文学鑑賞

「岩波少年文庫のあゆみ」70年の歴史を語る著名な作家陣のエッセイ

「岩波少年文庫のあゆみ」70年の歴史を語る著名な作家陣のエッセイ

若菜晃子「岩波少年文庫のあゆみ」読了。

岩波少年文庫は、戦後間もない1950年(昭和25年)のクリスマスに創刊された。

創刊にあたって中心的な役割を果たしたのは、『ノンちゃん雲に乗る』などの創作や、『クマのプーさん』などの翻訳作品でも著名な児童文学者・石井桃子である。

岩波書店の要請を受けた石井桃子は、昭和25年5月、嘱託社員として入社し、少年文庫の創刊に向けて取り組んだ。

石井桃子によって世に送り出された最初の岩波少年文庫作品は『宝島』『クリスマス・キャロル』『あしながおじさん』『ふたりのロッテ』『小さい牛追い』の5作品だった。

「世界の児童文学から古典の名作と現代の傑作を選び、翻訳は原作に忠実に、美しく平易な日本語をめざし、地味な装丁ながら堅牢な製本、手に取りやすい廉価」という特色を掲げた少年文庫は、都市部を中心に大きな反響を呼び、各作品初版2万部を3か月で完売したという。

当時、新制中学校の生徒で、後に児童文学作家となる中川季枝子は当時を回想して「私は先ず、少年文庫の背のあつみがこの上なく嬉しかった」「ブルーの装幀もきれいで私はほれぼれとした」「一冊ずつふえていく少年文庫を、我々は門外不出の鉄則で大切にした。而も、どの本も特定の個人のものとせず、たとえお嫁に行く時も持ち出してはならぬ—ということが姉妹の間で固く約束された」と綴っている。

好評をもって迎えられた少年文庫は、その後も途切れることなく優れた作品を刊行し続け、2020年(令和2年)に創刊70年を迎えた。

本書は、岩波少年文庫の70年間の歴史を丁寧に辿った、貴重な出版史であるが、その内容は、装丁が新しくなる時期を区切りとして語られる少年文庫の歴史だけではない。

『星の王子さま』や『ドリトル先生アフリカゆき』『風にのってきたメアリー・ポピンズ』『ライオンと魔女』などといった、少年文庫に収録されている代表的な作品の紹介が楽しいことはもちろんのこと、シェパード(『たのしい川べ』)やアーディゾーニ(『ムギと王さま』)、チャペック(『こいぬとこねこのおかしな話』)など、少年文庫を飾った挿絵画家の紹介も興味深い。

「翻訳の妙味」という章では、『星の王子さま』の内藤濯や「ドリトル先生シリーズ」の井伏鱒二など、翻訳家に注目した解説を掲載しているが、井伏鱒二の翻訳については岩波書店の『図書』(1961年11月号)に掲載された河盛好蔵のエッセイを再掲するなど、著名な作家の古いエッセイが豊富に収録されているところが、本書の特徴でもある。

岩波少年文庫70年の歴史を語る優れたエッセイ集が本書であると言って良いかもしれない。

岩波少年文庫をよく知らない人が読んでも楽しめるし、実際に少年文庫の作品を読んでみたくなること間違いがない。

そんな読者のために巻末には、創刊から2020年までに刊行された岩波少年文庫全作品の総目録が掲載されているので、気になる作品はぜひ読んでおきたいものだ。

岩波少年文庫に入った『明夫と良二』(庄野潤三)

このブログでは庄野潤三の作品をひとつの大きな柱としているので、庄野さんの作品が岩波少年文庫から出ていることについては、特に触れておく必要がある。

1980年(昭和55年)刊行の『明夫と良二』がそれだ。

浪人中の明夫と、中学3年の良二の兄弟を中心に、大都市の郊外に住む一家の日常を描く。なにげない事件や季節の移り変わりを見つめる描写の中に、人生の深い味わいがつづられる。(「岩波少年文庫総目録」)

もともと『明夫と良二』は、1970年(昭和45年)に岩波少年少女の本シリーズから刊行された作品である。

海外文学の翻訳作品が大多数を占める岩波少年文庫に、庄野さんの作品が入っていることは素晴らしいことだと思うし、できれば、現在の少年少女でも読むことができるよう定期的に発行してほしいと思う。

ついでに言うと、『ザボンの花』や『夕べの雲』など、庄野文学には少年文庫向きの作品が多いので、こうした名作についても少年文庫から刊行すべきだ。

庄野さんの作品は、若い世代にこそ読んでもらうべき作品なのだから。

書名:岩波少年文庫のあゆみ 1950-2020
編者:若菜晃子
発行:2021/3/12
出版社:岩波少年文庫(別冊)

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。