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フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ」結婚できないアラサー男子の孤独

フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ」あらすじと感想と考察

F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」読了。

本作「リッチ・ボーイ(金持の青年)」は、1926年(昭和元年)1月『レッド・ブック』に発表された短編小説である。

原題は「The Rich Boy」。

この年、著者は30歳だった。

作品集としては、1926年(昭和元年)に刊行された『すべて悲しき若者たち(All the Sad Young Men)』に収録されている。

結婚できないアラサー男子の孤独

本作「リッチ・ボーイ」は、結婚できないアラサー男子の孤独を綴った物語である。

財産家に生まれた<アンソン・ハンター>は、とびきりの金持ちだった。

とびきりの金持ちの話をしよう。彼らは僕ともあなたともまるで違っている。子供の頃から何の不足もなく育ち、人生を楽しむ術を身につけてきた彼らには、何かしら特別なものが備わっているのである。(F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」村上春樹・訳)

豊かな経済力を背景に立派な青年へと成長したアンソンは、真面目で誠実な女性<ポーラ・リジェンドリ>と激しい恋に落ちるが、高い自意識が邪魔をして、なかなか結婚に踏み切ることができない。

やはり今が言いだす潮時かなという思いが一瞬アンソンの頭をよぎった。しかし彼は思いなおした。「いや、もう少し待とう──彼女はどうせ僕のものなんだ」(F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」村上春樹・訳)

「いや、もう少し待とう──彼女はどうせ僕のものなんだ」という金持ちゆえの間違った状況判断が、アンソンの人生には付いて回る。

結局、待つことに疲れたポーラは、あっさり別の男性と結婚してしまい、アンソンは大きな落胆に包まれてしまう。

その後も、アンソンは、ビッチな女の子<ドリー・カージャー>と深い仲になるが、最初から遊び相手と割り切っていたこともあって結婚まで進むには至らず、ドリーは別の男性と結婚してしまう。

同じことの繰り返しにアンソンは失望するが、高い誇りを捨てることはできない。

アンソンは二十九になったが、自分が日増しに孤独になっていくことがいちばんの気懸りだった。もう俺が結婚することはないな、と彼は確信していた。(F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」村上春樹・訳)

気が付けば、独身仲間の男性たちは次々と結婚していき、誰よりも条件の良かったはずの男性アンソンだけが、宙に取り残されているのだった──。

「結婚できない高めの女」という都市伝説

この物語を読み終えたとき、僕は「結婚できない高めの女」という都市伝説を思い出した。

高めの女というのは、結婚に高望みをしがちで選り好みが激しく、何となく婚期を逃しているうちに、結局普通の男と結婚してしまうという、あの都市伝説だ。

本作の主人公アンソンは社交家で、男性の友人も多く、仲間に人気のあった青年だけに、結婚できない悩みは深い。

彼の悩みは結婚できない悩みではなく、周りから取り残されていくことの悩みなのだ。

「僕は結婚なんてしないよ」と彼は口にするようになった。「僕は余りに多くのことを見すぎた。そして幸せな夫婦というのはほんのたまにしかいない。だいいち僕はもう歳だよ」(F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」村上春樹・訳)

アンソンの不幸は、彼が結婚に強い憧れを持つ青年だったということにあるだろう。

別れた後も随所で登場するポーラは、アンソンにとって幸せな結婚の象徴だった。

彼女の早すぎる死は、幸福な人生の破滅を暗示していたのかもしれない。

結局のところ、金持ちだから幸せになれるというほど、人生は単純ではないということを、この物語は教えてくれる。

高い誇りと自尊心を持つアンソンは、そこのところを見誤ってしまったのだ。

ほとんどの仲間たちが結婚して家庭に入り、週末には一緒に過ごす友人もいないとき、彼の孤独は一層際立って描かれている。

その午後三度も君に電話したんだぜ、とあとになって彼は言った。ニューヨークにいそうな人間にはかたっぱしから電話してみたのだ。もう何年も顔をあわせていない男たちや女たちに。(F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ(金持の青年)」村上春樹・訳)

実際のところ、彼はまだ30歳になったばかりなのだが、フィッツジェラルドの小説では、男性の節目は30歳として描かれていることが多いような気がする。

つまり、適度に遊んで、生涯の伴侶を見つけるための期間が20代ということなんだろうな(少なくとも1920年代のニューヨークにおいては)。

村上春樹は、フィッツジェラルドの代表的な短編小説(ベスト3)として、「冬の夢」「バビロンに帰る」「リッチ・ボーイ(金持の青年)」を挙げている。

確かに、この3編は、日本で出版されているフィッツジェラルドのどの作品集にも収録されているので、代表作として間違いないというところだろう。

なので、フィッツジェラルドの短編小説を読みたいという人は、この3編から始めるのがおすすめである(ちなみに、本作「リッチ・ボーイ」が一番長い)。

それにしても、フィッツジェラルドの文章は贅沢で装飾が多い。

普段、日本の私小説の質素な文章に親しんでいる自分にとって、フィッツジェラルドの文章はキラキラと輝きすぎているような気がする。

まあ、そこが、フィッツジェラルドという作家の魅力なんだろうけれど。

作品名:リッチ・ボーイ(金持の青年)
著者:F・スコット・フィッツジェラルド
書名:ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック
訳者:村上春樹
発行:1991/04/10
出版社:中公文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。