1990年代は、RVブームの時代だった。
ジムニー・シエラの限定車「エルク」が発売されたのも、そんなRVブームの時代である。
エルクと過ごしたアウトドア・ライフの時代を振り返ってみた。
『Outdoor』誌のRV特集
アウトドア・ライフ・マガジン『Outdoor』1995年(平成7年)3月号の特集は「アウトドアで使える車を分析 RV大研究」だった。
昭和の御代から続いたRV戦国時代も、時は平成に入り、いよいよその熾烈さを増してきた。そしてついに、21世紀を担う新たなRVが、戦乱の世に終止符を打つべく出てきた。(『Outdoor』1995年3月号)
『Outdoor』誌が注目しているのは、1BOXのスペース・ユーティリティと、卓越した機動力、セダンから乗り換えても違和感のない操縦性を併せ持つ「ミニバン」だ。
誌上では「ミニバン春の陣」と銘打って『オデッセイ』と『デリカ・スペースギア』を、キャンプシーンでの観点から比較している。
オートキャンプ・スタイルのファミリーキャンプがブームとなる中、収納力に優れたミニバンは、確実に注目の的だったのだ。
「個性派4×4遊び度チェック」では、時代のニーズに応えて登場したニューカマーを紹介。
ミツビシ『パジェロ ミニ』、スズキ『エクシード ノマド』、トヨタ『RAV4(ラブフォー)』、ニッサン『ラシーン』など、いずれも、90年代のRVブームを象徴する自動車ばかりと言っていい。
「子パジェロ」の愛称が示すとおり、このパジェロミニは、人気No.1のオフロード4駆、パジェロ譲りの性能と装備が自慢の軽RVだ。(『Outdoor』1995年3月号)
軽自動車とは言え、パジェロミニは、カップルの週末デイキャンプには、十分な収納力を有している。
釣りやスキーなどのシーンでは、小回りを発揮して、むしろ優位とさえ言える。
オシャレな若者に人気だったのが、トヨタ・RAV4だ。
斬新なスタイリングと軽快な走りは、まさにアウトドア志向の若者にピッタリだ。(略)発売から10カ月ほど経過した現在でも、人気は衰えをみせない。(『Outdoor』1995年3月号)
シティ感覚でソフィスティケートされたアウトドアを楽しむという意味で、RAV4は確かに憧れの自動車だった。
そもそも、タウンユースでさえ、RV車が優先された時代なのだ。
「誌上ワゴン・オブ・ザ・イヤー」では、スバル『レガシィ』、トヨタ『カルディナ』、マツダ『カペラ』、ミツビシ『ディアマンテ』、スバル『インプレッサ』、ホンダ『アコードワゴン』などが並ぶ。
ミニバン注目の時代とは言え、タウンユースとアウトドアとの併用という観点からは、まだまだワゴンは重要な戦力だった。
数ある車のなかでワゴン車に人気が集まっているのは、スポーツセダンの走行性能に、ワンボックスカーの積載能力が加わっているからだ。(『Outdoor』1995年3月号)
それまで「ワゴン車」と言えば、商品を積みこんだ商用車というイメージが強かったが、アウトドアブームを背景に、ワゴン車はしっかりと市民権を獲得。
世の中の判断基準は、アウトドアで使えるかどうか、という部分にあったのだ。
だいたい、本誌の広告ページにも、「私がBIG」の『ビッグホーン』、「フィールドクルーザーという名の道具」の『新型カペラ・スペースリッチ・ワゴン』、「マイ・ラグジュアリー・タイム」の『ランドクルーザー 80』、「4WDワゴンの新境地」の「カノーア」、「スタイリッシュなRV」の「カリブ」、「異彩の四駆」の『エクシード』と、各社一押しのRV車が次々と登場している。
中古車情報のページによると、130万~180万円台の価格帯にあるのが、平成初期の『パジェロV6ショート・エクシード』『テラノV6』『サファリ・グランロード4200D』『ハイラックス・サーフSSR』など。
190万円~220万円台になると、平成3~5年あたりの『パジェロ2500DTミッドルーフ』『RVR2000 スポーツギア』『エスティマ・ツイン・ムーンルーフ』なども射程距離に入る。
230万円台~260万円台では、『パジェロV6 エクシード・ロング』『デリカ・スターワゴンDT』『ハイエース2400Sカスタム』など、ほぼ人気のRVが手に入る。
新車に近い中古車を求めるなら270万円~300万円台で、『ランドクルーザー80VX』『ラルゴSX-G』『レガシィ・ツーリングワゴンGT』などが「お買い得車」として紹介された。
