氷室冴子『少女小説家は死なない!』読了。
本作『少女小説家は死なない!』は、1983年(昭和58年)11月に集英社文庫(コバルトシリーズ)から刊行された長篇小説である。
この年、著者は26歳だった。
パロディ化された『小説ジュニア』
この物語には、二つの大きなポイントがある。
ひとつは、自称・少女小説家(なにしろ、まだデビューしていない)火村彩子(ひむら・さいこ)の登場である。
物語は、北海道の温泉町・白老町の実家から、東京都内の明正学院大学へ進学したばかりの主人公(朝倉米子)のもとへ、突然、彩子センセ(22歳)が転がり込んでくるところから始まる。
「あの、あなた、もしかして、火……ええっと、火……」名前がスパッと出てこなかった。当然よね。たった一度、偶然買った集学社刊『月刊Jr.ノベルス』という、中・高校生を対象にしたマイナーな小説月刊誌でちらっと見ただけのまるでご縁のない名前だったんだもん。(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
日常生活の中に、突然、異質な存在が現れ、そのまま一緒に生活を始めるというプロットは、藤子不二雄『おばけのQ太郎』や『ドラえもん』で、既におなじみのものだ。
著者自身(氷室冴子)をパロディ化したと思われる少女小説家(火村彩子)のキャラクター設定がすごい。
「青木はね、早稲田の文学部を出たのを自慢にして、あたしが地方の女子大しか出てないのをバカにしてんのよ。そうよ、そうに決まってる。なめるなってんだ。こう見えても、札幌の徳進学園大学部は、北海道随一といわれる女子大なんだ。あたしの出た国文学科の先輩には、不滅のシンガーソングライターの大島なおみだっているし、短大出身には橋本じゅんこだっているんだよ」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
「徳進学園」は、『クララ白書』や『アグネス白書』の舞台でもあり、氷室冴子の母校(藤女子大学)がモデルとなっている。
「不滅のシンガーソングライターの大島なおみ」は中島みゆきで、「短大出身の橋本じゅんこ」は、大橋じゅんこのことだろう(それぞれ藤女子の卒業生)。
主人公(米子)が、たった一度送ったファンレターをネタに、彩子センセは同居を迫る。
「それって、センセ、ほとんど脅迫よ……」「露骨に脅迫と思ってくれてもいいのよ。あたしは目的のためには手段を選ばないという意思の強い、実行力のある人間ですからね」「それ、そういうの、センセ、良心が痛まないの」「何を言っとるか。あたしはエリートなのよ。エリートが凡人を踏み台にするのは、自然のならいよ。良心が痛む痛まないという次元の問題ではなあい!」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
極めて自己中心的で自分勝手な自称・少女小説家(彩子センセ)に振り回される女子大生(米子)。
それが、この物語の基本的なプロットである。
あたしは、世の気のいい小説好きの少女に忠告したい。誇大妄想気味の少女小説家に、プライバシーを書いたファンレターだけは出すもんじゃない! 人生を狂わされちまうぞ。(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
戯画化された少女小説家には、もちろん、作者自身の姿が投影されている。
「あたしはこれでも大学では国文学を専攻してたんです。志賀直哉とか国木田独歩とか、これぞ近代日本文学の神髄!みたいな作家の研究やってて、せっせこ作品読んでたんですけど、どうも今ひとつ、のれないんですよね。そろいもそろって根の暗い主人公ばっかで、朝に何食ったとか、道を歩いてたら誰だかに会ったとか、ほんと、神経衰弱になりそうなくらいコマコマ書いてあるけど、それが何だってんだとか思うと苛々しちゃって。で、真に民衆に根づいた文学って何だろうと、日夜考えてたわけです。もっとこう、心が明るくなるっていうか、明日も元気に生きようみたいな意欲が湧いてこないことには、しちめんどい活字を読む気にならんでしょうが。あたし達青少年て、学校では受験地獄で絞めつけられて、家に帰れば、母さんはローンの支払いのためにパートに出てるし、夕食はスーパーの出来合いで父さんも苛々して家庭も荒廃してるし、ほんと、生きにくい世の中なんだから。そんな時に名作読めとかいって読書指導されたあげくに読む本が、父親とうまくいかずにウダウダ文句言ってる『暗夜行路』じゃ、ほんと、救われないですからね」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
