太宰治の『斜陽』では、生き残る者と生き残れなかった者とが対称的に描かれていた。

「姉さん。だめだ。さきに行くよ」の言葉を残して自殺する直治は、生き残れなかった者の象徴である。

果たして、直治はなぜ生き残ることができなかったのか?

この記事では、直治の遺した文章を手掛かりとして、直治が生き残ることのできなかった社会の有り様について考えてみたい。

なお、本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。

太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察

『夕顔日誌』が語る「食い違い」の苦しみ

麻薬中毒で苦しんでいた頃の直治は、『夕顔日誌』という手記を残している。

僕が金持ちの振りをしたら、人々は僕を、金持ちだと噂した。僕が冷淡を装って見せたら、人々は僕を、冷淡なやつだと噂した。けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した。(太宰治「斜陽」)

直治は、現代社会という新しい価値観の中で生きることのできない若者だった。

なぜなら、彼は古い価値観に象徴される「貴族」として生き続けていたからだ。

退廃的な作家・上原二郎と行動をともにしながら、彼は「貴族」を棄てることがなかった。

僕は下品になりたかった。強く、いや強暴になりたかった。そうして、それが、いわゆる民衆の友になり得る唯一の道だと思ったのです。(太宰治「斜陽」)

直治は古い価値観から逃れることのできなかった、戦後社会の被害者である。

貫けなかった不倫、スガちゃんへの恋

直治の生きづらさは「スガちゃん」に象徴されていたと言っていい。

直治が愛する「スガちゃん」は、退廃作家・上原次郎の妻だった。

姉さん。死ぬ前に、たった一度だけ書かせて下さい。……スガちゃん。その奥さんの名前です。(太宰治「斜陽」)

遺書の中で、退廃作家・上原は「デカダン生活を送る中年の洋画家」としてフィクション的に脚色されて登場するが、直治が最も強く恋い焦がれていたのは、その上原の妻・スガちゃんだった。

あらゆる価値観が転換する中で、直治は不倫の恋を貫くことができない。

なぜなら、彼はあくまで「貴族」だったからだ。

雑草のような強さでかず子を妊娠させてしまう上原とは、そもそも生き方が違った。

そこに、直治の弱さがある。

僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。生きて行くのに、どこか一つ欠けているんです。(太宰治「斜陽」)

直治の生きにくさは「欠けている」ものにあったのではない。

むしろ、「貴族」という装飾を棄て去ることができなかったところにこそ、彼の生きづらさがあったのではないか。

「僕は、貴族です」に込められた思い

貴族なのか、貴族ではないのか。

直治にとって、それは重要な問題だった。

貴族として生まれ育った直治は、戦後社会を受け容れることができない。

人間は、みな、同じものだ。なんという卑屈な言葉であろう。(太宰治「斜陽」)

もちろん「人間はみな同じもの」ではなかった。

直治にとってその言葉は、戦後社会が生んだ薄っぺらい民主主義の欺瞞でしかなかっただろう。

だからこそ、直治は「貴族」にこだわり続けなければならなかった。

戦後社会という欺瞞から、自分自身を守るために。

夜が明けて来ました。永いこと苦労をおかけしました。さようなら。ゆうべのお酒の酔いは、すっかり醒めています。僕は、素面で死ぬんです。もういちど、さようなら。姉さん。僕は、貴族です。(太宰治「斜陽」)

直治が生きようとした「貴族」は、ある意味で象徴的なものだった。

彼は「古い身分制度」にしがみついていたわけではない。

人間として誠実に生きることこそ、彼にとっての「貴族」だったのだ。

当時(戦後社会)の読者が、この物語に感じた共感は「上流階級の没落」だけではなかったはずだ。

それは、生き方が問われる時代だった。

「強く生きること」と「美しく生きること」。

そのバランスの中で、人々は苦悩していた。

直治は、そんな戦後社会を代表する庶民でもあったのだ。

太宰治──生き残れなかったもう一人の男

『斜陽』が発表された翌年1948年(昭和23年)6月、作者・太宰治は、玉川上水に入水して命を絶った。

彼もまた、新しい時代の中で、生き残ることのできなかった者なのだろうか?

本作『斜陽』は、作者・太宰治の姿が投影された物語だと言われる。

病死する「母」には作者の憧憬があり、退廃作家・上原には作者の生活が投影されている。

しかし、『斜陽』登場人物の中で、最も作者・太宰治が反映されているのは、新しい時代に生き残ることのできない直治ではなかっただろうか?

姉さん。この上、僕は、なぜ生きていなければならねえのかね? もう、だめなんだ。僕は、死にます。(太宰治「斜陽」)

もちろん、新しい時代を生き抜くかず子もまた、太宰治自身の姿であったに違いない。

しかし、欺瞞に満ちた戦後社会を生き抜くことができるほど、彼は強くはなかったらしい。

みんな、イヤシクていけねえ。乞食みたいな表情をしている。(太宰治、堤重久宛て書簡より)

貧しい時代にも、彼は高貴に生きようとした。

そこに、太宰治という作家の魅力があったのではないだろうか。

残念ながら、彼は生き残ることができなかったけれども。

まとめ|生き残れなかった者の正しさ

本作『斜陽』は、生き残った者と生き残れなかった者との物語である。

主人公・かず子が生き残る者に選ばれた一方、弟・直治は生き残ることができなかった。

不倫の恋に踏み出すこともできず、「貴族」のままで死んだ直治──。

直治の自殺の裏側にあるものは、薄汚れた戦後社会という欺瞞である。

作者・太宰治は、新しい時代に唾を吐きかけるために、直治を生み出し、直治を殺さなければならなかったのだ。

もしかして、太宰治は「直治」を書くために『斜陽』を書いたのだろうか?

それはきっと言い過ぎになるだろう。

太宰治は、やはり、主人公・かず子の強さを描くために、この物語を描いたに違いないのだから。

そんなかず子の「恋と革命」については、次の記事で詳しく読み解いていきたい。

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本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。

太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察

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モグラのジェン
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