夏目漱石『それから』は、不倫の愛を選んだ男の物語である。

この記事では、夏目漱石『それから』のあらすじや登場人物をわかりやすく整理するとともに、結末の意味や作品が伝えていることなどについて、独自の視点から詳しく考察していきたい。

3行でわかる夏目漱石『それから』

高等遊民・長井代助
30歳になっても働かず、裕福な父親の援助で暮らす代助は、社会の常識や道徳に従うことを嫌い、自分自身の価値観に基づいて自由に生きようとしていた。

友人の妻・三千代への愛
かつて友人の平岡と結婚させた三千代との再会をきっかけに、代助は自分の本当の気持ちに気づき、友情や社会的な道徳と、三千代への愛との間で苦悩する。

愛と社会の対立
自分の心に従って三千代への愛を選んだ代助は、家族や社会との関係を失い、それまでの自由で安定した生活を捨てて、新しい人生へ踏み出すことになる。

『それから』簡単なあらすじ

明治時代の東京。裕福な実業家の次男として生まれた長井代助は、30歳になっても定職に就かず、父親からの援助を受けながら、読書や音楽を楽しむ悠々自適の生活を送っていた。

ある日、学生時代からの友人である平岡常次郎が、妻の三千代を連れて東京へ戻ってくる。

平岡は銀行員として地方で働いていたが、仕事上の問題から職を失い、経済的に苦しい生活を送っていた。三千代も子どもを亡くしたうえに心臓を患い、夫婦の関係は冷え切っていた。

三千代はかつて代助が心を寄せていた女性だったが、代助は自分の気持ちを抑え、友人の平岡と三千代の結婚を取り持ったという過去がある。

三千代の不幸な境遇を知って、代助の心には、かつて封じ込めた恋愛感情が再びよみがえってくる。

一方、代助の父親は、いつまでも働かない息子を心配し、資産家の娘との縁談を進めようとしていた。

家族からの期待、友人への義理、そして三千代への愛。

これまで社会との関わりを避けて生きてきた代助は、自分自身の本当の気持ちと向き合い、人生を左右する重大な選択を迫られることになる。

『それから』主な登場人物【一覧表】

『それから』の中心となるのは、主人公の長井代助と、旧友の平岡常次郎、その妻・三千代の三人です。

さらに、代助の父親や兄夫婦が、彼の生き方に大きな影響を与えていきます。

登場人物 人物紹介
長井代助
ながい だいすけ
主人公。30歳の独身男性。裕福な父親の援助を受け、働かずに暮らす高等遊民。社会の常識や道徳に批判的で、精神的な自由を重視している。
平岡常次郎
ひらおか つねじろう
代助の学生時代からの友人。銀行員として働いていたが、失職して東京へ戻ってくる。生活苦から妻の三千代との関係も悪化している。
平岡三千代
ひらおか みちよ
平岡の妻。かつて代助とも親しかった女性。子どもを亡くし、心臓の病気を抱えている。
長井 得
ながい とく
代助の父親。明治維新後に実業界で成功した資産家。働かない息子を心配し、結婚して社会的に自立することを望んでいる。
長井誠吾
ながい せいご
代助の兄。父親の関係する会社で重要な地位に就いている実業家。現実的な価値観を持ち、弟の生き方には批判的である。
長井梅子
ながい うめこ
誠吾の妻で、代助の義姉。代助を気にかけ、経済的な援助や縁談の相談にも関わる。代助にとって比較的親しい理解者の一人。
門野
かどの
代助の家に住み込んでいる書生。楽天的でのんびりした性格の青年。代助の身の回りの世話をしている。

【考察】『それから』の結末の意味

①代助は最後にどうなったのか?【ネタバレ】

三千代への愛情を自覚した代助は、ついに自分の気持ちを彼女に打ち明ける。

三千代もまた、代助への愛情を抱き続けていた。

代助は三千代への愛を貫くことを決意するが、それは友人である平岡への裏切りであり、社会的な道徳に背く行為でもあった。

父親は代助との親子関係を断絶し、兄の誠吾も弟との絶縁を告げる。

こうして代助は、これまでの生活を支えていた家族の経済的な援助を失ってしまう。

一方、三千代は心臓の病気を悪化させ、代助とは自由に会うことさえできなくなっていた。

愛する女性を選んだ代償として、代助は家族も友人も、社会的な居場所も失ってしまったのである。

②「長井代助」という消極的な主人公

主人公・代助は、決して情熱的な人間ではない。

およそなにが気障だって、思わせぶりの、涙や、煩悶や、まじめや、熱誠ほど気障なものはないと自覚している。(夏目漱石『それから』)

父親や兄から見たとき、代助は「熱誠」の足りない男だった。

だから、実家から経済的な援助がある以上、働く必要もないと考えている。

かつて、三千代を平岡に譲ったときの代助も、やはり、情熱に欠けた男だったのだ。

③「最後の場面」は何を意味するのか?