いくら「RVブームの時代」とは言え、当時の日本社会はバブル景気が弾けた直後で、(今から考えてみると)長い長い歴史的な不景気が始まったばかりの時代である。
長引く不景気とともに、世の中の浮かれたRVブームは、次第に沈静化していくことになるのだが。
新型エルク誕生
さて、そんなRVブームの時代に登場したのが、スズキ・ジムニーの普通車シエラの限定車である『ELK(エルク)』である。
迫力あるワイドボディー。野性味あふれるフロントマスク。このクルマには、どこか荒野の匂いがする。誕生、新型エルク。自由を加速する機能 “ドライブアクション4×4″。クオリティーをさらに磨いた、明るく爽やかなインテリア。軽量ボディーを力強く駆り立てる、1.3リットルオールアルミエンジン。大地が鍛えたその走りは、さらにしなやかに生まれ変わった。新しい地平を目指して、エルクの旅がいま、はじまる。(カタログ「Jimny 1300 SIERRA ELK」)
新型エルクの発売は、1994年(平成6年)6月のこと。
当時、札幌を離れて、オホーツク海に面した港町で仕事を見つけた僕は、渓流釣りに使える(つまりオフロードに強い)RV車を探していた。
ただし、1994年(平成6年)7月には結婚式も控えていて、夫婦でキャンプをする際にも使えるクルマがいい、という条件付きで。
ダイハツ『ロッキー』と最後まで迷ったけれど、結局、限定車という魅力もあって、僕は『新型エルク』を予約した。
その美しい背中が、しなやかな走りを物語る。(カタログ「Jimny 1300 SIERRA ELK」)
アルミ製のルーフキャリアが標準装備されているエルクなら、新婚夫婦二人のキャンプも、何とかなるだろうと考えたのだ。
実際、このルーフキャリアは(オプションのラダーと合わせて)随分と活躍した。
新婚旅行から戻った直後から我々は、稚内や根室までの長距離キャンプ旅行に出かけたからだ(それは暑い夏だった)。
はっきり言って、大量の荷物を積みこむオートキャンプに(いくら普通車とは言え)ジムニーは不向きだ。
ある程度、荷物を厳選して、計算されたパッキングを行うことが求められる。
荷物の少ないキャンプは、あちこちを移動する機動的なキャンプには、むしろ理想的と言えた。
渓流釣りの際には、キャンプ場ではなく、林道の隙間に泊まることも珍しくないから、エルクの機動力は、我々のアウトドア・ライフを力強く支えてくれた。
終わりのない旅のはじめに、エルクの充実装備。(カタログ「Jimny 1300 SIERRA ELK」)
アウトドアが生活の基本だった。
仕事へ出かける前に朝まずめの釣りをして、仕事が終わった後で夕まずめの釣りをした(そのために札幌を離れたのだ)。
エルクは、まさに生活のツールだった。
正直なところ、エルクは長距離走には不向きだった(スピードを出す場面にも)。
高速道路を快適に走る自動車ではない(カタログにあるような「快適クルージング」とは、とても言い難い)。
未舗装の林道に分け入って、人のあまり入らないポイントで渓流釣りをするときにこそ、エルクは力を発揮してくれた。
エルクは、森に住んでいる。(カタログ「Jimny 1300 SIERRA ELK」)
ヴィジュアルに惚れた、ということは否めない。
本物のアウトドアズマンに憧れる若者として、エルクの重厚でワイルドな顔つきは、やはり魅力的だったのだ。
実際、エルクの外観は、アウトドアが好きだということを、これ以上ないくらいに主張してくれる。
大人気の『RAV4』のように、シティとフィールドの間を揺れ動く隙間なんかない。
その絶対性こそ、エルク最大の魅力だったのだろう。
翌年(1995年)の夏に子どもが生まれたあとも、我々はエルクに乗って旅をした。
1996年(平成7年)の百武彗星や百武第二彗星のときも、(生後六か月の赤ん坊と一緒に)家族三人エルクで写真撮影に出かけている(真冬のオホーツクは寒かった!)。
長女の初キャンプは、1996年(平成7年)5月、サロベツ原野にある兜沼公園キャンプ場だった(利尻富士が美しかった!)。
家族三人となったことでライフ・スタイルが変わり、間もなく、我が家はエルクを手放すことになるのだが、エルクが我々の新しいライフステージを象徴するクルマだったことに間違いはない。
あれから30年。
最近は、ジムニー『ノマド』が人気らしい。
札幌生活が長くなった今、あのワイルドなアウトドア車を使いこなす自信は、既にない。
エネルギー(と時間)の有り余っていたあの時代に、エルクと巡り合うことができて、自分は幸せだったのかもしれない。