村上春樹からメールが届いた奇跡の時代|『復刻版 そうだ、村上さんに聞いてみよう』と座右の銘「Stay cool.」
村上春樹『復刻版「そうだ、村上さんに聞いてみよう」』が出版された。
『そうだ、村上さんに聞いてみよう』は、2000年(平成12年)に朝日新聞社から刊行されたメール版書簡集(?)である。
この記事では、本作『そうだ、村上さんに聞いてみよう』が与えた影響について考察していきたい。
「村上朝日堂ホームページ」の開設
1996年(平成8年)6月4日、「村上朝日堂ホームページ」が開設された。
作家・村上春樹と読者との交流を目的とする、当時としては斬新なホームページだった。
ところで、1996年(平成8年)というのは、どのような時代だったのだろうか?
日本国内の一般家庭へパソコンが普及するのは、1995年(平成7年)に発売された「Microsoft Windows 95」以降のこと。
「Windows 95」の普及により、一般市民にとって「インターネット」が身近なものとなり、個人で「ホームページ」を開設する人たちも増え始めた。
一方、社会的には「阪神・淡路大震災」や「地下鉄サリン事件」など、歴史に残る大事件が発生したのも、1995年(平成7年)という年だった。
さらに、作家・村上春樹の活動をみると、1994年(平成6年)から1995年(平成7年)にかけて『ねじまき鳥クロニクル』を発表し、1996年(平成8年)には「第47回読売文学賞」を受賞している。
「村上朝日堂ホームページ」が開設されたのは、そんな時代のことだった。
村上春樹からメールが届いた時代
「村上朝日堂ホームページ」のPRポイントは、読者が村上春樹と電子メールでやり取りできる、ということだった。
最初のうち、作家・村上春樹に対する質問が中心だったメールは、やがて人生相談のようになり、最後には雑談のようなものまで登場していく。
時々、期間限定で「コードネーム・プレゼント」という企画が催された。
これは、作家・村上春樹が、読者に「コードネーム」(村上朝日堂ホームページで使うハンドルネームのこと)をプレゼントするという、楽しい企画だった。
村上朝日堂ホームページから村上春樹へ質問メール(あるいは感想メール)を送ると、運が良ければ、村上春樹本人から返信メールが届く。
「コードネーム希望です」とお願いすると、運が良ければ村上春樹本人からコードネームがもらえる。
今から考えると、まるで夢のような時代だったかもしれない。
管理人(モグラのジェン)も、村上さんからコードネームをもらいました。もちろん、村上春樹さんからのメールが届きました。
『夢のサーフシティー』
村上朝日堂ホームページは、1997年(平成9年)11月11日、一時的に更新を休止するが、村上春樹と読者とのメールのやり取りは、1998年(平成10年)にCD-ROM版『夢のサーフシティー』として発売された。
その後、村上朝日堂ホームページは1998年(平成10年)2月に再開し、1998年(平成10年)2月14日から1999年(平成11年)11月18日までに行われたメールのやり取りは、CD-ROM版『スメルジャコフ対織田信長家臣団』として、2001年(平成13年)4月に発売されることになる。
しかし、当時、CD-ROMは、パソコンを持っている人しか読むことができない時代だった(今でも同じですが)。
パソコンを持っていない人にも、村上春樹と読者とのメールのやり取りを読んでもらおうということで発売されたのが、書籍版の『そうだ、村上さんに聞いてみよう』である。
書籍版『そうだ、村上さんに聞いてみよう』には、『夢のサーフシティー』と『スメルジャコフ対織田信長家臣団』からチョイスされたメール282通が収録されている。
また、村上朝日堂・番外編エッセーとして「歌詞の誤訳について」が収録された。
『そうだ、村上さんに聞いてみよう』が教えてくれたこと
久しぶりに『そうだ、村上さんに聞いてみよう』を読み返してみて思うことは、村上春樹も若かったんだな、ということだ。
当時の村上春樹はアラフィフ(50歳前後)の、まさに働き盛りで、短いメール文の中にも人生経験から培われた自信を感じとることができる。
僕は昔から「いやなものはいやだよ。行かないよ」という猫山さんモードで暮らしていますが、いったん「あいつはああいうやつだから」と思われちゃうと、それはそれでいけちゃいます。そのかわり多くの局面で人に嫌われます。(大疑問64「カラオケに行きますか?」)
この「そのかわり多くの局面で人に嫌われます」ということを恐れないのが、村上春樹という生き方だった。
人間関係に悩むことの多かった時代、「人に嫌われてもいい」という村上さんの生き方に、どのくらい救われたことだっただろうか。
「べたべたした人間関係に巻き込まれたくない」から、文庫本の解説を誰かに頼んだりしないし、誰かのために書いたりもしない(大疑問223「村上作品の文庫に解説がないのはどうして?」)。
そんな分かりやすさが、当時の村上春樹にはあったような気がする。
僕のサラリーマン人生における座右の銘も、村上さんのメールの中から見つけたものだった。
Stay cool.(大疑問67「理不尽なことを言われたら、どうする?」)
「Stay cool.」という言葉に助けられながら、僕は自分のサラリーマン人生を続けてきたとも言える。
そういう意味で『そうだ、村上さんに聞いてみよう』は、僕の人生に大きな影響を与える重大な本だったのかもしれない(ほとんど意識したことはなかったけれど)。
もちろん、多くのメールはそれほど深刻なものではなくて、なぜか「不倫」の話題が多いなど、あまり実用的ではないものも含まれているが、そういうものも含めて全部が、おそらく「村上春樹」という作家だったのだろう。
バリバリに尖っていた時代の「村上さん」が、この本の中には生き続けている。
まとめ│村上春樹という生き方
本書『そうだ、村上さんに聞いてみよう』は、読者からのメールに答える形で、村上春樹が村上春樹という人間について語っている、そんな質疑応答集である。
どんな答えの中にも「村上春樹」という生き方(ライフ・スタイル)があり、そんな「村上春樹」に励まされながら、僕たちはここまで頑張ってきたのだ。
「パソコン通信」とか謎の言葉が登場するけれど、ここに示されている生き方だけは、おそらく時代が変わっても古びたりはしないはずだ。
約四半世紀(26年)ぶりに本書が復刻されたことを、心からうれしく思う。
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