集学社『月刊Jr.ノベルス』編集部で、彩子センセは壮大な文学論をぶちあげる。
この『月刊Jr.ノベルス』の設定もおもしろい。
「なんたって、うちの社の看板は少女向け漫画『別冊マリーゴールド』、少年向け『少年ホップステップ』、OL向け『アノネ』、その他、『ヤングボーイ』みたいな情報週刊誌ですよ。なんたって、うちの社のスローガンは ”売れれば傑作!” ですからね」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
「集学社」のモデルとなっている「集英社」といえば『マーガレット』『少年ジャンプ』『non-no』『週刊プレイボーイ』などの、人気雑誌が目白押しの出版社である。
「売れてる雑誌のヒラ編集者は売れない雑誌の編集長より、鼻息が荒いですからね」と、編集部の細田さんは自虐的に説明をしてくれる。
彩子センセが掲載を目指す『月刊Jr.ノベルス』は、『小説ジュニア』をモデルにしているが、能力のない編集者は「Jr.ノベルス流しになりたいか!」と言って脅されるというくらいに売れない雑誌らしい。
『すばる』をモデルにしている文芸誌『北斗七星』もある。
「何言ってんですか、あんた。あっちは純文学雑誌ですよ。うちとは格が違います。売れる売れないは問題外です。ああいう格調高い雑誌は出版社の良心ですからね」「そんなもん、ですか……」「あたりまえですよ。あちらが華族の嫡出子なら、こっちはヤクザの情夫の子というくらい、格が違うんです。どだい、少女小説家なんてのは、昔のSF作家と同じで、一人前の作家扱いされませんからね」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
自分の職業である「少女小説家」や、自分の作品の発表の場である『小説ジュニア』を、これでもかというくらい徹底的にパロディ化して、ディスりまくっている。
「つい十数年前までは、SFもさんざん叩かれてたもんです。荒唐無稽のおとぎ話だのとね。今の少女小説がそういうそういう扱いで、小説の世界じゃ鬼っ子ですよ。少女小説書いてる作家は、作家の世界じゃ一人前扱いされてないし、まあ、その分ずいぶん屈折してますよね」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
物語の後半では、屈折した少女小説家たちが次々と登場して、廃刊寸前の『月刊Jr.ノベルス』を立て直すべく、ドタバタ劇を繰り広げる。
少女小説家たちの図太さ
『月刊Jr.ノベルス』は、新人作家に競作をさせて、雑誌の立て直しを図ろうと目論んでいる。
「これはぼくの予想ですけど、ファンタジーの火村さん、清純小説の津川久緒さん、耽美小説の富士奈美子さん、官能小説の都エリさん、ラブロマンスの関根由子さんあたりが頑張って、いいものを書いてくれるんじゃないかと思ってるんですよ」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
一口に「少女小説家」と言っても、いろいろなジャンルの小説家がいるらしい。
最初に登場するのは、富士奈美子(SM奈美子)である。
やっぱりそうだ。この人も火村彩子センセとご同類、明日がない少女小説家の一人なんだ。しかも彩子センセと同期というと、あの、殺しのシーンをえんえんと書くという、恐怖の殺人描写作家じゃないかしら。(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
彩子センセと富士さんは、『月刊Jr.ノベルス』編集部で、激しい場外乱闘を繰り広げた最大のライバルだ(なにしろ、世はプロレスブームの時代だった)。
唯一の男性作家(津川久緒)は、時代遅れにも旧仮名遣いの少女小説を書いていて、周りの女性作家からは「ロリータ津川」と呼ばれている(作品名は『東京ローラ』)。
