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「クウネル」2000年代のバックナンバーは<心の健康の処方箋>だ

丁寧な暮らしを愛する人たちの雑誌だった『クウネル』が、ハイブランド好きの高齢者向け雑誌へと生まれ変わって6年が経ちました。

月日の経つのは早いもので、新生クウネルは今やすっかりと定着して、かつて『クウネル』が心地良い暮らしを提案してきた、まっとうな雑誌であったことさえ、既に伝説となってしまったかのようです。

だけど、世の中には忘れてしまってはいけないことがある。

特に、『クウネル』のように素晴らしい記事を届けてくれた雑誌のことなんかは。

ということで、今回は、ゼロ年代の『クウネル』のことをご紹介してみたいと思います。

『クウネル』って何?

『クウネル』は、マガジンハウス社が発行するライフスタイル情報誌です。

2002年4月に、anan増刊として発行されたのが最初で、このときの特集は「ここから始まる私の生活。」でした。

次に、半年後の2002年11月、再びanan増刊として発行された『クウネル』は「もうすぐ冬じたく」を特集。

さらに、2003年3月、anan増刊『クウネル』(特集「そろそろ、おでかけ」)が出版されるころには、『クウネル』に対する人気は安定的なものとなりました。

初めての増刊号から1年半後の2003年11月、ananを離れた『クウネル』がいよいよ登場します。

創刊号の特集は「週末の過ごしかた。」でした。

『クウネル』創刊号(2003.11.1)『クウネル』創刊号(2003.11.1)

以後、『クウネル』は、「ストーリーのあるモノと暮らし」をキャッチフレーズに、普通の暮らしを豊かにするための様々な提案を届けてくれることになります。

ゼロ年代(2000年代)の頃、『天然生活』(地球丸、2003年創刊)と『クウネル』は、<ナチュラル><スローライフ><ていねいな暮らし>といったキーワードを好む女性たちに支持される、人気のライフスタイル情報誌でした。

しかし、2010年代に入って、女性のライフスタイルの変化とともに、雑誌の人気にも陰りが見え始め、『天然生活』の出版元である地球丸は2019年に倒産、『天然生活』の出版権は、現在扶桑社へと移管されています。

同様に苦戦を強いられていた『クウネル』も路線変更を余儀なくされたのか、2016年3月、突然の大リニューアルを敢行します。

それまで雑誌の大きなテーマだった「丁寧な暮らし路線」は、一夜にして「大量消費路線」へと大転換され、バブル時代のマガジンハウス界隈で活躍した著名人が次々と復活。

読者への丁寧な説明もなかったことから、このリニューアルは大きなハレーションを呼び起しました。

『クウネル』って、本当に人気のある雑誌だったんですね。

あれから6年。

新生『クウネル』は、バブル世代の女性のための雑誌としてすっかり定着し、かつて<丁寧な暮らし>を支える良質の記事を届けていた歴史的事実さえ、今や忘れ去られようとしています、、、

『クウネル』が目指したのは「心の健康」だった

『クウネル』が初めて世の中に登場したのは、2002年4月のことです。

誌名の上には小さな文字で「ストーリーのあるモノと暮らし」と綴られていました。

巻頭に登場する<クウネルくん>が、その雑誌が、何を伝えたい雑誌なのかということを、明確に物語っています。

雑誌『クウネル』が伝えたいこととは、、、雑誌『クウネル』が伝えたいこととは、、、

気持ちのよい毎日のためにしたいこと。きちんと朝ごはんを食べる。テレビの星占いはいいことだけ覚えておく。部屋にあるモノをぴかぴかにして、たまには置き場所を変えてみる。ときどき空を見上げてぼうっとする。歌や小説の好きなフレーズを口ずさむ。お昼はわりとワシワシ食べる。ベランダの鉢植えの緑が、きのうより濃くなっていることに気づく。体重はあまり気にしない。好きな人のいちばんヘンな顔を思い出す。何かに夢中になって時間を忘れてしまう。すぐにお茶にする。???がたまってきたら、頭のなかのファイルにとりあえずしまう。ゆっくり深呼吸する。家に早く帰れる時は和食を作る。猫や犬を飼っていれば、そのコの喉元をごろごろさせる。口の中でオッハーというつもりでうがいをする。ラジオ英会話のイントネーションをまねる。母や友達のせりふにグサッとなる。本を読みながらウトウトする。お風呂は少し長めに入る。きょうという日に感謝しつつグウスカ寝る。

