文学鑑賞

復本一郎「正岡子規ベースボール文集」明治の文化系野球青年の作品集

復本一郎「正岡子規ベースボール文集」明治の文化系野球青年の作品集

復本一郎編「正岡子規ベースボール文集」読了。

本作「正岡子規ベースボール文集」は、2022年(令和4年)9月に刊行された作品集である(岩波文庫オリジナル)。

編者は神奈川大学名誉教授(国文学)で、第18回現代俳句大賞受賞の俳人。

野球好きの正岡子規であっても、意外と野球の俳句は少ない

日本の近代俳句の開祖と言われる正岡子規は、生涯に25,000句以上の俳句を作ったという。

そのうち、野球について詠んだ作品が9句、本書には収録されている。

黎明期の日本で野球の普及に努めた人の作品としては、少し数が少なすぎるのではないだろうか。

「野球(やきゅう)」という日本語が、まだなかったために、俳句として採り入れにくいという事情はあったのかもしれない。

「恋知らぬ猫のふり也球(まり)あそび」や「生垣の外は枯野や球(まり)あそび」などは、説明されないと野球の句だとは、誰も思わないだろう。

そもそも野球を「球あそび」という言葉で表現することに無理がある。

現代だったら炎上案件だ(笑)

はっきり野球の句と言えるのは「草茂みベースボールの道白し」と「夏草やベースボールの人遠し」の2句くらいで、野球好きの正岡子規であっても、意外と野球の俳句は少ないのだという感想を持った。

「ベースボール」だけで六文字あるので、「野球」「野球場」「野球少年」など、「野球」という言葉がなければ、俳句の素材には不向きだったに違いない。

この際、作品数よりも「ベースボール」の語を用いて俳句を創作したところに、子規の功績があるのかもしれない。

同様に、野球について詠んだ短歌は10首で、こちらは文字数が多いためか「九つの人九つのあらそひにベースボールの今日も暮れけり」などのように、「ベースボール」の語を用いた佳作が見られる。

ちなみに、正岡子規の幼名に「升(のぼる)」というのがあり、子規はこれに「野球」という字を宛てて「野ボール(のぼーる)」と読ませていたという。

正岡升ベース、ボールに耽る。嘗て学生相会して杯酒を傾く。(正岡子規「正岡升ベースボールに耽る」)

「野球」を「やきゅう」と読むことができていれば、俳句の世界も、また違ったものになっていたかもしれない。

野球殿堂入りを祝う記念誌的な作品集

随筆『松蘿玉液』に「ベースボールとは何ぞや」という作品がある。

1896年(明治29年)7月の『日本』に発表された文章で、野球を知らない日本人に、野球とは何かを伝える内容となっている。

ベースボールの勝負 攻者(防御者の敵)は一人ずつ本基(ホームベース)(い)より発して各基(ろ、は、に)を通過し、再び本基に帰るを務めとす。かくして帰りたる者を廻了(ホームイン)という。(正岡子規「ベースボールとは何ぞや」)

専門用語の意味を説明しながら、野球のルールを解説するというのは、かなり困難なことだったらしい。

「廻了(ホームイン)とは正方形を一周すること」「その間には第一基、第二基、第三基等の関門あり」「ある事情のもとに通過の権利を失うを除外(アウト)という」「ベースボールにはただ一個の球あるのみ」など、現代から思うと楽しい説明が多い。

「除外(アウト)」を「普通に殺されるという」とあるのは注目で、「併殺・封殺・刺殺」「一死・二死・憤死」「塁を盗む(盗塁)」など、野球に物騒な日本語の多いことの原点を見るような気がした。

小説では「山吹の一枝」という作品に「第七回 投球会」という場面がある。

この日は日曜日にて天気もよければ上野公園の群衆はおびただしく、この広場は博物館の横にて人の知らぬ所なれども、それさえ今は真黒に人の山を築けり。紀尾井は今こそ構えこんで一声エイと棒をふれば、球や近かりけん、勢いや強かりけん、ボール左の方へ強きファオルとなりて飛びいたり。人人あわやと見返れば無残! 美人の胸。八矢、美人は倒れたり。(正岡子規「山吹の一枝」)

1890年(明治23年)頃の作品らしいが、草野球の見物に集まった群衆は、野球のルールを知っていたのだろうか。

「人人あわやと見返れば無残! 美人の胸。八矢、美人は倒れたり」というオチがいい(危ないけれど)。

さて、全体として本書では、非常に丹念に、正岡子規の野球に関する作品を蒐集しているが、だから何だ?というモヤモヤ感も残る。

正岡子規好きにも野球好きにも中途半端な印象を受けるんだけど──。

まあ、難しいことは抜きにして、「正岡子規の野球殿堂入り(2002年)を祝う記念誌的な作品集」くらいに楽しんでおこうか。

書名:正岡子規ベースボール文集
編者:復本一郎
発行:2022/09/15
出版社:岩波文庫

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。