文学鑑賞

レイモンド・チャンドラー「湖中の女」スピード感ある展開とどんでん返し

レイモンド・チャンドラー「湖中の女」あらすじと感想と考察

レイモンド・チャンドラー「湖中の女」読了。

本作「湖中の女」は、1943年(昭和18年)に発表された長編ミステリー小説である。

湖の中に沈んでいた女性の死体

化粧品会社の社長(デレイス・キングズリー)から、私立探偵フィリップ・マーロウに入った依頼は、行方不明の妻(クリスタル・キングズリー)を探してほしいということだった。

妻は「愛人男性(クリス・レイバリー)と結婚するためにメキシコへ行く」という電報だけを残して、姿をくらましていた。

ところが、そのレイバリーは今も自宅にとどまっており、クリスタルともしばらく会っていないと言う。

マーロウは、事件の糸口を探すため、キングズリーの別荘のある<リトル・フォーン湖>へ向かう。

驚いたことに、別荘の管理人(ビル・チェス)の妻(ミュリエル・チェス)も、クリスタルがいなくなった日から行方不明だという。

ビルと湖畔を歩きながら、マーロウは、湖の底に沈んでいる女性の死体を発見する。

湖中の女—

そして、本当の事件は、ここからが始まりだった、、、

スピード感のある事件展開とどんでん返しの結末

本作「湖中の女」は、フィリップ・マーロウが登場する長編小説としては、四作目の作品である。

1943年(昭和18年)といえば、太平洋戦争が激化していく時代で、作品中にも、アメリカで戦争中であることを示唆する場面が、しばしば登場する。

そして、戦時中という背景が影響しているのか、「湖中の女」は、あまり爽やかな物語ではない。

ミステリーだから当たり前だと言われそうだが、マーロウ長編の名作『さらば愛しき女よ』(1940)や『長いお別れ』(1953)には、切ない中に爽やかな読後感があった。

トリックを暴く名推理や悪党と渡り合うハードボイルドな事件展開よりも、むしろ、登場人物の生き様の中に、マーロウ・シリーズの魅力があると言っていいほどに。

本作では、新たな登場人物が現れる中で、次々と殺人事件が発生して、マーロウの捜査はどんどん深みへとハマっていく。

どんでん返しの結末も含めて、ミステリー小説としての醍醐味は豊かだが、いささか忙しい気がするのも確か。

事件の展開が早すぎるので、しっかりと読みこんでいかないと、物語に置いていかれることにもなりかねない(自分がミステリーに慣れていないせいもあるだろうが)。

含蓄たっぷりな清水俊二の翻訳

などと言いながら、マーロウ長編は、秋の休日を一日読書に費やすのにぴったりの文学作品である。

特に、日々の仕事で忙しい思いをしながら、たまには頭を休めたいと思っている休日に、マーロウ長編は心地良い癒しと安らぎを与えてくれる。

現実の憂さを離れた世界に遊ぶ楽しさが、マーロウ長編にはある。

息抜きという点で、マーロウ長編は、初期・村上春樹の作品と同じような効果を、僕に与えてくれるらしい(両者には共通点が多いのだ)。

村上春樹もマーロウ長編を訳しているが、マーロウ長編は、少々古い訳になっても清水俊二の翻訳で読みたい。

清水さんの訳は、原典に忠実ではないかもしれないが、映画の字幕で培われた物語性がある(少々芝居がかっている)。

「あんた、結婚ってものがどんなものか知ってなさるだろう—どんな結婚だって同じさ。しばらくたつと、私のような男は—私のようなどこにもいるような男は女の脚にさわりたくなる。ちがう女の脚にね。いいことじゃないが、そういうものなんでね」(レイモンド・チャンドラー「湖中の女」清水俊二・訳)

台詞のひとつひとつに含蓄が感じられるのは、清水さんの翻訳小説の大いなる魅力である。

書名:湖中の女
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
発行:1986/5/31
出版社:ハヤカワ文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。