不倫の恋が身の破滅を意味することを知っていて、なお、代助は平岡から三千代を奪い取ることを選んだ。

代助の軽蔑していた「熱誠」な生き方を、最後に彼自身が実践していたのである。

仕舞には世の中が真っ赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと炎の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼けつきるまで電車に乗って行こうと決心した。(夏目漱石『それから』)

本作『それから』は、主人公・代助の変容を描いた小説である。

黒い着物を着た車掌と運転手の間にはさまれて、一種の音にうずまって動いて行くと、動いている車の外は真っ暗である。代助は一人明るい中に腰をかけて、どこまでも電車に乗って、ついに下りる機会が来ないまで引っ張り回されるような気がした。(夏目漱石『それから』)

以前の代助は「ついに下りる機会が来ないまで引っ張り回されるような」男だった。

最後の代助は「自分の頭が焼けつきるまで電車に乗って行こうと決心した」男である。

三千代との恋愛によって、代助は「熱誠」な男として生きていく道を選んでいたのかもしれない。

④「赤」は何を象徴するのか?

代助の変容は、色によっても暗示されている。

「黒い着物を着た車掌と運転手」に象徴される「真っ暗」だった世の中は、代助の気持ちを反映して「真っ赤」になっている。

煙草屋の暖簾が赤かった。売出しの旗も赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。(夏目漱石『それから』)

「赤」は、代助が激しく生きていくことを暗示する、「熱誠」の色だったのかもしれない。

同時に、それは、生活の安定を失った「恐怖」の色でもある。

心臓の動きに敏感な代助の心臓は、激しく鼓動しつつあったのだ。

⑤「百合の花」は何を象徴するのか

「赤い色」が、代助の心理を反映しているように、『それから』には印象的なメタファーが登場する。

代助と三千代との大きな接点になっている「百合の花」も、やはりメタファーのひとつだった。

さっき三千代が提げてはいってきた百合の花が、依然として洋卓テーブルの上に載っている。甘ったるい強い香が二人の間に立ちつつあった。(夏目漱石『それから』)

二人の間に立ちつつある「甘ったるい強い香」は、もちろん「二人の新しい愛」である。

代助は、百合の花を眺めながら、部屋をおおう強い香の中に、残りなく自己を放擲した。(略)彼はしばらくして、「今日始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で言った。(夏目漱石『それから』)

代助の部屋を満たす「大きな白百合の花」の匂いは、代助が既に後戻りできないところまで進んだことを意味している。

代助にとって、むしろそれは「自然の昔に帰ること」だった。

「その時の僕は、今の僕でなかった。(略)今くらい頭が熟していれば、まだ考えようがあったのだが、惜しいことに若かったものだから、あまりに自然を軽蔑しすぎた」(夏目漱石『それから』)

「自然の昔に帰る」ことは、前作『三四郎』に帰ることでもあったかもしれない。

【解説】『それから』は『三四郎』の続きなのか?

①夏目漱石の三部作

『三四郎』『それから』『門』の三作は、夏目漱石の「三部作」と呼ばれている。

『それから』連載前に向けた予告で、漱石は「三四郎」には大学生の事を描いたが、この小説にはそれから先の事を書いたからそれからである」と書いている。

やはり、『それから』は『三四郎』の「その後」を描いた小説になるらしい。

しかし、登場人物が異なる二つの物語が、なぜ、同じシリーズとして語られるのだろうか?

②森田草平『煤煙』への批判

主人公の代助は、新聞に連載中の小説『煤煙』に触れて、批判的な指摘を示している。

これは、作者・夏目漱石の考えでもあったらしく、日記の中でも、漱石は「煤煙は熾烈なり。しかし、もっともと思うところなし」と、『煤煙』を批判している。

行雲流水、自然本能の発動はこんなものではない。(略)神聖の愛は文字を離れて言説を離る。(夏目漱石「明治42年 日記4」)

簡単に言えば、真実の愛は理屈を超えるものだ、ということになるだろうか。

③『三四郎』から続く『それから』の意味

代助は、不倫の愛が身の破滅を招くことを理解していながら、「自然本能の発動」に任せて、三千代との愛を選んだ。

小宮豊隆『夏目漱石』によると、『三四郎』の主人公・小川三四郎は、「自然本能の発動」に任せて美禰子を愛することのできなかった男である。

その意味では、三千代を平岡に譲ったときの代助は、まったく三四郎だった、ということになる。

三四郎も美禰子も、自分のうちに「行雲流水、自然本能の発動」を感じながら、それとも知らずに、別れ別れになってしまう。(略)三四郎を棄ててお嫁に行った美禰子の役割を、三千代を勧めて平岡に片づかせた代助が勤めていると想像すれば、『それから』は普通に考えられているよりもっと緊密に、『三四郎』と連接する。(小宮豊隆『夏目漱石』)

実家から勘当された「代助の罰」は、不倫の愛の代償というよりも、かつて三千代を棄てた「代助の罪」であり、それは、三四郎を棄てた「美禰子の罪」ということでもあったのかもしれない。

なお、『三四郎』については、次の記事で詳しく解説しています。

▶夏目漱石『三四郎』あらすじ・登場人物を解説|モデルとなった人物とは?

まとめ|『それから』が伝えたいこととは?

本作『それから』が伝えているのは、人間らしく生きることの美しさである。

同時に、それは、人間らしく生きることの難しさでもあった。

「しようがない。覚悟を極めましょう」代助は背中から水をかぶったようにふるえた。(夏目漱石『それから』)

「現代の社会は孤立した人間の集合体にすぎなかった」とあるように、近代社会は、人々の孤立化を進めた時代である。

それは、人間が人間らしく生きることさえ難しいと思われる時代だった。

もしかすると、「自然の昔に帰る」ことは、近代文明からの脱却でもあったのかもしれない。

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文学ブログ『時空標本』では、夏目漱石の作品に力を入れています。

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