つまり、この本は「気持ちのよい毎日のためにしたいこと」を提案する本だということ。

気持ちのいい毎日を過ごしながら、夜には気持ちよくグウスカ寝よう。

そんな<心の健康志向>こそが、『クウネル』という雑誌の、基本的なコンセプトだったのです。

ちなみに、雑誌のオリジナル・キャラクター「クウネルくん」の紹介もありました。

クウネルくん。
グウタラ星の使者、クウネルくん。年齢、性別不詳。クウ(食う)、ネル(寝る)ところは住むところ。満腹になる、グウスカ寝ることは幸せそのもの。気持ちのいい暮らしは、まずここから始まる。というようなことを伝えたいのですが、なーんか太り気味で、動けなくなっちゃいました。

クウネルくんが寝ながらつぶやいている「ハッピィーハッピィーハッピィーハッピィー」という言葉がいいですね。

新しく生まれた雑誌『クウネル』の合言葉は「ハッピー」でした。

平穏な暮らしを提唱した小説家・庄野潤三

2002年11月に刊行された『クウネル』増刊2号には、小説家・庄野潤三のインタビューが掲載されています。

当時、庄野潤三は、『貝がらと海の音』や『うさぎのミミリー』など、夫婦の日常風景を端正な言葉で綴った一連の作品で、特に若い女性から注目を集めるベテランの小説家でした。

『クウネル』増刊2号に登場した小説家の庄野潤三『クウネル』増刊2号に登場した小説家の庄野潤三

庄野さんの小説には、特別の起承転結や不可解な事件や複雑な家庭環境などは一切登場しません。

出てくるのは、どこまでも普通の家庭の普通の暮らし。

むしろ、そんな平穏な生活こそが、ゼロ年代を生きる世の女性たちにとっての<憧れの暮らし>だったのかもしれません。

鉛筆で一字一字書いて、間違いがあれば消しゴムで消して、また書く。それがうれしいんですね。書くのは午前中だけです。ぼくは電気をつけて原稿を書くということはしないんです。酉年なもんですから。

そんな庄野さんの小説は、創設期にあった『クウネル』の理念と、すごく似ています。

私が古いマンションに住む理由

『クウネル』増刊3号が刊行されたのは、2003年3月のことです。

特集名は「そろそろ、おでかけ」で、ロンドン郊外・オルニー村のパンケーキの日などが紹介されていますが、ここで紹介したいのは、雑誌の後ろの方にある小特集「私が古いマンションに住む理由」。

