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村上春樹「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」現代アメリカ文学の世界

村上春樹「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」あらすじと感想と考察

村上春樹「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」読了。

本作「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」は、2000年(平成12年)5月に中央公論社から刊行されたアンソロジーである。

この年、著者は51歳だった。

取りとめのない、雑多なアンソロジー

「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」という魅力的な書名は、有名なブルーズ曲『ストーミー-・マンデー』の歌詞の一部である。

月曜日は最悪だとみんなは言うけれど
火曜日だって負けずにひどい

そして、このブルーズ曲の歌詞を引用した小説家が、短篇小説集『コールド・スナップ』の作者であるトム・ジョーンズだった。

村上春樹は、トム・ジョーンズが書いた「私は…天才だぜ!」というエッセイの翻訳に、オリジナルの長いコメント(コラムのようなもの)を抱き合わせにして、本書に収録している。

もっとも、トム・ジョーンズにとって最悪だったのは、月曜日でも火曜日でもなかったらしいけれど。

金曜日はもう最悪だった。なにしろ掃除夫にとっては、毎週毎週が精神的打撃の限りなき連続なのだ。(トム・ジョーンズ「私は…天才だぜ!」訳・村上春樹)

「私は…天才だぜ!」は、作家トム・ジョーンズの「私の履歴書」みたいな回顧録で、小説を書き始める前の彼は、学校の用務員のような仕事もしていたらしい。

非常に興味深いエッセイだけれど、本書『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』は、別に、トム・ジョーンズをテーマにした本というわけではない。

本書は、アメリカで発表された、アメリカ文学に関する文章の中から興味深いものを村上春樹が翻訳し、それにオリジナルのコラムをくっつけて収録しているというアンソロジーである。

だから、トム・ジョーンズについての文章は一つしかなく、レイモンド・カーヴァーに関するものが二つ、ティム・オブライエンに関するものが三つ、ジョン・アーヴィングに関するものが一つ、デニス・ジョンソンに関するものが一つ、という具合になっている。

そのうち、ティム・オブライエンの短篇小説が二つ収録されていて、短篇小説あり、エッセイあり、文芸批評ありという感じの、取りとめのない、かなり雑多な印象を受けるアンソロジーだ。

誰がレイモンド・カーヴァーの小説を書いたのか?

興味深いのは、やはりレイモンド・カーヴァーに関するもので、特に、D・T・マックスの「誰がレイモンド・カーヴァーの小説を書いたのか?」はおもしろい。

カーヴァーの初期の作品では、編集者ゴードン・リッシュによる大幅な変更が行われていたというのは、アメリカ文学界ではちょっとした都市伝説となっている。

リッシュの変更は、かなり大きな変更だったので、カーヴァーの作品というよりは、リッシュの作品といった方が実相に近い、なんていう意見まであるくらいに。

「誰がレイモンド・カーヴァーの小説を書いたのか?」では、実際にカーヴァーの原稿を検証して、リッシュによる変更が、作品にどの程度の影響を与えるものだったのかを考察している。

リリー図書館所蔵の原稿はそうではない。ページには数限りない削除があり、つけ加えがあった。いくつものパラグラフがまるごと追加されていた。リッシュの黒いフェルトペンによる書き込みは、ときにはオリジナルのテキストを跡形もなく抹殺していた。(D・T・マックス「誰がレイモンド・カーヴァーの小説を書いたのか?」訳・村上春樹)

短篇集『愛について語るときに我々の語ること』(1981)の場合、リッシュは、オリジナル原稿の単語の半分くらいを削除し、十三篇の短篇小説のうち、十篇までの結末を書き直していたという。

初期の作品集『頼むから静かにしてくれ』や『愛について語るときに我々の語ること』で、ミニマリズム的だったカーヴァーの作風は、後期の『大聖堂』や『ぼくが電話をかけている場所』で大きく変身を遂げている。

これは、カーヴァーがリッシュの支配から独立したことを物語っている、ということらしい。

ミニマリスト的なカーヴァーの作品が好きな読者にとっては、ちょっとしたニュースだろうか。

もっとも、映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』の中で、スクリブナー社の編集者マックス・パーキンズは、トム・ウルフの原稿に膨大な手を加えて『天使よ故郷を見よ』を完成させているから、作家と編集者との関係なんて、そんなものだったのかもしれない。

映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』において、編集者のアドバイスを徹底的に拒絶するサリンジャーが描かれているのも、編集者が作家の原稿に手を加えることが当たり前だったからこそだろう。

カーヴァー関係では、もう一篇、リチャード・フォードの「グッド・レイモンド」もいい。

これは、カーヴァーの良き友人だったリチャード・フォードによるカーヴァーの回想録で、友人との楽しき日々を懐かしむ温かい作品となっている。

「ここなら仕事ができるよな。階段を上がって、二階に行って書けばいいんだ。それだけのことだものね」「良いものを書かなくちゃ話にならないけどさ、もちろん」と私は言った。「気にしないで、ごみみたいなものを書けばいいんだよ」(リチャード・フォード「グッド・レイモンド」訳・村上春樹)

レイモンド・カーヴァーという作家の人物像を把握する上で、「グッド・レイモンド」は、とても良いエッセイだと思った。

本作『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』は、全体に取りとめがないアンソロジーではあるけれど、アメリカの現代文学を好きな人には楽しめる作品集である。

書名:月曜日は最悪だとみんなは言うけれど
著者:村上春樹
発行:2000/5/10
出版社:中央公論社

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。