読書体験

大岡信「百人百句」作家の生き様に寄り添った俳句鑑賞ガイド

大岡信「百人百句」あらすじと感想と考察

大岡信「百人百句」読了。

本書「百人百句」は、2001年(平成13年)に刊行された俳句の鑑賞ガイドである。

この年、著者は70歳だった。

俳句版の百人一首

本書のコンセプトは「俳句版の百人一首」である。

一人につき一句、百人で計百句の俳句が紹介されていることになるが、実際には、もっと多くの俳句が、本書では採りあげられている。

そもそも一人一句に限定した場合、多くの代表句を残した俳人の場合、何をチョイスするかが大きな問題となるし、本書は季節別のバランスに配慮した配列になっている。

掲出句は、あくまでも俳人への入り口にすぎず、本文において他の作品に触れる形で、鑑賞を深めることができるのが、本書の特徴だろう。

著者の大岡信は、作家主義的な批評によっているため、作品を理解するためには、作家その人の生涯や考え方を理解することが重要になる。

作品解説は作家解説であり、その意味で本書は、百人の俳人に関する概要を把握するのに、非常にまとまった評伝になっているとも言えるだろう。

もっとも、百人も紹介する中には著者の好みも反映されると見えて、紹介の内容には、俳人によって濃淡があるということも、また事実である。

リアルに知り得ている俳人の場合は、本文の文章も中身の濃いものになっている。

例えば、「おそるべき君等の乳房夏来る」が採りあげられている西東三鬼の場合。

人物としては非常に面白い人であった。高柳重信が主宰していた「俳句評論」の賞の審査員として何度か顔を会わせたが、この人は実のあることはほとんどしゃべらず、口を開けばみんなをゲラゲラ笑わせていた。非常に愉快な人という記憶がある。(大岡信「百人百句」)

同時期に活躍した寺山修司では、「流すべき流灯われの胸照らす」が採りあげられている。

寺山修司のすぐれた特徴の一つは、ものまねの天才だったことで、短歌でも俳句でも、まねをした人よりもうまく作ってしまう。寺山が病気で寝こんでいたころに、ある詩人がきれいな詩集を出した。寺山はその詩集の言葉をそのまま入れて短歌を作った。その詩人が寺山においしいところを吸いとられてポイと捨てられてしまったような感じがするくらいのものだった。(大岡信「百人百句」)

寺山修司の解説で分かるように、本書では、作家の本質を極めて簡潔にとらえていることが、大きな特徴となっている。

人気俳人・久保田万太郎について書かれた文章もいい。

万太郎の小説や戯曲は、もちろん新派で演じられたり、小説集も出たり、テレビジョンでもドラマが作られたりしたが、余技のようにしてはじめた俳句が、一般的な意味では、結局万太郎の文名をもっともよく支えていると思う。そして俳句が彼を支えるうえで重要な役割を担っている作品が、この「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」であろう。背後のドラマが、この句自身を支えている。(大岡信「百人百句」)

大胆にして本質を見抜いた万太郎評だと思う。

現代俳句の始祖・正岡子規からは、夏目漱石に送った惜別の句「行く我にとどまる汝に秋二つ」が採りあげられている。

正岡子規の俳句は、俳人と呼ばれている人々には素人の作とみられているふしがあるようだ。子規の句を低くみる傾向は思い違いもはなはだしいが、そういう人々でも、子規の句で好きな句をあげて下さいといったら、この句をあげる人がけっこういるのではないだろうか。思いがこもり、機知の働きがある。俳諧とはこういうものだという軽やかさがある。即席に作る俳句としては相当なものである。(大岡信「百人百句」)

俳句を専門とする人ではない、詩人だからこその鑑賞眼なのだろうか。

俳句鑑賞とはどのようなものなのか

一つ一つ例を挙げているとキリがないが、一番感動したのは加藤楸邨についての文章だったかもしれない。

著者は「鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる」の句を引用して、この句も楸邨による自画像の一つであると指摘している。

鮟鱇は顔や口が大きく体がぶよぶよしていて骨がどこにあるのかわからず、地上に置かれるといわば曖昧な形態に見える魚である。鮟鱇が骨まで凍るような寒さのなかで太い鉤に吊るされて尻尾から輪切りにされていく。骨まで凍りつきながらだんだん切られていく様は、非常に辛い自己認識と重なっている。(大岡信「百人百句」)

当時(昭和24年)、加藤楸邨は病に伏していた頃で、おまけに戦争中にうまい汁を吸っていたのではないかという、戦争責任論まで持ち上がっていた。

楸邨は一切の抗議も弁明もしなかったというが、楸邨の悔しさは「鮟鱇」の句の中にはっきりと表現されている。

著者の俳句鑑賞は、非常に論理的で、エビデンスの提示の仕方も要領を心得ている。

これから俳句を勉強するという人にも、現在、俳句を勉強中という人にも、お勧めの鑑賞ガイドなのではないだろうか。

何より俳句鑑賞とはどのようなものなのかということを、本書は丁寧に教えてくれる。

常に手元に置いておきたいと思える一冊である。

書名:百人百句
著者:大岡信
発行:2001/1/18
出版社:講談社

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。