『クウネル』の小特集「私が古いマンションに住む理由」『クウネル』の小特集「私が古いマンションに住む理由」

あえて古い物件を探して住んでいる人たちにスポットライトを当てて、生活していく上で何が必要なのかということを問いかけています。

例えば、田中美和子さん(26歳・スタイリスト)の部屋探しの条件は「洗濯物が干せるベランダにガチャガチャ鍵」。

一年以上かけて部屋を探し求め、今のマンションと出会った瞬間に、入居を決心したそうです。

暮らしはじめてわずか1か月なのに、古いマンションは新しい主と、着古したシャツみたいに、しっくりとなじんでいた。

心が豊かになる暮らしを実践している人を探してきて紹介するのも、『クウネル』の得意技でした。

マーガレット・ハウエル、カシミアを愛おしむ

2003年11月、ライフスタイル情報誌『クウネル』が創刊されました。

注目記事は、なんといっても、人気ファッション・ブランドのデザイナー、マーガレット・ハウエルの登場でした。

『クウネル』に登場した国際的デザイナーのマーガレット・ハウエル『クウネル』に登場した国際的デザイナーのマーガレット・ハウエル

何かひとつでいいのよ、マーガレット。大事なものを見つけて、それをずっと大切にしなさい——。いまは亡き母親の言葉を、彼女はよくおぼえている。身につけて愛おしむほどに表情が豊かになるカシミアは、そうやって一緒に時間を重ねていくのにふさわしい。「いのちが与えられる気もするの。触れるたびに」桃色の頬のすてきなひとは、そう言って目を細めた。

『クウネル』では、有名・無名を問わず、たくさんの人が毎号登場しましたが、その中でマーガレット・ハウエルは、間違いなく国際的知名度の極めて高い著名人だったと思われます。

だけど、『クウネル』の誌面に登場したマーガレットは、下北沢で「チクテカフェ」を営む牧内珠美さんと同じくらいに等身大で、まるで近所の気軽な洋服屋さんみたい。

良質のものを長く使うという精神は、『クウネル』が創刊当初から一貫して訴え続けてきたファッション観のひとつでした。

次の世代へと受け継がれていったもの

2004年1月に刊行された『クウネル』創刊2号では、千葉県成田市で米作農家を営む湯浅家の正月料理が紹介されています。

とにかく『クウネル』は、国内外を問わず、たくさんのお年寄りが登場する雑誌でした。

人生の先輩たちが、自身の経験をもとに、いろいろなことを教えてくれる。

昭和時代には、ご近所さんでまかなわれていたことを、『クウネル』は雑誌という媒体の中で再現していたのかもしれませんね。

千葉県成田市で米作農家を営む湯浅家の正月料理千葉県成田市で米作農家を営む湯浅家の正月料理

その道に詳しい人に教わる。

この「教わる」という姿勢が、雑誌『クウネル』の基本的なコンセプトでした。

「秘伝とか代々の味とか、そんなおおげさなもんじゃないですよ」恵子さんは困り顔。「昔の人はね、料理なんて、レシピとかそんなんじゃなく、なんとなーくでやっているんです。こうしたらもっとおいしいかなってね。その積み重ねです。ぜんぶ勘、適当、なんとなく(笑)」

世代を超えて伝えられる地域の伝統が、もしかすると、『クウネル』を通して次の世代へと受け継がれていったかもしれませんね。

ル・コルビュジエの「小さな家」

<小さな暮らし>を提唱する『クウネル』が見つけてきたのは、建築家ル・コルビュジエの設計した「小さな家」。

『クウネル』2006年3月号に掲載された記事のひとつでした。

建築家ル・コルビュジエの設計した「小さな家」建築家ル・コルビュジエの設計した「小さな家」

それは、世界的建築家として名高いル・コルビュジエが、両親のために設計したもので、平均的な2LDKのマンションよりも狭いんじゃないかというくらいに、小さな平屋の一軒家だったそうです。

だけど、そんな小さな家も、実際に入ってみると、ちっとも小さく感じない。

ル・コルビュジエの作った「小さな家」は、そんな不思議な家でした。

実際に見てみたいものですが、この「小さな家」があるのは、スイスとフランスにまたがるレマン湖畔の村・コルソー。

いつか、ル・コルビュジエの作った「小さな家」を見るためだけに、コルソー村へ行ってみたいものです。

トーベ・ヤンソンとムーミンのひみつ。

さて、人気雑誌として定着した『クウネル』は、気持ちのいい暮らしを求めて世界中をさまよい続けます。

2007年1月号に登場したのは、ムーミン物語の作者・トーベ・ヤンソンが暮らしたフィンランド。

遠い外国の小さな村や町が紹介されているのも、『クウネル』を読む楽しみのひとつでした。

ムーミン物語の作者トーベ・ヤンソンの暮らしたフィンランドを取材したムーミン物語の作者トーベ・ヤンソンの暮らしたフィンランドを取材した

私たちがクルーヴ島を訪れたのは、フィンランドのつかのまの夏も終わる8月末のこと。わけもなくふしぎなことがおこりそうで、いつでもいちばん好きな季節とムーミントロールがいう、おそ夏のことだった。

