音楽

大江千里「格好悪いふられ方」オシャレでトレンディな大江千里は昭和の星野源だったのか?

サークルの後輩女子が、後輩男子と仲良くなっているらしい。

1988年、僕は怖い物知らずの大学3年生で、彼女は花の大学2年生。

そして、後輩男子は、この春、大学生になったばかりの新入り1年生部員だった。

昨年から、僕は彼女に目を付けていて(いや、目をかけていて)、それなりに親密な関係を築いていたから、二人の接近は無闇に気になった。

後輩の1年生男子は、大江千里みたいに大きな眼鏡をかけていて、あまり男らしいという感じがしない。

着ている洋服もなんだかオシャレで、それが軟派なイメージを与えている。

「なんだ、あの大江千里みたいなやつ」と僕が言うと、M先輩が笑うように言った。

「でも、彼女は大江千里が好みらしいぜ」

そのとき僕が受けた衝撃は、計り知れないものだった。

大江千里が好きな女子大生っているのか?

でも、後輩1年生のモテ男君の話によると、今時のナウい女子大生の間では、大江千里が大人気なのだという。

「大学生になって、大江千里って、どうよ?」と、僕は(少しムキになって)言った。

なにしろ、そのとき、僕が聴いていたのは、忌野清志郎に酷似した謎のミュージシャン(ゼリー)がリーダーを務める、謎の覆面バンド「ザ・タイマーズ」だったからだ。

僕たちの青春のサウンドトラックに「大江千里」なんていう選択肢があることさえ、その頃の僕は知らなかったのだ。

「今時の女子大生は、オシャレなものにしか興味ないから」と、つい、この間まで高校生だった1年生男子が、ほぼタメ口でのたまう。

信じられなかったけれど、当世風の女子大生と仲良くなるアイテムは、ザ・タイマーズではなくて大江千里だったらしい。

何となく敗北感に満ちて、僕はカセットテープにダビングしてもらった「十人十色」をカーステレオで流しながら、ひとり、自動車を走らせた。

1988年という時代にあって、それは、既に時代遅れの懐メロソングのようにも聞こえたけれど、本当にズレていたのは、きっと僕の方だったのだろう。

音楽でもファッションでも、僕は1980年代という時代が好きになれなくて、何となく1970年代を生きているような気持ちで、1980年代という時代を生きていたのだ。

ドラマ『結婚したい男たち』の主題歌だった「格好悪いふられ方」がヒットした1991年、僕はもう大学を卒業していた。

結局、僕は彼女をモノにすることができず、彼女は彼女なりにオシャレな大学生活を終えて、僕とは違う道を歩き始めていた。

ラジオから流れてくる「格好悪いふられ方」を聴きながら、僕は、まるで自分のことみたいだと思った。

まさか、今頃になって、大江千里の歌が身に沁みるなんてね。

訳の分からない涙を流しながら、僕は「格好悪いふられ方」を繰り返し聴いた。

やがて、J.POPを捨てた大江千里は日本のヒットチャートから姿を消し、コロナ禍の2021年、ニューヨークのジャズ・ミュージシャンとして再登場する。

それが時間の流れというものなんだろうな。

大江千里さん。

僕は、けっこう、あなたに振り回されましたよ。

1980年代という時代にね。

今、あの頃の大江千里を聴くと、まるで、星野源のようなイメージを感じさせる。

オシャレでトレンディな音楽とファッション。

僕は僕なりに、あれからいろいろと勉強したのだ。

もしかすると、あの頃の彼女は、今の星野源を聴くように、大江千里を聴いていたのかもしれない。

ちょっと訊いてみたい気もするけれど、彼女はもういない。

なにしろ、あれから35年の時が経っているのだ。

そして、僕は今も相変わらず、忌野清志郎みたいなザ・タイマーズを聴いている。

1980年代から、ずっとね。

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3代目アコード
バブル世代のビジネスマン。ヤンエグにはなれなかったけどね。