「男のくせして、女子校がどうの、寄宿舎がどうの、Sレターがどうのと気色悪いもん書いてんのよね」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
「ジュニア・ハーレクィン」と呼ばれる関根由子(ハーレー由子)は、『夜明けのフリーウェイ』という作品を発表している。
「ああ、それ。関根由子のパターンよ。なんたって、ここぞってところに、『海が見たいわ』『星が見えない』『今夜だけ、娼婦になりたい』『湘南の風は、優しかったわ』とかなんとか、陳腐な殺し文句が出てくんの。やたら愛の嵐や愛のスコールに会って、愛の迷い子になって、運命の恋に陥るのよ」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
登場人物の男性は、慶応や一橋の大学生か、イラストレーターやコピーライター、カメラマンばかりで、名もないサラリーマン青年は絶対に出てこない。
原宿や六本木や代官山や下北沢から始まって、湘南や軽井沢や鎌倉や横須賀までドライブするのが、お決まりのパターンだ。
「なにしろ、ティーンの好きそうな職業のカッコいい男が、『ギムレットには早すぎる』的殺し文句を吐き、一方、当て馬のBFは揃いも揃って金持ちのボンボンで、やれ自由ケ丘のマンションだ軽井沢の別荘だと、ヒロインを連れてってくれるじゃない。飲むものは間違っても三ツ矢サイダーなんかじゃなくてカンパリソーダとかマティニとかカッコいいしさ。これが受けてるのよね、クソッ」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
都エリの作品は『ニャンニャン♡させて』という官能小説だ。
京介クンの手、アタシの胸にタッチ♡してきた。うふ。くすぐったあい。逃げちゃおうかナ。デモ、好奇心♡♡♡、Doki Doki。京介クンてば、オクテなんだもん。逃げたら、ゴーインにニャンニャンしないと思う。それは、困るのヨ。アタシ、すっかり、気分はCタイケン、だもの。(略)Aっという間にすんじゃって、Bっくりしてるうちに通り過ぎ、やっとCずかにE体験、なんてイヤヨ。(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
彩子センセの怒りは激しく「ルンルンポルノのどこがいいんだ」「こういうの読んでその気になって、手軽にニャンニャンした結果、妊娠でもしたらどうするのよ。ルンルン気分で産婦人科に行けというのか」と手厳しい。
優秀な作品を発表した作家には、連載のチャンスもあるというから、彼らは本気で競い合う(つまり、互いの原稿を奪い合うのだ)。
ただ一人、まともな一般人として、この争いに参加している主人公(米子)の視点から、少女小説家たちの異常性が描かれている。
今ここで、ガス爆発でも起こったら、五人の少女小説家どもは、みんな死ぬんだ。この際、そういう天の配剤が行われないものだろうか。あの人達みんな、一度死んだ方がいいのよ。そうすれば、世の中はどんなに静かになることか……(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
しかし、少女小説家たちはしぶとい。
そのしぶとさを認識するための物語が、本作『少女小説家は死なない!』だったと言っていい。
あたしは細田さんに電話をかけて、こう言いたかった。「さっきの、『少女小説家を殺せ!』というシノプシス、やっぱりダメですよ。致命的な欠陥があります。あの人達は、殺しても死なないんですから。『少女小説家は死なない!』なんて小説を、共同執筆されるのがオチです」(氷室冴子「少女小説家は死なない!」)
もちろん、この物語は、世間から「一人前の作家とは認められない」(と言われている)少女小説家からのメッセージであり、少女小説家に対する(自虐的な)愛が込められている。
「内輪受け」と言ってしまえば身も蓋もないが、当時『小説ジュニア』を愛読していた少女たちからは、大絶賛を受けたのではないだろうか(絶対にウケると思う)。
ドライブ感のある文章と会話文の組み合わせもいい。
今はただ、ハーレー由子の「ジュニア・ハーレクィン小説」や、都エリの「ルンルンポルノ小説」を読んでみたい気分だと言っておこう。
書名:少女小説家は死なない!
著者:氷室冴子
発行:1983/11/15
出版社:集英社文庫(コバルトシリーズ)