眉村卓『わがセクソイド』は、1969年(昭和44年)に発表された近未来SF小説だ。
過去と未来とが混在するような物語の中に、現代社会が見える。
【あらすじ】生きづらさを抱えた青年の居場所探し
どんな時代にも、社会と上手に関わっていくことのできない、不器用な人間がいる。
主人公の青年・浅野年夫も、大人の社会に順応することのできない、不器用な若者の一人だった。
学生時代から優秀で一流信用会社に入社したものの、上司と衝突して転職を繰り返す彼にとって、世の中に居場所を見つけることさえ容易ではない。
学生時代のライバルでエリート街道を疾走する水原英一との対比の中で、主人公・浅野の焦燥は描かれていく。
「それが現実というものさ。現実を本当に動かすのは、現実の中で生きている人間なんだ。そこで、勝者にならなくちゃならん」「勝者だと? 奴隷だろう」(眉村卓「わがセクソイド」)
社会の奴隷となって生きることを、浅野は徹底的に拒否しようとしていた。
セックス専用のアンドロイド「セクソイド」
それは「フリーセックス」が叫ばれる時代だった。
器用な男や女たちはフリーセックスの時代を享受し、快楽を貪るように楽しんでいたが、そうではない男女は、むしろセックスから遠ざかりつつある。
フリーセックス時代は「セックスの格差社会」を生みだしていたのである。
そのために開発されたのがセックス専用のアンドロイド、つまり「セクソイド」だった。
女性とのコミュニケーションに不安を抱える浅野は、セクソイド「ユカリ」と過ごす時間に、安らぎを求めていく。
「幻影から脱出するんだ。きみの相手は、実在していないんだぞ。きみはその架空世界の中で、人間として、未発達のままに終るかもしれないんだ」(眉村卓「わがセクソイド」)
水原の警告にもかかわらず、ユカリとの関係を絶つことができない浅野は、やがて破滅への道を歩き始めていた。
1969年に描かれた近未来SF小説
まるで現代のAI時代を描いた物語のようだが、本作『わがセクソイド』は1969年(昭和44年)に発表された、昭和時代のSF文学である。
社会運動の時代を反映するように、作品中にもセクソイドの導入に反対する過激な団体と機動隊とが衝突する場面が描かれている。
一方で、作者・眉村卓は、徹底的に合理化されたコンピューター社会という「近未来」を、克明に創り出した。
1969年に描かれた近未来は、現代の読者にとって、まるで過去と未来とが混在するような、不思議な体験を与えてくれる。
それでいて、その根底にあるものは、現代の我々が感じている違和感そのものだったかもしれない。
「いいかえれば、それは、現代の社会機構を意味する。セクソイド・ロボットは、その社会機構を具現した姿なんだ。きみのユカリとはね、浅野、きみが憎悪している──あるいは憎悪していると思い込んでいる今の世の中の、その象徴なんだぞ」(眉村卓「わがセクソイド」)
人間の欲望をコンピューターが処理する世界。
そんな世界を、現代の我々も生きつつあるのではないだろうか。
つまり、本作『わがセクソイド』に描かれているのは、過去でも未来でもない「現代」という世界観だったのだ。
『ねらわれた学園』の作者・眉村卓
僕たちの世代にとって、眉村卓といえばSFジュブナイルの作家というイメージが強い。
角川映画にもなった『ねらわれた学園』のイメージが強すぎるためだろう。
しかし、サラリーマンから小説家へと転身した眉村卓の本当の領域は、やはりビジネス社会にあったのかもしれない。
狂ったセクソイドに恐怖を感じた人々は、社会への疑問を抱き始める。
「誰が──」やっと声が出た。「誰が、こんなことにしたんだ?」一瞬おいて、その問いに対する声が、どこかから返って来た。「俺たちじゃねえか」(眉村卓「わがセクソイド」)
眉村卓は「狂った社会」の責任を、誰かに見つけようとしたのではない。
その責任を自分たちで引き受けることを、彼は読者に求めていたのだ。
それが社会を創り出した者たちの責任であることを、作者は伝えようとしていたのではないだろうか。
***
本作のような昭和後期の傑作SFや名作小説をもっと知りたい方は、別記事「【昭和文学のおすすめ名作30選】高校生に読んでほしい初期〜後期の小説を時代別に徹底解説」もぜひ併せてお読みください。
まとめ│AI時代を生きていくために
本作『わがセクソイド』は、AI時代を生きる我々に、不気味な警告を発している。
どこまでも寄り添ってくれる、優しくて頼りがいのある人工知能。
それは本来、人間から人間性を奪い、人間を機械の一部にしていく世の中の象徴であった。(眉村卓「わがセクソイド」)
いつか本当に「セクソイド」は登場するのかもしれない。
1969年に眉村卓が予言した物語世界を再現するかのように。
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