このムーミン特集は、著者であるトーベ・ヤンソンの暮らしに取材したもので、今なお貴重な資料としての価値を有するもの。

決して捨ててはいけない永久保存版の雑誌、それが当時の『クウネル』でした。

これからもきっと捨てないと思います、『クウネル』のバックナンバーだけは。

雑誌『クウネル』の魅力とは?

さて、それでは、そんな雑誌『クウネル』が持つ魅力とは、一体何だったのでしょうか。

外形的に言って『クウネル』のキャッチフレーズは「ストーリーのあるモノと暮らし」でした。

そして、誌面構成的には、日本国内外で暮らす老若男女を対象として、その暮らしぶりを取材し、印象的な写真とともに紹介するといった手法を取っています。

そんな『クウネル』のすべての記事の根底にある理念、それは「気持ちのいい暮らし」でした。

「気持ちがいい」と感じることは、心が健康であるということ。

『クウネル』は、「気持ちよく生きたい」と考える読者の共感を得られるような情報を、独自の視点を持って、世界中から集め続けていたのです。

1980年代の<大量生産・大量消費>が染みついた日本の人々は、バブル崩壊後の1990年代を、まるで敗残者のような惨めな気持ちで過ごしてきました。

そして、2000年代に入った頃、ようやくバブル時代の妄想から解き放たれて、<小さな暮らし>という現実と向かい始めたのです。

雑誌『クウネル』は、誰もがリアルに実現できる<小さな暮らし>に、夢と希望という満足感を与えてくれました。

<小さな暮らし>は、決して貧しい暮らしではないんだ、と。

<小さな暮らし>こそが、本当に豊かな暮らしなんだ、と。

ラップランド、夏のおわりのベリー摘み。『クウネル』は写真が良かった。ラップランド、夏のおわりのベリー摘み。『クウネル』は写真が良かった。

しかし、2011年の東日本大震災を経験して、<経済復興>という名のもとに、日本は再び満ち足りた暮らしを求め始めます。

2013年に創刊した『アンド・プレミアム』(マガジンハウス)が提唱したのは、新しい時代を生きるための<プレミアムなライフスタイル(上質の暮らし)>でした。

かつて、読者が雑誌を追いかけていたはずの『クウネル』は、いつしか、雑誌が読者を追いかける形となります。

『クウネル』が『クウネル』の自己模倣に終始するようになったとき、ある意味で『クウネル』の使命は果たされていたのかもしれません。

やがて、ついには自己崩壊した『クウネル』は、リニューアルという名のもとに転生を図ることになるのですが、かつて『クウネル』が提唱し、多くの読者に影響を与えた<気持ちのいい暮らし>というのは、やはり普遍的なものだと思います。

お金があってもなくても、気持ちのいい暮らしは気持ちいい。

<小さな暮らし>とか<豊かな暮らし>とか、そんな言葉から離れたところにこそ、『クウネル』という雑誌の持つ本質があったのではないでしょうか。

ゼロ年代の『クウネル』のバックナンバーは、今でも僕の<心の健康の処方箋>です。

気持ちのいい毎日を過ごすための。

まとめ

ということで、以上、今回は、雑誌『クウネル』のゼロ年代のバックナンバーについて、ご紹介しました。

2000年代の『クウネル』には、本当に良質の記事が多くて、今でも時々読み返しては幸せな気持ちになっています。

人々が<小さな暮らし>と向き合い始めた時代の空気感が、当時の『クウネル』にはあります。

そして、あの頃の『クウネル』の理念は、今も決して古くはなっていないと思うのです。

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ちょっと懐かしい本や雑誌、CDの感想を書いています。好きな言葉は「広く浅く」。ブックオフが憩いの場所です。