学することのできる、分相応の学校を安易に選んだだけだったから。
おそらくだけど、僕の中の大学受験に対するいやな気持ちの原因の、少なくともひとつは、『冬物語』という漫画のせいなんだろうなと思っている。
原秀則の『冬物語』は、1987年から1990年までの超バブル期に連載された少年漫画で、冴えない浪人生が主人公の青春物語だった。
その頃、女性が結婚相手へ求める条件に「三高」というのがあって、「高身長」「高収入」と並んで「高学歴」が入っていたから、特に男性にとって、学歴というのは、非常に重要な意味を持っていた(男性にとっては、実に辛い時代だった)。
主人公の森川光君は、勉強もできないのに、なぜか学歴にこだわるという、平凡な若者だ。
一浪して予備校(山の手ゼミナール)に通った光君は、なんとか三流私大(八千代商科大)に合格するも、周囲の冷笑に耐えられなくなって、二浪を決意する。
彼の希望は、とにかく「日東駒専」(日本・東海・駒沢・専修)くらいには入りたいという、極めて小市民的な発想によるものだったけれど、これが、なんとも泣きたいくらいにリアル。
「MARCH」は難しくとも、「日東駒専」くらいだったら何とかなりそうだっていう希望が、きっと多くの高校生にあったんだろうなあ。
そして、自己紹介して恥ずかしくない大学の最低ラインというのが、つまり「日東駒専」という大学だった。
これも、まあ、失礼な話だけれどね。
ところが、光君が恋するのは、美しすぎる浪人生の雨宮しおりちゃんで、彼女は、恋人(田代圭一)の通う東大へ入学するために予備校へ通っているという、浪人エリート(全国模試でも一位をキープしている)。
しおりちゃんに恋したことで、光君も東大を目指すとかなんとか巻き込まれてしまって、彼の浪人生活はぐちゃぐちゃになってしまうというのが、ひとまず『冬物語』の大きなあらすじだ。
(関係ないけど、北海道の小樽出身だったしおりちゃん、東大志望ということは、やっぱり地元の進学校、小樽潮陵高校の卒業生だったのかな)
一方で、しおりちゃんのライバルとして登場する倉橋奈緒子ちゃんは、慶応大学に合格するほどの秀才だったけれど、両親との感情的なこじれから、大学進学の道を捨てて就職の道を選ぶ。
そんな彼女の周りに集まってくるのは、俳優になりたい(光の高校時代の同級生の桂で、ラーメン屋のアルバイトをしている)とか、映画監督になりたい(オヤジと呼ばれる予備校の同級生)とか、とにかく夢見る男の子たちばかり。
僕も、そんな奈緒子ちゃんに憧れた一人で、画像も、つい、奈緒子ちゃんのビキニ姿を選んでしまった(笑)
まあ、実際かわいかったよね、奈緒子ちゃん。
浪人エリートと劣等受験生との間で、優柔不断な光君は行ったり来たりするというのが、この物語の大筋なんだけれど、森川光君は、おそらく、当時の標準的な受験生を象徴する存在だったんだろうな。
良い会社へ入るために良い大学へ進む
森川光君最大の特徴は、なんのために大学へ進学するのか、自分でその理由が分かっていないということだろう。
彼は、とにかく、いずれ少しでも良い会社へ入社するために、少しでも良い大学へ入学しようと考えている。
それは、1980年代に高校生だった多くの若者たちの本音だったはずだ。
明確な目標を持たない彼らは、希望校へ入学してもマジメに講義に出席するわけでなく、ただひたすらに無駄な時間を浪費するだけだ。
そして、それが1980年代の平均的な大学生像だった。
柳沢きみおの『翔んだカップル』でも、大学進学は大きなテーマの一つとなっていたから、「良い会社へ入るために良い大学へ進む」という学歴社会の単純構造は、当時の若者たちに与えられた宿命のようになっていたんだろうな(なにしろ、日本の終身雇用制度が崩壊するなんて誰も考えていなかったし))。
なんて他人事みたいに言ってるけれど、僕自身、そんな1980年代に高校生だった人間の一人だったから、学歴問題というのは、決して関係のない話ではなかった。
むしろ、1990年代に新人サラリーマンとなって、大学名を訊かれるたびにブルーな気持ちになったとき、僕は、森川光君の生き方が理解できるような気がしたくらいだ。
つまり、森川光君にとって、恥ずかしい思いをしたくないっていう自尊感情こそが、大学選びの基準になっていたんだろうなということ。
読み返すたび苦い気持ちになるけれど、リアルな80年代を体感するという意味で、『冬物語』は、やはり優れた漫画だったと思う。
ただ、自分自身ここまで人生を生きてきて感じたことは、少なくとも自分の中で学歴は、サラリーマンをしていく上で、あまり関係がなかったなあということ。
大切なことは、学歴よりも、人柄とか、仕事に向かう姿勢で、その次に能力。
学歴だけで勝負できると考えていたバブル世代の人々は、大抵、ドロップアウトしていったような気がする。
もちろん、本当に優秀な人たちも、少なからずいたけれどね。
あれから35年。
『冬物語』の登場人物たちは、みんなどうなっているのかな。
ヤングサンデーコミックスは全7巻。
映画『スタンド・バイ・ミー』とか、爆風スランプの「リゾ・ラバ」とか、当時のカルチャーがちょこちょこ出てくるところも懐かしい。