村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』(1988)には、ザ・ビーチ・ボーイズの音楽が登場している。
『ダンス・ダンス・ダンス』を読んで、僕たちは、ビーチ・ボーイズのCDを買いに、CDショップへ走った。
そう、『ダンス・ダンス・ダンス』世代は、80年代からビーチ・ボーイズにデビューしたのだ。
1988年のヒット曲「KOKOMO」
『ダンス・ダンス・ダンス』で、中学校時代の友人(五反田君)と主人公が会話する場面。
「そういえば、『グッド・ヴァイブレーション』からあとのビーチ・ボーイズは殆ど聴いてないね。何となく聴く気がなくなっちゃったんだ。もっとハードなものを聴くようになった。(略)ハードな時代になったんだ。ビーチ・ボーイズを聴く時代じゃなくなった」(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)
五反田君は「お伽噺だ」と言った。
主人公は「でも『グッド・ヴァイブレーション』以後のビーチ・ボーイズも悪くはないよ。聴く価値はある」と力説する。
「僕は好きだよ。初期のものほどの輝きはない。内容もばらばらだ。でもそこにはある確かな意思の力が感じられるんだ。ブライアン・ウィルソンがだんだん精神的に駄目になって、最後には殆どバンドに貢献しないようになって、それでも何とかみんなで力を合わせて生き残っていこうとする、そういう必死な思いが伝わってくるんだ」(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)
そして、『ダンス・ダンス・ダンス』が流行した1988年(昭和63年)、街では、ビーチ・ボーイズの新曲がヒットしていた。
映画『カクテル』のオリジナル・サウンドトラック「ココモ」(1988)である。
「ココモ」のヒット曲を受けて、ビーチ・ボーイズは、ニューアルバム『スティル・クルージン』(1989)を発表。
当時、『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいた若者たちが聴いたビーチ・ボーイズこそ、まさに、この『スティル・クルージン』だった。
アルバム・タイトル曲「スティル・クルージン」は、映画『リーサル・ウェポン2/炎の約束』に使われたもので、80年代のビーチ・ボーイズを代表するヒット曲となっている。
「ココモ」の勢いも手伝って、本作『スティル・クルージン』はゴールド・ディスクを獲得。
『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公も、まさか、ここまでビーチ・ボーイズが復活するとは思ってもいなかっただろう(しかも、小説と同じタイミングで)。
残念なのは、このアルバム制作にも、ブライアン・ウィルソンは一切関わっていない、ということだ。
「ブライアン・ウィルソンがだんだん精神的に駄目になって」いく過程は、伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2014)に詳しい。
幼少期からの父親との確執を抱えて、ブライアンが精神的に崩壊していく過程は、映画で観ていてさえ痛々しいものだ(むしろ、メリンダ・レッドベター役のエリザベス・バンクスに見応えがある)。
『スティル・クルージン』でビーチ・ボーイズ・デビューを果たした80年代キッズは、続いて、『ザ・ビーチ・ボーイズ ’85』(1985)にも手を伸ばした。
当時は、あまり話題にならなかったようだが、今改めて聴くと、80年代AORサウンドがオシャレで、決して悪いアルバムではない。
このアルバムは地元ロサンゼルスとロンドンでレコーディングされたものだが、プロデューサーになんと気鋭のスティーヴ・レヴィンを起用しているのである。(略)全体的にはスティーヴ・レヴィンがビーチ・ボーイズに敬意を表して彼らならではのサウンドを損なわぬようにしているが、随所に今風のエレクトニック・ポップ色などを施すソツのなさだ。(東ひさゆき『ザ・ビーチ・ボーイズ ’85』解説)
早い話、昔のビーチ・ボーイズとは違う、ということだろう。
「メイビー・アイ・ドント・ノウ」におけるゲイリームーアのギターソロなんか、とても、ビーチ・ボーイズを聴いているとは思えない気持ちになってくる。
さらに、「アイ・ドゥ・ラヴ・ユー」は、スティービ-・ワンダーの作品で、本人も演奏に参加するという力の入れようだが、こうした仕掛けは、古き良きビーチ・ボーイズとの決別を意味しているようにも聞こえる。
ビーチ・ボーイズには、やはり、「カリフォルニア・コーリング」のような歌を歌ってほしい(ノスタルジーでも何でもいいから)。
もしアメリカ中の誰もが
ボクたちとカリフォルニアにやってきたら
みんなを西の方へ連れ出すよ
そこでは太陽がサンサンと
降りそそいでるんだ
50年代は”ヘイ・ダディ・オー”だったね
それからサーファーとホットロッドのブーム
自分たちのサーフボードと車を持ってさ
車をかっとばしてさ
ムチャやったと思うよ
こちらカリフォルニアです
ただちにまいります
美しい女性がボクを見つけて
どうやって永遠の波に乗るか
教えてくれるんだ
(ザ・ビーチボーイズ「カリフォルニア・コーリング」)
ちなみに、「カリフォルニア・コーリング」では、リンゴ・スター(元ビートルズ)が参加しており、アルバム全体として、かなり豪華な顔ぶれになっていることは確か。
『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公は、『ザ・ビーチ・ボーイズ ’85』まで聴いていたのだろうか。
古き良きビーチ・ボーイズ『MADE IN U.S.A.』
懐かしいビーチ・ボーイズを聴くなら、ベストアルバム『MADE IN U.S.A.』(1986)がいい。
キャピトル時代の作品を中心に、新曲2曲(「ロックン・ロール・トゥ・ザ・レスキュー」と「夢のカリフォルニア」)を含む、全25曲の構成。
それからしばらく、僕らは黙ってビーチ・ボーイズの音楽を聴いていた。「カリフォルニア・ガールズ」「409」「キャッチ・ア・ウェイブ」、そんな昔のイノセントな曲ばかりだった。(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)
ベスト盤『MADE IN U.S.A.』には、「カリフォルニア・ガールズ」と「409」は入っているけれど、「キャッチ・ア・ウェイブ」はなぜか収録されていない。
ビーチ・ボーイズのヒット曲が、あまりにも多すぎるからだろう。
「サーファー・ガール」「ヘルプ・ミー・ロンダ」「ドンド・ウォリー・ベイビー」「神のみぞ知る」「グッド・ヴァイブレーション」。
それは、確かに「御伽話」の世界だ。
もっと歳をとったら素敵だろうな
そうすりゃこんなに長く待たなくて済むよ
一緒に暮らせたら素敵だろうな
2人だけのものだよと言える世界でね
(ザ・ビーチボーイズ「素敵じゃないか」)
あれから38年。
僕は今でも『スティル・クルージン』を聴いて、1988年(昭和63年)の『ダンス・ダンス・ダンス』を読み返している。
38年分の歳を取った世界も、なかなか素敵じゃないかと思いながら。