周防正行「シコふんじゃった。」読了。
本書は、1991年(平成3年)12月に太田出版から刊行された長編スポーツ青春小説である。
なお、あとがきには「小説『シコふんじゃった。』は映画『シコふんじゃった。』の原作でもなければノベライゼイションでもない」と綴られている。
周防正行監督の映画『シコふんじゃった。』は1992年(平成4年)1月公開。第35回ブルーリボン賞作品賞や第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞した。
バブル時代の中で再生してゆく男子大学生
この物語は、間もなく廃部に追い込まれようとしている教立大学の相撲部が、何とかメンバーを揃えて公式大会に出場し、優勝してしまうという、伝統的なスポ根小説である。
<教立大学>のモデルは<立教大学>であり、その他、実在の大学が、ほとんど特定される形で登場している。
作品中では、1991年当時における学生相撲の状況が詳細に紹介されている。三部リーグの立教大学の対戦相手は、リーグ最強の東北学院大学のほか、東京大学、筑波大学、日本医科大学、防衛大学など。
廃部寸前の弱小相撲部が、素人選手を集めて大会に出場し、優勝までしてしまうという筋書きは、1991年の時点で、さして目新しいものではなかっただろう。
むしろ、1970年代の青春ドラマには散見されたプロットであると言っていい。
それでも、この青春小説が面白いと思えるのは、この小説の舞台設定が、1970年代ではなく、バブル景気最盛期の時代だったからである。
主人公の<山本秋平>は、「したい、やりたい、エッチしたい」をモットーに、女の子との出会いを求めて<シーズンスポーツ愛好会>で活動している、ごく平均的な男子大学生である。
授業にも出席しないで遊びまくり、親戚のコネで一流企業への就職も簡単に決まってしまった。
「ツイてる奴はツイてる」というのが、彼の人生哲学だった。
映画『シコふんじゃった。』では、本木雅弘が秋平役を演じている。ちなみに、唯一の相撲部員<青木>は竹中直人、相撲部監督の<穴山監督>は柄本明、美人マネージャーの<夏子>は清水美砂だった。
ところが、卒業に必要な単位認定を交換条件に、相撲部監督の<穴山教授>から相撲部への入部を提示される。
楽して一流企業に入社できる人生を棒に振る訳にもいかず、秋平は、嫌々ながら相撲部への入部を受け入れる。
大会に出場して、あっさり負けて、さっさと相撲部から姿を消す予定だったはずだが、仲間が増えるに従い、少しずつ秋平は相撲の世界に目覚めていく。
それは、相撲が秋平を変えたということではなく、秋平が夢中になれたもの、それが、偶然に相撲であったというに過ぎない。
その偶然の相撲との出会いの中で、仲間たちと一緒になって夢を追いかけることの楽しさを見つけたのだ。
この三ヵ月はまさしく相撲部の復活祭だった。それと同時にオレ自身の復活祭でもあったような気がする。(周防正行「シコふんじゃった。」)
だから、この青春小説は、弱小相撲部の復活劇である以上に、一人の男子大学生の再生物語として読むことができる。
むしろ、「シコふんじゃった。」という小説の魅力は、秋平という大学生が、自分自身の道を歩き始めるまでの自己変革にあるのだ。
軽薄短小な世相の中で生きる若者たち
変革し再生してゆくのは、主人公の秋平だけではない。
秋平が相撲部に入部したことを笑っていた友人のアメフト選手<堀野>や、シーズンスポーツ愛好会の女子大学生<桃子>たちも、最後の場面では応援に駆けつけて、秋平の背中を押してくれる。
真剣であることが恥ずかしかった時代、本気であることが笑われた時代に、彼らは本気で相撲に取り組み、真剣に母校の相撲部を応援していたのだ。
靖国神社境内相撲場に教立アメフト専属チアリーダーが登場して、場違いな声援を送る場面は、この長い小説の中で最も感動を与えてくれる場面だった。
そして、秋平が相撲部に入部する動機の一つともなった、強気で美人の相撲部マネージャー<夏子>の存在もいい。
ちなみに、作品タイトルの「シコふんじゃった。」は、ラストシーンにおける夏子の台詞だ。
「一緒に、あたしと一緒にシコ踏んでくれる?」オレ達は土俵の中で向き合った。そしてゆっくり大きく四股を踏んだ。「ついにあたしも、シコふんじゃった」夏子はそう言うと小さく笑った。夏子の目の中で、まわしのオレが四股を踏んでいた。オレは今やっと、自分の足で四股を踏み始めたところなのだ。(周防正行「シコふんじゃった。」)
弱小相撲部が立ち直っていく過程の中で、多くの現代的な大学生が、自分自身を取り戻していった。
「シコふんじゃった。」という相撲小説は、(1991年における)現代的な若者たちの再生物語として読むべき小説なのである。
ところで、この再生物語が、野球部やボクシング部やラグビー部が舞台であったら、それはあまりにもカッコ良すぎただろう。
それでは、1970年代のスポ根そのものなのであって、バブル時代と最もミスマッチなスポーツ「相撲」であればこそ、この物語には意味がある。
ひたすら通俗的なコメディに徹しているところも、1980年代から続く軽薄短小の世相を反映しているようでいい。
時代背景と若者たちの再生とのギャップが大きければ大きいほど、この物語は効果的に響いてくるのだから。
正直に言って、途中まではどうかなと思ったけれど、読み終えた時にはおもしろいと思える、そんな小説だった。
書名:シコふんじゃった。
著者:周防正行
発行:1995/1/25
出版社:集英社文庫