文学鑑賞

フィッツジェラルド「冬の夢」サクセスストーリーと青春の喪失

フィッツジェラルド「冬の夢」あらすじと感想と考察

F・スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」読了。

本作「冬の夢」は、1922年(大正11年)12月『メトロポリタン・マガジン』に発表された短編小説である。

原題は「Winter Dreams」。

この年、著者は26歳だった。

作品集としては、1926年(昭和元年)に刊行された『すべて悲しき若者たち(All the Sad Young Men)』に収録されている。

冬に描かれたサクセス・ストーリーへの夢

本作「冬の夢」は、青春の喪失をテーマとした短編小説である。

主人公<デクスタ・グリーン>には、大きな夢があった。

彼が望む夢は、大きな成功を手に入れることである。

華麗な事物や華麗な人々との関わりを持つことを、彼は求めていたわけではなかった。彼は華麗なるもの、それ自体を欲していたのだ。(F・スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」村上春樹・訳)

14歳の頃、デクスタは、ゴルフ場のキャディとしてアルバイトをしていた。

ゴルフ場に雪が積もる頃、彼は、自分自身がゴルフ場のスターとなることを夢見ながら、長い冬を過ごした(ここに「冬の夢」という作品タイトルの意味がある)。

キャディのバイトを辞めた後も、デクスタは、自身がサクセス・ストーリーの主役となる様々な「冬の夢」を見続けている。

23歳の時、デクスタは、美しすぎる女性<ジュディー・ジョーンズ>と激しい恋に落ちる。

しかし、彼女は贅沢を好む女性で、おまけに、たくさんの男たちと代わる代わる交際し続けている恋多き女(つまりビッチな女の子)だった。

その最初の夜、ジュディーの頭が彼の肩に載せられていたとき、彼女は囁くようにこう言った。「私はいったいどうしちゃったのかしら。昨夜私はある男の人と恋をしていたというのに、今夜私はあなたに恋をしているみたいだし──」(F・スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」村上春樹・訳)

ジュディを愛しながら、ジュディーに振り回されることに疲れたデクスタは、やがて、まともな女性<アイリーン・シアラー>と婚約をする。

25歳のデクスタは、既に社会的な成功も収めていて、良家の子女であるアイリーンとの結婚は、しごく真っ当なものに思われた。

ところが、いざ婚約発表を目前に控えていたところに、再び、ジュディーが現れて、デクスターと結婚したいと言い始める。

過去の経験から、そんな言葉をデクスタが信じることはなかったが、結局、ジュディーの誘惑に勝つことができず、デクスタはアイリーンとの婚約を解消してしまう(何てこった!)。

読者的には、魔性の女ジュディーが再登場したときに、常識人デクスタがどう行動するのか?といったところが、本編最大の見せ場だったように思われる。

この物語には、さらに後日譚があって、やがて時が経ち、デクスタは、取引先の人間からジュディーの近況を知らされる。

驚いたことに、ジュディーは酒飲みの男と結婚をして、毎日ひどい目に遭っているというのだ。

おまけに、彼女はまだ27歳だというのに、すっかりと老け込んでしまっていると、彼は言う。

「多くの女たちがあっけなく色香を失っていくんですね」デヴリンはぱちん・・・と指を鳴らした。「こんな具合に」(F・スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」村上春樹・訳)

そのとき、デクスタは、自分の中の夢が、すっかりと消えてしまったことを知った──。

30歳を過ぎた男の青春の喪失

おそらくゴージャスな女の子ジュディーは、デクスタにとって「冬の夢」そのものだったのだろう。

彼女は永遠に美しく、豪華で輝いていなければならなかったのだ。

しかし、ジュディーはつまらない男と結婚をして、家庭にこもり、まだ27歳だというのにすっかりと老け込んでしまった。

「ずっと昔」と彼は言った。「ずっと昔、僕の中には何かがあった。でもそれはとうに消えてしまった。それはどこかに消え去った。どこかに失われてしまった。僕には泣くこともできない。思いを寄せることもできない。それはもう二度と再び戻ってはこないものなのだ」(F・スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」村上春樹・訳)

ジュディーが夢そのものだったデクスタにとって、今では老け込んでしまったというジュディーから感じたものは、青春の日の終焉だった。

デクスタにとって、ジュディーは「冬の夢」であり、青春の象徴であったのだ。

この思いは、30歳を過ぎた多くの男性が(そしておそらく女性も)、いつかどこかで感じる寂寥感なのではないだろうか。

誰しも、輝いていた日の思い出は、輝いていたままで、そっと引出しの奥にしまっておきたいものなのだ(♪あの頃の生き方をあなたは忘れないで、あなたは私の青春そのもの~と、ユーミンも歌っている)。

考えてみると、ずいぶん身勝手な話だとは思うけれど。

それにしても、本作「冬の夢」は、短編小説なのに随分スケールの大きな物語だと思う。

テーマが大きすぎるので、作品の中に収まりきらず、はみ出している部分(省略された部分)も相当にあるのではないだろうか。

30歳を過ぎた男の青春の喪失というテーマは、やがて長篇小説「グレート・ギャツビー(The Great Gatsby)」(1925)へと踏襲され、そして完成される。

「ギャツビー」を好きな人は、きっと、この短編小説「冬の夢」も好きになるはずだ。

作品名:冬の夢
著者:F・スコット・フィッツジェラルド
書名:冬の夢
訳者:村上春樹
発行:2009/11/25
出版社:中央公論社

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。