当別町の石狩川沿いに、本庄陸男(ほんじょう むつお)の文学碑がある。

本庄陸男は昭和初期に活動したプロレタリア文学の作家だった。

代表作に『石狩川』という長編小説がある。

『石狩川』の作者・本庄陸男

今、本庄陸男という名前を聞いて「ああ、あの作家ね」と反応できる北海道民はかなり少ないだのではないだろうか。

まして全国的に本庄陸男の名前が知られているとは、到底思われないだろう。

戦前に活躍した本庄陸男は、既に忘れられた作家なのだ。

今、日本の文学界に「本庄陸男」という名前が残されているとしたなら、その唯一の理由は「名作『石狩川』の作者」ということになる。

おこがましくも作者は『石狩川』の興亡史を書きたいと念願した。川鳴りの音と漫々たる洪水の光景は作者の抒情を掻き立てる。その川と人間の接触を、作者は、作者の生れた土地の歴史に見ようとした。そして、その土地の半世紀に埋もれたわれらの父祖の思いを覗いてみようとした。(本庄陸男『石狩川』あとがき)

石狩川流域で生きる開拓者たちの苦難の日々を描いた『石狩川』は、北海道開拓の歴史を伝える、貴重な歴史小説だった。

文学碑『石狩川』

名作『石狩川』は、本庄陸男の出身地である当別町が舞台となっている。

『石狩川』の文学碑が、当別町内の石狩川沿いにあるのは、そのためだ。

札幌から当別町に向かって走り、札幌大橋で石狩川を越えたところを右折して川沿いの道に入ると、すぐに「『石狩川』文学碑」がある。

当別町にある本庄陸男『石狩川』の文学碑当別町にある本庄陸男『石狩川』の文学碑

文学碑のほかには何もない空の下ですっくとそびえ立っているのが、札幌西高出身の建築家・山内壮夫デザインによる『石狩川』の文学碑だ。

作家・本庄陸男の功績と当別町開拓に尽力した伊達一族に対するリスペクトが、このモニュメントには象徴されているらしい。

とりたてて著名な作家でもなければ、およそ観光スポットでもないという『石狩川』文学碑は、それでも名作を産んだこの地を誇りに思うかのように、青空の中で光り輝いていた。

当別町「本庄陸男生誕の地」碑

ロイズカカオ&チョコレートタウンの隣に「本庄陸男生誕の地碑」がある。ロイズカカオ&チョコレートタウンの隣に「本庄陸男生誕の地碑」がある。

当別町内には、本庄陸男の文学碑がもうひとつある。

「ロイズカカオ&チョコレートタウン」のすぐ隣にある「本庄陸男生誕の地碑」だ。

ロイズのカカオ&チョコレートタウンには多くの観光客が訪れているが、そのすぐ隣に当別町出身作家の文学碑があることについては、まるで誰も知らないようだった。

画面の右端・下に「本庄陸男生誕の地碑」が見えている。画面の右端・下に「本庄陸男生誕の地碑」が見えている。

ロイズの駐車場からは離れているし、そもそも大きな倉庫の陰に隠れて気づかれにくいということもあるかもしれない。

「本庄陸男生誕の地碑」は、まるでロイズのチョコレートタウンにそっと寄り添うかのように、静かにたたすんでいた。

丁寧な説明板を読んでいると、本庄陸男が今も地元の人たちから愛されている様子が伝わってくる。

まとめ|北海道開拓の歴史

本庄陸男は当別町出身の作家である。

当別町は今「ロイズチョコレートタウン」だけではなく、IKEAのポップアップストアが入る「北欧の風 道の駅とうべつ」でも注目の町だ。

観光で当別を訪れる観光客に、本庄陸男のことをもっと知ってもらってもいいのではないだろうか。

「『石狩川』文学碑」の隣に「本庄陸男生誕の地碑」の案内板がある。「『石狩川』文学碑」の隣に「本庄陸男生誕の地碑」の案内板がある。

『石狩川』が北海道文学史(というか、日本近代文学史)に残る名作である以上、本庄陸男の名前はもっと知られていい。

二つの立派な文学碑をきっかけにして「本庄陸男」の名前を覚えてもらい、次に名作『石狩川』を読んでもらう。

そんな循環が、令和の今こそ必要なのではないだろうか。

歴史小説に「古くなる」ということはない。

当別町開拓の歴史は、つまり、北海道開拓の歴史ということでもあるのだから。

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